第35話ー⑦ 七夕
七夕当日。現在の時刻は午後8時で空には多くの星が瞬いていた。
暁はその星々を眺めながら、施設屋上で織姫が来るのを待っていた。
「そろそろ来てもいいはずなんだが……」
やっぱり嘘だって、気が付いたんじゃ――。
そんな不安が暁の頭をよぎる。
すると「キイィ」という音が屋上に響いた。そしてその音が聞こえた暁は音のした方に視線を向けると、そこには織姫の姿があった。
「よう」
暁は笑顔で織姫に声を掛けると、織姫はため息をつき踵を返した。
このまま帰られては困る――。
そう思った暁は、持っていたスマホの音量を最大にして、奏多からもらっていた動画を流した。そしてそこから聞えてくる奏多の声。
「織姫! 織姫、聞こえていますか? お久しぶりです。奏多ですよ」
その声に振り返る織姫。そして織姫は暁の持つスマホの元へと歩み寄った。
暁は織姫にその動画が見えるようにスマホを持ち変える。
「この声が聞こえているという事は、先生は無事に織姫に動画を見せることを成功したということですね。偉いですよ、先生」
偉いって……。子供じゃないんだから、そんな誉め方!!
暁は内心でそうツッコみながら、静かに奏多の声を聞いていた。
「織姫……急に会えなくなってしまって、ごめんなさい。私はずっとそのことを謝りたかった。今更謝ってもきっと許してもらえないかもしれないけれど、私はどうしても謝りたかった」
奏多のその言葉に、静かに首を振る織姫。
「私が本星崎家に通っていたころ、織姫は自分がずっと一人ぼっちだって言っていましたよね? でも実際はそんなことはないです。織姫の周りにはいつもたくさんの人がいて、その人たちはみんな幸せそうにしていて――」
織姫は驚いた表情をして、
「え、みんなが……?」
と小さな声で呟いた。
「私はそんな織姫のお家に行くことが、毎週楽しみで仕方がなかったですよ」
「奏多ちゃん……」
それから奏多は、話したかったことや今度会ったらやりたいことを動画上で語っていた。
「前置きは長くなりましたが、私と出会ってくれてありがとう。あの時の私に笑顔をくれた織姫に感謝を込めて、曲を作りました。聴いてください。『Milky way』」
そして奏多の演奏が始まる。
きらきらと星が流れて、そしてその星々が希望を与えてくれるような、そんな曲だった。
明るい空を眺めると、見えるはずの星が見えないことがある。目には見えなくとも確かにその星は存在していて、ちゃんと輝きを放っている。
自分の光を見失い、誰にも見つけてもらえないように感じていても、見方を変えればちゃんと輝いていたことに気が付けるだろう。
この曲を聴いて、織姫も自分の輝きに気が付けるといいな――と暁はそう思っていた。
そして暁が織姫に目を向けると、織姫は涙を流している姿を見た。その様子から織姫が奏多からの最高の誕生日プレゼントを受け取ったことを察した。
「よかったな、織姫……」
暁はそう呟き、微笑みながら織姫を見守ったのだった。
演奏が終わり、動画が停止すると織姫はこれまで見せたことのない幸せな笑顔をしていた。
「織姫、お誕生日おめでとう」
暁はそんな織姫に笑顔でお祝いの言葉を伝える。
そして織姫は、
「ありがとう、ございます」
と素直に暁へそう返した。
その返答を聞いた暁は、これで少しは織姫と仲良くなれたんじゃないかとそう思ったのだった。
それからその場の空気を遮るように、暁のスマホが振動した。
「お、奏多からか……」
このタイミングってことは……やっぱり奏多は、俺のことなら何でもお見通しってことなんだろうな――。
暁はそんなことを思いながら、
「織姫、たぶんお前にだと思うけど、出るか?」
そう言って織姫にスマホを差し出した。
「奏多ちゃんから……」
織姫は暁からスマホを受け取ろうとするが、受け取る直前に手を引っ込めた。
「織姫……?」
「どう話したらいいか、わかりません。それにもしも先生が出ると期待していて、私が出たら、奏多ちゃんは悲しい思いを……」
そう言って織姫は電話に出ることを躊躇っていた。
違うんだよ、織姫。奏多は今織姫と話したいって思っているんだから――
そして暁は織姫の目をまっすぐに見た。
「織姫、お前はどうしたいんだ? 自分の胸にちゃんと聞いてみろ。誰がどう思うかじゃない、織姫の心に従うんだ。……素直になってもいいんだよ。ちゃんと言いたいことは言わなきゃ伝わらない」
「素直に……。わかりました」
そして織姫は電話を取ったのだった――。
「もしもし、織姫です」
織姫は恐る恐る電話先の奏多にそう言った。
『あー、よかった。織姫に出てほしいと思って、電話を差し上げたんですよ』
「本当に、私を待っていてくださったのですか……?」
奏多の言葉に目を見開き、驚く織姫。
『ええ。織姫とずっとお話したかった。やっと、私の願いが叶いました。ありがとう、織姫』
「奏多ちゃん……」
『うふふ。やっぱり織姫はその名前の通り、織姫様なのかもしれませんね。私達はこうやって七夕の日に再会できたのですから』
その言葉に織姫の目が潤む。
奏多ちゃんは変わらなかった。あの時と同じで優しい奏多ちゃんだった。
私は変わってしまったかもしれない奏多ちゃんを勝手に怖がって、避けていたのかもしれない。だから謝らなくちゃいけなかったのは、奏多ちゃんじゃなく……私の方だ――
そう思った織姫は唇をキュッと噛みしめて、スマホを持つ手に力を入れる。
「奏多ちゃん、あの……ごめんなさい。本当は会うきっかけはたくさんあったのに、私……ずっと奏多ちゃんを避けていました。奏多ちゃんが違う人間になってしまったような気がして、それで……」
『なんだ。お互い様でしたのね』
奏多は優しい声で織姫にそう言った。
もうきっと無理だって思っていたのに、また昔のように奏多ちゃんと話せることが嬉しい――織姫はそんなことを思い、
「奏多ちゃん、ありがとう」
そう言って涙を流しながら、満面の笑みをしていた。
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