第37話ー④ 道化師が仮面を外すとき

 凛子と共に食堂を出たしおんはグラウンドに来ていた。そしてしおんと凛子はお互いに距離と取り、向き合うように立った。


「手加減なしだから。君が負けたら、もうプロのなるとかふざけたことは言わないでよね」

「ああいいぜ。その代わり、俺が勝ったら俺の言うことを一つ聞いてもらうからな!」

「わかった。どうせ私が勝つから、関係ないけど……」


(あいつ、随分余裕じゃねえか。ま、でも俺も同じ気持ちだけどさ)


 そして何も言わずにお互いを見つめ合って立つ二人。


「はあ。間に合った……」


 それから暁が息を切らして、グラウンドに姿を現した。


(先生は俺たちに口出しをするつもりはないみたいだな。それじゃあ、心置きなく――)


 暁の姿を確認したしおんは、目を瞑り「すう」っと息を吐いた後、目を見開いた。


「行くぞ!」


 しおんがそう言うと、その言葉が風となり、凛子の元へと向かっていった。


「私も負けませんよ!」


 凛子はそう言いながら左手を顔の前にやると、その顔は片目に涙を流すピエロとなった。それから凛子はしおんに向かって勢いよく走り出す。


「こんな向かい風、私には利きませんから!」


 凛子はそう言って、しおんからの攻撃をどこからか取り出したボールで相殺する。


「くそっ……」


 しおんは自分の攻撃が利かないことに驚き怯んでいると、凛子はしおんの目の前まで来ていた。


「じゃあ、粉々にします」


 そして凛子は手に持っていたボールを消し、ジャグリングクラブに持ち換えた。


「こんなところで、俺は負けねえぞ!」


 しおんがそう言うと、凛子は『コトダマ』の風撃に飛ばされた。


 凛子はバランスを取りながら着地して、


「なかなかやるじゃない」


 と言いながらしおんの方を見た。


「なんで俺のことばかりに突っかかってくるんだよ! 俺がロックミュージシャンを目指したって、お前に関係ないことだろ!」


 しおんは能力が発動しないように感情を抑えつつ、凛子にそう言った。



「関係ないよ……でもなんかムカつくんだよね。好きなことやってます~って言う姿を見せられるとさ!」


「お前だって、楽しそうにアイドル活動してたじゃねえか。いつも笑顔で、仲間たちのことを大切だって――」


「ほんとに君はバカだよね……芸能界では仲良しアピールが必須なわけ。そんなことも知らないの? あれは全部お芝居だよ。本当はメンバー同士、仲がいいわけないでしょ」



 しおんは呆気にとられながら、凛子のその話を聞いていた。


「あの世界は甘くないわけ。好きって感情だけじゃ、どうにもならないんだよ。私だって、本当は……」


 そう言って、俯く凛子。



「好きじゃないなら、無理に仲良くしなきゃいいだろ!」


「だから――!」


「それに、それがその世界のセオリーとか常識っていうんなら、俺がぶっ壊してやる! 俺は世界一のロックミュージシャンを目指しているんだから! 日本っていう、小さい場所に収まるつもりはないんだよ!」


「ば、馬鹿じゃないの!? それじゃ、あの世界に残れないって言ってんの! 自分の居場所を守るためには、やりたくないこともやらなきゃいけないのよ!! それにそんなんで世界なんて、無理に決まってるでしょ!」


「誰が何と言おうと、俺は世界一のロックミュージシャンになるんだ! そして『ASTERアスター』にも絶対に勝つ!! お前は勝手に自分の人生を諦めて、嫌なことでいつまでも悩んでいればいいだろ!!」



 そう言ったしおんから、灼熱の炎が放たれて凛子に向かっていった。


「しまった……」


 凛子は咄嗟に両腕で顔面を覆った。


 こんなことをしても、この炎を防げるはずはない。ここで私は終わりなんだ――そう悟った凛子。


 しかし――


「あれ……」


 いつまでたっても来ない熱さに疑問を抱いた凛子が顔を上げると、自分の前に暁が立っていることを知った。


「やっぱり見守っていて正解だったな」

「先生……」

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