第37話ー⑤ 道化師が仮面を外すとき
「やっぱり見守っていて正解だったな」
「先生……」
凛子は暁の背中に弱々しい声でそう呟いた。そして凛子の顔の仮面が消える。
「しおんの言う通りだ。凛子は自分の人生を諦めてもいいのか? また女優をやりたいんだろ?」
「……やり、たい。私はまた、お芝居をしたい。役者でありたい……でも、私はこのままじゃ、あの世界にいられない……私は消えちゃうの! それは嫌! もう二度と芝居が出来なくなるのは嫌なの!!」
そう言って、涙を流す凛子。
「やろうと思えば、芝居はどこでもできるもんじゃないのか?」
そう言いながら、しおんは凛子に向かって歩いて来る。
「それは……」
「別に他でもできるだろう? 舞台とか、あとは今なら動画サイトとか! 一つの場所にしがみつく必要なんてあるのか? もっと大きい世界をみようぜ!」
そう言って、しおんは凛子ににこりと微笑む。
「なんかあなたに言われると、ムカつきますね……」
「は!? 喧嘩売ってんのか!!」
そして凛子は空を見上げた。
「でも、その通りだと私も思いました。私は何に縛られていたのかな……別に芝居ができたら、よかったはずなのに。いつの間にか私は、芝居したさではなく、あの世界に執着していただけなのかも」
そう言って凛子は、しおんに微笑んだ。
「そうそう! それに俺の好きなミュージシャン曰く、世界のセオリーや常識は無視してぶっ壊せばいいらしいぞ!」
しおんはそう言いながら、右手でぐっと拳を握った。
「まあそういう考えも視野もいれておきます。でも私はその世界の常識やセオリーの中で私らしくあろうと思う」
「そっか。まあいいんじゃね。自分らしくいるってことはさ」
しおんは腰に手を当てて、凛子に優しく微笑みながらそう言った。
「あー、そういえば。勝負は俺の勝ちだったな!」
「は、はあ!? 別に決着はついてないと思いますけど!?」
「お前、折れただろ? その時点でお前の負けだ!」
しおんはそう言って凛子に指を差して笑った。
「何それ……まあ、いいよ。今回は、そういうことにしてあげます」
凛子はそう言って腕を組むと、しおんからプイと顔をそらした。
「じゃあお前は、俺の言う事を一つ聞かなきゃいけないな?」
ニヤニヤとそういうしおん。その言葉に、少しだけ嫌な表情になる凛子。
「……わかった。何でも従うよ」
(一体、私に何をさせようとしているわけ……?)
「じゃあ……世界一の役者を目指せってのはどうだ?」
「……は?」
「世界的な女優だって! ハリウッド女優、とか!」
(この馬鹿は何を言っているの? 何でも言う事を聞かせる権利でしょ? そんなの私の為に命令しているみたいじゃない)
「ははーん。もしかして自信がない、とか??」
腕を組みながら、ニヤニヤと凛子にそう告げるしおん。
「馬鹿にしないでくれる? そもそも君に言われなくてももとよりそのつもりだし! 私、絶対に世界一の役者になるから。君が口出しできないくらいのね!!」
「はあ? 俺だって負けねぇし! 世界で超有名になって、無人島買ってやるし!」
「なんで『世界』で連想する言葉が『無人島を買う』なの。馬鹿なの?」
「はあ、やんのか!!」
しおんと凛子はそう言ってにらみ合った。
「ちょっ! いい感じにまとまったんだから、喧嘩するなって!!」
そして暁は、今回もまたそんな2人を仲裁したのだった。
――翌日。
朝食を摂るために暁がいつものように食堂に行くと、
「だから!なんでお前はさ!!」
「その程度のギターで世界を目指すなんて、ふざけてるとしか言いようがないでしょ!!」
今日もまたしおんと凛子の口喧嘩が食堂中に響いていた。
昨日の一件からしおんたちは和解できたんだと安心していた暁だったが、2人は相変わらず今日も言い合いをしているようだった。
まだ俺の安息の時間が来るのはずっと先みたいだな――。
そう思いながらため息をつくと、
「お前らなあ!!」
そう言って今日も二人の仲裁の入るのだった。
日曜日のお昼時にとあるテレビ番組が放映されていた。今話題の芸能人をゲストに呼ぶその番組は休日の昼の人気番組だった。
『――それでは、続いての今日のゲストは! 今人気沸騰中のアイドル!! 知立凛子ちゃんです!!』
MCの男性がそう言うと、画面が映像に切り替わり、凛子が映し出される。
『皆さん!! 芝居もできる万能アイドル『りんりん』こと知立凛子です☆ 今日はよろしくお願いします!!』
凛子は笑顔で手を振りながら、そう答えた。
『リモートでのゲスト出演、ありがとうございます! 凛子ちゃん、なんだか今日はとっても元気だね! いいことでもあったのかな?』
『そうですかあ? あえて言うのなら、今日から新生『りんりん』という事で!!』
『あはは! それじゃあ、今日はよろしくね!!』
『はい!!』
そして放映されている凛子は、とても笑顔で楽しそうにしていたのだった。
私はアイドルをもう少し頑張ってみることにした。だってあのギタリスト君には、負けられないからね――。
凛子はそんな思いを抱き、その番組に出演していた。
悲しみの笑顔の仮面がはがれ、今は自然な笑顔を見せる凛子。それは偽りの笑顔をやめたという証明なのかもしれない。
そして凛子は新生『りんりん』として、この日からアイドル活動を再開したのだった――。
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