第31話ー④ 卒業
――廃ビル 8階。
キリヤたちの周りには何もなく、ただ薄暗い空間が広がっていた。
「だいぶ上の階まで来たね」
キリヤはそう言いながら、周りを見渡しながら歩く。
すると優香は急に立ち止まり、
「しっ。何か音がしない……?」
耳に手を当てて、そう言った。
優香にそう言われたキリヤも耳を澄ませたが、何も聞えず――。
「優香、何も聞え……」
「危ないっ!」
優香はそう言ってキリヤを押し倒した。
「な、何!?」
「ほう、なかなか筋がいいお嬢ちゃんじゃねえか」
「え、だ、誰……?」
驚くキリヤたちの目の前に、筋肉隆々の男が姿を現した。
「生身の人間ってことは父親役の方でしょうか」
優香はその男を睨みながら、そう告げた。
「そうだ。俺は特別機動隊『グリム』の隊長、
そう言ってから、神無月は拳をキリヤたちに振りかざす。
「キリヤ君は右に避けて!」
優香のその声で、キリヤはとっさに右に避けた。
「キリヤ君。私がこの人と戦うから、君は上層階の少年の保護をお願い」
優香は神無月と対峙しながら、キリヤにそう言った。
その言葉から優香の強い想いを感じ取ったキリヤは、
「……わかった。頼んだよ、優香」
そう言って立ち上がり、上層階を目指した。
8階に残った優香は、『グリム』の隊長である神無月と対峙していた。
「自分より圧倒的な力を持つ相手を前にしたとき、男がその場に残り、女を逃がす戦法を取ることはあるが……お前たちは違うんだな」
「ええ、それが私達のやり方ですから」
「ははは! じゃあ心置きなく、楽しませてもらうぜ!」
そう言いながら指を鳴らすと、それから神無月はゆっくりと優香に向かって歩いてくる。
そして優香は身構え、
「お手柔らかに……って言っても、どうせ聞いてはくれないんでしょうけど」
そう言ってから向かってくる神無月を前に考えを巡らせた。
まともに戦えば、私はきっと勝ち目はない。私にあって、あの人にないもの――
そして優香の頭にふと蜘蛛の姿がよぎる。
それはきっとこの能力と頭脳だ――。
優香はニヤリと笑う。
(パワーに頼るのではなく、今あるものをどう活用するのかを考えるのが私のやり方!)
「余裕そうだなっ!」
そう言って優香に拳を下ろす神無月。
優香はそれを躱し、神無月から少し距離を取った。
「ほう、なかなかやるな……」
「これでも優等生ですからね」
「じゃあこれはどうだ!」
そう言って再び拳を振るう神無月。そしてそれを躱し続ける優香。
優香は神無月の拳を躱しつつ、攻撃のための策を考えていた。
自分の蜘蛛の糸は一度絡めば取れるどころか、さらに絡まるつくりになっている。それをうまく利用してなんとか神無月を止められないか、と――。
しかしその策を考えているうちに、だんだん自分の体力の限界が近づいていることに気が付く優香。
「はあ、はあ……」
「そろそろ体力も限界か?」
息を切らす優香とは対照的に、神無月の息は全く上がっていない。
きっと早いうちに決着をつけなければ、私の敗北は目に見えている――優香は神無月の姿を見ながらそう思った。
策はないが今はただ自分の力をうまく使ってここをやり過ごすしかないと思った優香は、ゆっくりと神無月に顔を向ける。
「ま、まだまだです!」
「ははは! そうこなくちゃな」
そして再び神無月は優香に向かって、拳を振るうのだった――。
優香と別れたキリヤは、上層階に向かっていた。
「迷宮の能力者なんだよね……。でもこんなにあっさり上層階にたどり着けてもいいのかな」
キリヤはそんな疑問を抱きつつ、最上階までたどり着くと、そこには膝を抱えて座る一人の少年の姿があった。
「あの子かな……」
キリヤはそう言いながら、少年に近づく。
すると、少年はキリヤに気が付き、
「お兄ちゃんは、誰……?」
不安げは表情でそう言った。
(ホログラムでここまでのリアリティがあるなんて……)
少年を見たキリヤは声も存在感もまるで本物みたいだと驚きながら、その少年を見つめた。
今は驚いている場合じゃないとはっとしたキリヤは首を横に振ると、
「僕は君を助けにきたんだ。ここから出よう?」
少年に笑顔でそう問いかける。
「……出られない。僕はここから出られないんだ」
少年は膝を抱えたまま、そう呟く。そしてキリヤは首をかしげて、
「どういうこと?」
そう言って少年の方を見た。
「ここを出ると、死ぬんだって」
「え……!?」
死ぬ……? 一体どういうことなんだ。でもここから出ないと、この少年は助からない――。
キリヤがそんなことを考えていると、
「僕は、あああう……」
少年は急に苦しみだした。
「ど、どうしたの!?」
「いた、い……いたいよ……ううう、ああ」
少年はそう言いながら、胸を押さえた。
「これは……もしかして『ポイズン・アップル』が影響しているの……?」
「嫌だ、僕は……ううう」
「大丈夫!? ねえ!」
キリヤは少年に触れようとするが、存在しない少年に触れることができず、その手はすり抜けてしまう。
こんなにリアルな見た目なのに触れられないのか……キリヤはそう思いながら、焦る気持ちで少年を見つめた。
そして少年は急に静かになるとその場にうずくまり、ピクリとも動かなくなった。
「え……」
キリヤはその少年の姿を見つめて、驚愕の表情を浮かべた。そして両手で拳を作り、ぎゅっと握りしめた。
「こんなことって」
目の前で起こった出来事があっという間で、ようやく自分が少年に対して何もできなかったことに気が付くキリヤ。
「僕、何もできなかった……。救いたいと思って、ここに来たはずなのに……。僕は……」
ホログラムとはいえ、目の前にいた少年を助けられなかったことに後悔をして俯くキリヤ。
自分には他に何ができただろうか、もっとやれることがあったのではないか――。
キリヤはそんな後悔をしながら、悶々と考えていた。
そして目の前にいた少年のホログラムが少しずつ薄れ始める。
「待って!!」
キリヤは少年に手を伸ばそうとするが、その間もなく少年の姿は見え無くなった。
少年が消えたと同時に目の前に現れた真っ白な景色。そんな中でキリヤは立ち尽くしていた。
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