第39話ー⑦ 夜空の下の奇跡
2週間後。ライブ当日。しおんは自室でギターのチューニングをしていた。
「これでOKだな。ははは」
そしてしおんは自然と笑みがこぼれていた。
念願の待ちに待った俺たちのライブ。しかも真一と一緒にやれるんだ――
しおんはそう思いながら、今夜のライブに胸を躍らせていた。
それからチューニングを終えたしおんは、ギターをスタンドに立てかけて窓の外を見つめた。
太陽のじりじりとした熱気が地面を照り付けており、そしてセミたちが人生の最後を謳歌するように鳴いている声が聞こえて、ああもう夏なんだなという事を実感するしおん。
「ようやくこの日が……」
しおんはそんなことを呟いて、そのまま真一の待つ食堂へと向かったのだった。
しおんが食堂に着くと、真一は机に頬杖をつきながら、ボーっとしているようだった。
「おはよ、真一。どうしたんだ? ボーっとして……」
「おはよ。いや、今夜なんだなって思うと、実感わかなくてさ」
そういうことか――。
真一はきっと緊張しているんだろうなとしおんはそう思ったのである。
そしてしおんは真一の隣に座ると、
「大丈夫だって! 楽しもうぜ!! せっかくの初ライブなんだからさ!」
そう言って、真一の肩に腕を乗せた。
「だから! はあ。まあいいか……そうだね」
「おう!」
真一は肩を組むしおんに嫌そうな顔をしつつも、その言葉に頷く。
今日が俺たちの初ライブ、絶対に良いものにする!
しおんはそう思いながら、微笑んだのだった――。
夜が更けると、暁が施設の生徒達を屋上へ集めた。
「さあ、夏休みのレクリエーションだ! 今夜はなんと! 真一としおんによる音楽ライブ! みんな、盛り上がっていこう!」
「「おお!!」」
暁の掛け声で、生徒たちは一気に盛り上がった。
その声を聞いたしおんは息を飲み、隣にいる真一の顔を見る。
こんな時、真一も少しは緊張した顔をしているかと思っていたしおんだったが、いつも通りのクールな表情の真一にしおんは感心していた。
(やっぱり真一はすごいな。俺なんてこんなに心臓バクバクなのに……)
そんなことを思いながら、しおんは真一を見つめていると、真一の小さな異変に気が付いた。
(いや。いつも通りじゃない。なんだかいつもより口角が上がっているような?)
「真一、楽しそうだな」
しおんはそんな真一を見ながらそう告げた。
「……そうだね」
真一はその一言を言うと「ふっ」と笑い、しおんの顔を見た。
「行くか!」
「うん」
そしてしおんと真一は、生徒達の前へ出て行った。
いつもなら何もない屋上だが、昨夜のうちにしおんたちは簡易的なライブ会場を用意していた。
アンプやマイクスタンドはもちろん、大きめのスピーカーと小さなお立ち台。
そしてイルミネーション用のライトで照明器具を作成していた。
「みんな、集まってくれてありがとう! 今日が俺たちの始まりの日だ! 最後まで、楽しんでいってくれよな!」
そしてしおんは真一と目配せをする。
頷いた真一は口を開いた。
「まずはカバー曲。『夏の思い出』……」
しおんはアコースティックギターでイントロを奏で、それから真一がその音に声を乗せていく。
最高の瞬間だった。今まで一人で音楽をやってきたけれど、誰かと一緒にやれるってのは、こんなにも心地よいものなのか――としおんは感じたのだった。
そしてそれからしおんたちは3曲のカバー曲を披露。バラードやアコースティックなロックなど、様々な曲を2人で届けた。
「……みんなありがとう。次が最後の曲だ。この曲は、俺と真一が作った初めてのオリジナルソング。俺たちの音楽に対する想いを乗せた歌だ!」
そう言って、しおんは真一に曲振りの合図をする。
そして真一はしおんの合図に頷き、目の前にいる生徒たちの方を見た。
「じゃあ聞いて。『風音のプレリュード』……」
歌≪きみ≫と出逢わなければ 僕は死んでいただろう
心を動かす歌≪きみ≫の声に 僕は魅了されていたんだ
全てを失ったあの日 生きることに迷った僕が
この音楽≪キセキ≫に触れて 今その音を奏でるだろう
風音のプレリュード 僕らは今 交わる
一人じゃ何もできないけれど 僕らならきっとできる
風音が聞こえたら 僕らはまた 始まる
二度とこない今 この音楽≪キセキ≫が
僕たちの存在証明なんだよ
「これは、予想以上だな……」
しおんたちの曲を聴きながら、そう呟く暁。
しおんと真一の後ろには遠くにある住宅街の夜景が見えて、そのステージは星の海をバッグに行われているような幻想的な空間となっていた。
夜空の下の奇跡……この瞬間を言葉にするのなら、それがきっとふさわしいだろう。2人の想いや情熱がその歌からしっかりと伝わって、すごく胸が熱くなる。俺も奇跡を信じて、俺らしく頑張ろう――。
暁はそう思いながら、2人を見つめていた。
「ありがとな。真一、しおん……」
暁はそう呟き、最後まで2人の歌を堪能したのだった。
曲が終わると、その場にいる全員が目に涙を浮かべているのが見えた。
その姿を見て、しおんは自分たちの音楽が誰かに届いたことを確信した。
真一の歌が、俺に奇跡を起こしたんだ――
「ありがとう、真一」
しおんは真一にしか聞こえない、小さな声でそう告げた。
このライブが俺たちの始まりだ。この先に俺たちの夢や未来がある。2人でなら、きっとそれを掴めると信じているよ――。
「真一、これからもよろしくな!!」
しおんはそう言って微笑みながら真一に手を挙げると、真一はその手に黙ってハイタッチをしたのだった。
2人の夢は今この場所から始まる――。
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