第35話ー⑥ 七夕

 七夕前日。暁は織姫にどうやって動画を見せるかをまだ考えていた。


 さすがにそろそろ何か手を打たないと、この企画は失敗に終わる。もしそうなったら、奏多の想いを踏みにじるだけじゃなくて織姫が変われるかもしれないきっかけも逃してしまうことになる――。


 そんなことを考えながら暁は大きなため息をつき、頭を抱えていた。


「でも、いったいどうしたら……」

「先生、大きなため息。幸せが逃げちゃうよ?」

「代わりに私が先生の幸せを食べてあげますよ! あーん」


 いつの間にか食堂にいたマリアと結衣が暁の大きなため息を聞き、何事かと声を掛けてきた。


「二人とも、いつの間に……。おはよう。はあ」

「またため息ついてる!」

「すううう。これで問題ない」


 マリアに言われて、暁は吐いた息を再び体内に戻した。


「それで何かあったでござるか? 私にできることなら、何でも協力しますぞ! でもお金を貸すのは、さすがにNGです!!」

「金なんて、借りないよ!! まあでも、ありがとう。実はな――」


 そして暁はマリアと結衣に奏多の七夕企画ことを話した。


「そっか、明日は織姫の……」

「そうだ。それでこの動画を見せたくて――」


 暁はスマホを取り出して、マリアと結衣にその画面を見せた。


「これは?」

「奏多の演奏動画だ」


 マリアと結衣は興味津々にその画面を見つめていた。


「奏多が作った、織姫の為の曲なんだよ。だから絶対に聴いてもらいたくて……。でも、織姫って俺のことをあまりよく思っていないだろう? だからなかなかきっかけを作れなくて、困っていてさ」

「そういう事でしたか……」

「何かいい方法はないか? この動画を織姫にみせるために……」


 黙っていたマリアは、人差し指を顎につけながら答える。


「織姫は素直じゃないから、それを逆手に取ってみるのはいいかも」

「例えば、どんな…?」


 俺は首をかしげながら、マリアに問う。


「あのね――」


 そしてマリアは暁と結衣に作戦を提案する。


 マリアの作戦はこうだ――。


 夕食時、マリアと結衣があえて織姫の近くに座り、そこで七夕の日に奏多が帰ってくるらしいという噂を流す。そして屋上で演奏会があると嘘の情報を口にして、織姫を屋上に誘い出すという内容だった。


 織姫がこの嘘を簡単に信じてくれるかはわからない。でも現状ではこの方法が、一番成功率が高いだろうと暁はそう思った。


「ありがとう。二人が相談に乗ってくれなかったら、こんな方法は思いつかなかったよ! 助かった」


 暁はそう言って、二人に頭を下げた。


「私達はいつも先生に助けてももらってばかりだから、役に立ててうれしいのですよ! ね、マリアちゃん?」


 結衣はマリアを見ながら、そう言った。


 そしてマリアは、満面の笑みを浮かべて、「うん」と答えたのだった。


「そんなことを言ってもらえてうれしいよ……。ありがとな!」


 暁はそんな二人の想いが嬉しくて、目が潤ませていた。


 ここで教師をやれて、そしてこんなに素敵な生徒たちと出逢えて、本当によかった――暁はそう思ったのだった。


「よし。じゃあやろう! 織姫と奏多のために!」

「おー!!」「うん!」


 そして暁たちは笑顔で拳を上げた。




 その日の夕食。作戦通りマリアと結衣は織姫の近くに座ってご飯を食べていた。


「今日もウインナーはぷりぷりしてて、おいしいですなあ」


 結衣は口の中にたくさんのウインナーを詰めながら、幸せそうにそう言っていた。


「そういえば、結衣。明日の七夕なんだけど……奏多が屋上で、私達の演奏会をするかもって先生が言っていたよ」

「ええ!? 奏多殿がですか!! それは楽しみですなあ」


 暁は少し離れた席で、二人の会話をひっそりと聞いていた。


「結衣はもとより、マリアもなかなか演技派だな」


 そう言いながら、暁は感心していた。


 織姫はそんな二人の会話に興味を持ったのか、箸を止めて二人の会話に聞き入っているようだった。


「よし、いい感じだ……。このまま、織姫がこの話を信じてくれれば」


(嘘をつくのは心苦しいが、優しい嘘ならついてもいいと俺は思うんだ)


 そう思いながら、ばれないように織姫の様子をそっと窺っていた暁。


 そしてマリアたちがその会話を終えると、織姫は止めていた箸を動かし始めた。


 箸を止める前と表情を変えず、黙々と食事を終えて食堂を去っていった織姫。


 その様子を見た暁は、織姫が信じてくれたのかどうか少々不安に思いつつ、きっと良い方向にいくと自分に言い聞かせて、食事を終えたのだった――。


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