第39話ー⑤ 夜空の下の奇跡
僕の書きたい歌詞か……。それって一体何なんだろう――。
真一はそんなことを悶々と考えながら、廊下を歩いていた。
するとそこへ、凛子が現れる。
「あ! 真一君じゃないですかぁ。今日はしおんとは一緒じゃないんですかぁ?」
なぜかしおんと接するときだけ辛口の凛子だけど、他の生徒と話す時はきちんとアイドル口調になる。なかなかアイドルも大変なんだなと思いながら、凛子の問いに答える真一。
「さっきまで、一緒にいた。それと、別に無理してアイドルぶらなくてもいいよ」
「ありがとうです! でもこれは訓練みたいなものだから、お気遣いなく☆」
そう言って、ペロッと舌を出す凛子。
しおんと話す時とは、本当に別人だな――
「そ、そう……」
真一はそんな凛子を見て、少しだけ後ずさる。
「ちょっとちょっと! 私のこと引いていませんかぁ。ひどいなあ……まあそんなことは置いておいて。曲作りの方はどうです? 順調に進んでいますか☆」
「……」
黙り込む真一の顔をじっと見つめる凛子。
「その顔……まあそんなこともありますよ! ドンマイ、ドンマイ!」
そんな凛子を見て、真一はふと問いかける。
「凛子はさ、アイドルの時にどうやって歌っているの? どう歌詞を解釈して、その声を音に乗せているの?」
凛子は顎に人差し指を添えて、考える素振りをした。
「あくまで私の一個人の意見なんですが、そもそも私は歌詞の解釈なんてしていないです。だってアイドルソングって、王道なら高確率で恋愛ソングじゃないですか。私、恋愛したことないから、解釈しようもないですよね」
その言葉がどこまで本当かはわからないけれど、なぜか説得力があるなと思った真一。
「そう……」
「まずはあれこれ考えず、やってみたらいいんじゃないですか☆ 私が役者を始めたばかりの頃は、楽しいって気持ちだけで演じていましたよぉ」
「まずやってみる……か。なるほど」
僕は頭でいろいろと考えすぎていたみたいだ――。
自分の気持ちをただまっすぐに歌に込めればいいだけの話だという事をなんとなく理解した真一。
自分が感動できない歌で人に感動を与えるなんて無理な話なんだ。何の感情も籠っていない歌に、誰が感動するというのだろう――。
音楽が好き、歌が好き……その気持ちをただ込めた歌詞を書けばいいだけなんじゃないか。
(僕はどうしてこんな簡単なことに気が付けなかったのかな――)
「真一君?」
黙り込む真一の顔を覗く凛子。
「……なんかわかった気がする。ありがとう、凛子。助かったよ」
そしてそれを見て、微笑む凛子。
「よかったです! アイドルは人を笑顔にするのが仕事ですから☆ 真一君が笑顔になってくれて、私は大満足ですよ!」
「凛子、アイドルに向いているんじゃない? このままアイドル続けたら?」
「それはそれです! 私はワールドワイドな役者になりますから☆」
「そう。期待してる」
「ありがとうございます! じゃあ、私はこれで☆ 曲作り頑張ってください! 楽しみにしていますね!」
そう言ってウインクをした凛子は、どこかへ歩いていったのだった。
「僕も行こう」
そして真一は、いつもの風の感じる場所へと向かうのだった。
グラウンドにある一本の大樹。
真一はその大樹の前に立ち、下から枝の先までをゆっくり見渡した。
何年位前からここに生えているんだろう――。
真一はそう思いながらその立派な姿に、とてつもない歴史を感じていた。
僕はここが好きだ。風で葉が揺らめく音が聞こえて、葉と葉の間から木漏れ日が差している。ここは風を感じる場所。僕のお気に入りの場所――。
真一は大樹の前で両手を広げて大きく深呼吸をした。
「よし」
そう呟き、その大樹の下に座り込む。
真一は手に持っていた小さなノートを開き、ポケットからボールペンとスマホを取り出す。
自分の好きな場所で、好きな音楽のことを考える。そうすれば、きっと自分が歌にしたい言葉が見つかるとそう思った真一。
真一は目を瞑り、そこに吹く風を感じながら音楽のことを想った。
音楽との出会い。そして擦り切れそうな心を救ってくれた歌。自分には音楽しかすがるものがなかった――。
歌は僕の人生そのものだ。
歌だけが、僕の存在を認めてくれる。
歌がなければ、僕はきっともう生きていなかっただろう。
歌いたい。ただ歌いたいんだ。
僕の心を突き動かすものが、きっと歌なんだよ。
考えれば、考えるほど歌への想いがあふれ出る。
自分はこれほどまでに、歌への想いが強かったのだと真一は初めて知った。
「これなら……」
そして真一は、持ってきたノートに思いつく単語や言葉を書きなぐる。
それは真一が作った初めての歌。
まだカタチにはなっていないけど、それでも真一はこの一冊のノートに自分の歌への想いを込めた。
どんな歌でもいい、どう思われてもいい。これが僕の想いなんだから――。
それから数時間、真一はその場所で詞を書き続けたのだった。
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