第31話ー⑥ 卒業

 ――食堂。


 今日は卒業するキリヤたちのためにお別れ会が開かれていた。


 キリヤたちの住む保護施設は普通の高校とは違う施設の為、普通の卒業式は行われない。その代わりに食堂でお別れ会が行われることになっている。


「キリヤ、優香。卒業おめでとう」


 マリアは用意した花束をキリヤたちに渡した。


「ありがとう、桑島さん。これからクラスのことをよろしくお願いしますね」


 優香は花束を受け取りながらそう言って、マリアに笑顔を見せる。


「マリア、ありがとう……。僕がいなくても、元気にやるんだよ」

「もしかしてキリヤ、泣いてるの?」

「だって……ずっと一緒だったマリアとお別れなんて……さみしくないわけないよ……」


 そう言って、キリヤは大粒の涙を流した。


「よしよし」


 マリアはそう言いながら、キリヤの頭を優しくなでた。


「どっちが上かわからないような絵面ですね……」


 優香は苦笑いをしながら、キリヤたちを見つめていた。


「そういえば、お二人は一緒に研究所でお仕事されるのですよね!」


 優香の隣にやってきた結衣が、ニコニコしながらそう問いかける。


「はい。だから研究所に来てくだされば、いつでもお会いできるのでそんなに遠い別れと言うわけでもないのですけどね」


 優香はそう言ってあきれながら、キリヤの方をちらりと見た。


「キリヤ、聞こえた? そんなに泣かなくても、すぐに会えるって。私もたまにキリヤに会いに行くから」

「うぅ。待ってるよ……」


 キリヤはそう言って涙を拭う。


「ねえ! 真一は何も言わなくてもいいの? キリヤの友達でしょ?」


 そしてマリアは食堂の端にいる真一にそう言った。


「……頑張って」


 真一はそれだけ告げると食堂を出て行った。


「ちょっと、真一君!?」


 まゆおは真一を呼び止めるが、真一は一切振り向かずに歩いて行ってしまう。


 キリヤはそんな真一を見て、真一はやっぱり真一だ、と安心して笑った。


「せっかくのお別れ会なのに……」


 まゆおはそう言って、口を尖らせた。


 きっと仲間を大切に思うまゆおだからこそ、こういう日くらいはみんな一緒に過ごしたいと思ったのかもしれないな――。


 キリヤはそんなことを思いながら微笑み、


「あれはあれで真一らしくていいんじゃないかな」


 まゆおの方を見てそう言った。


「まあキリヤ君がそう言うなら」

「まゆお。これからクラスのことはよろしくね。真一と力を合わせて、みんなを引っ張っていってね」


 そしてまゆおはキリヤのその言葉に一瞬は不安そうな表情をしたが、その後に何かを決意した表情になり、


「任せて! これからは僕と真一君でこのクラスを守っていくから」


 そう笑顔で答えた。


「うん。頼んだよ!」


 そしてキリヤたちは存分にクラスメイトとの別れの時間を楽しんだのだった――。




 キリヤはお別れ会終了後、なぜかお別れ会に顔を出さなかった暁のことが気になり、職員室へと向かった。


「失礼しまーす」


 キリヤが職員室の中を覗くと、そこには誰の姿もなかった。


「先生、どこにいったんだろう」


 そしてキリヤはこっそりと職員室に入り、暁の机の前まで行った。するとそこには一枚の紙切れがおいてあった。


 キリヤはその紙きれを手に取り、それに書かれている言葉を読み上げる。


「えっと……『屋上で待つ』? 先生は僕と決闘でもするつもりなのかな」


 そしてキリヤは暁の待つ屋上へ向かった。




 キリヤが屋上に着くと、そこには暁が金属製の柵に手を乗せて、空を眺めながら立っていた。


 キリヤは暁に歩み寄ると、


「遅かったな」


 空を眺めたまま、暁はキリヤにそう言った。


「お別れ会を楽しみすぎたのかな。……ねえ先生はなんで参加してくれなかったの?」


 キリヤは暁の背中にそう問いかける。


「あれって、生徒たちが楽しむ行事だろう? だから教師の俺が参加しないのは当然じゃないか?」


 とぼけた様子でそう答える暁。


 キリヤはそんな暁の背中を見て、自分に何かを隠しているんじゃないかとそう思った。


「でも奏多の時は参加していたよね?」

「うぅ。そうだったか……?」

「なんで僕の時は参加してくれないの? 僕のことがそんなに嫌いだった?」


 キリヤがそう言うと、暁は悲し気な表情で振り向いた。


「嫌いなわけないだろう! むしろ大好きだから、さみしかったんだ……。それとキリヤや他の生徒たちに泣いている顔なんて見せたくなかった」


 キリヤは暁の顔を見ると、その頬に涙を流したあとがあることを知った。


 そうか、そうだったのか――


 そんなことを思い、キリヤは安堵の表情を浮かべる。


「……先生。これが永遠の別れじゃないでしょ? これからも僕たちの心はずっと繋がっている。僕は先生の生徒で仲間で家族なんだ。だから悲しむ必要なんてない」

「そう、だよな。ははっ。キリヤからそんなことを教わる日が来るなんてな」


 暁はそう言いながら、頭の後ろを掻いた。


「僕だって少しずつ大人になっているんだから、先生に何かを教えることもあるでしょ!」


 キリヤが自慢げに腰に手を当ててそう言うと、


「そうだな」


 そう言って、暁は笑っていた。


 笑う暁を見たキリヤは、自分が暁に初めて会ったときにまさか二人で笑いあう未来が待っているなんて想像もしていなかった。


 もう大人なんて信じない――と少し前の自分の言葉をふと思い出すキリヤ。


 たった一つの出会いが自分の人生を大きく変えるものなんだなとキリヤは暁を見ながらそう思ったのである。


 今度は僕が同じように誰かの笑顔を守る番。先生にしてもらったこと、そしてもらったものをたくさんの子供たちに渡していくために――。


 キリヤはそんなことを思うと、暁の方をまっすぐ見て感謝の気持ちを述べる。


「先生、今日まで本当にありがとう。先生に出会えて本当に良かったよ」

「俺もだよ、キリヤ。ありがとう」


 そしてキリヤと暁はお互いの顔を見て笑いあった。


「あ! 先生、また泣いてるの!」

「そういうキリヤだって!」


 キリヤたちは、屋上で最後の二人の時間を楽しんだのだった。




 翌日。キリヤたちは施設を出て、研究所に住まいを移した。


「今日からここが僕の部屋、か……」


 そしてキリヤは新しい自分の部屋の中心に立ち、目をそっと閉じる。


「ここから僕の新しい人生が始まっていくんだね」


 キリヤは目を閉じたまま、そっとそう呟いたのだった。




 彼らの物語はここでは終わらない。


 そう。ここからまた新しい物語へと繋がっていく――。

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