第31話ー③ 卒業

 1時間後、ゆめかは『グリム』の部屋に戻ってきた。


「どうだい? 準備はできたかな?」

「はい。なんとか行けそうです」


 キリヤがそう言うと、ゆめかさんは腕を組み、ニヤリと笑った。


「そうか。じゃあ、お手並み拝見だね」


 それからキリヤたちはゆめかに連れられて、地下室にある隠し部屋に向かった。


「地下にこんなに広い部屋があるなんて……」


 野球ドームくらいの広さはあるんじゃないか――とキリヤは驚きながらその部屋を見てそう思った。


「ここは『グリム』の訓練施設でね。特別機動隊は簡単な任務もあれば、命の危険にさらされる任務もある。だから任務がないうちは、ここで訓練をしているんだよ」

「そうなんですね……」

「君たちも入所後はしばらくここで訓練をすることになるから、今日はどんな訓練ができるのかのお試しってことでね」


 ゆめかはウインクをしながら、そう言った。


「はい」


 お試しか……。いったいどんな訓練になるんだろう。能力者関連の事件を取り扱っている団体のはずだから、能力者対策の訓練になるのかな。


 でもこの隊には能力者は所属していないはずだし、どうやって能力者対策の訓練をするのだろう――。


 キリヤはそんなことを思いながら、目の前に広がる何もない空間を見つめていた。


「じゃあ百聞は一見に如かずというし、さっそく始めよう」

「「はい」」


 それからキリヤと優香は、部屋の中心に移動した。


「何もないけど、ここでどんな訓練をするんだろうね」


 キリヤは周りを見渡しながら、優香にそう尋ねた。


「さあね。でもきっと何か仕掛けがあるはず」


 すると急にキリヤたちの足元が揺れて、その部屋の景色が変わる。


「え、これって……」

「なるほど、ホログラムね」


 優香は何かを察したのか、そう言ってゆっくりと周りを見渡した。


「ホログラム……」

『ご名答だ。私達には能力者の隊員がいなくてね。このホログラムを使って、対能力者戦に訓練をしている』

「え、ゆめ……白銀さん? どこから??」


 キリヤは突然聞こえたゆめかの声に驚き、きょろきょろと周りを見渡す。


「上のスピーカーからだと思うよ。さっき設置されているものを見つけたし。たぶんどこかの部屋で見ているんじゃない?」

「あ、なるほど……」

「この訓練……面白そうじゃない」


 そう言って楽しそうに笑う優香。


『ふふふ。じゃあさっそく訓練開始だ。無事に生還することを祈っているよ』


 そしてそこでゆめかの声が途切れた。


「作戦はどうする?」


 キリヤはそう言いながら、優香の方を向く。


「この情景は、たぶん『廃ビル崩壊事件』のものね。だとしたら、このビルの上層階に能力者がいるはず。だからまずはそこを目指そう」


 優香はそう言って、先にある階段を指さした。


「うん。わかった」


 そしてキリヤと優香はビルの上層階を目指すことに――。




 ――モニタールーム。


 ゆめかは訓練中のキリヤと優香を見守っていた。


「始まったかい?」


 そう言いながら、モニタールームに所長の櫻井が現れる。


「ええ」

「この事件……なかなかハードなモードを選んだもんだね」

「あの二人なら、きっと大丈夫。これからあの二人が私達『グリム』の要になるんだからね」


 ゆめかはニヤリと笑いながら、櫻井にそう答える。


「そうだったね。まああまりいたぶりすぎないように頼むよ」

「まあそれは私じゃなくて、彼に行ってもらわないとね」


 そう言って画面に目を落とすゆめか。




 廃ビル 3階。


「ね、ねえ、今……どれくらい?」

「まだ3階かな。というか、キリヤ君、もう限界なの?」

「そ、そんな、こと……」


 キリヤはそう言いながら、肩で息をしていた。


「はあ。君はまず基礎体力からつけて行かないとね。この先、苦労するよ……」

「ぜ、善処、します……」


 そしてキリヤたちは歩みを進める。


「それにしてもすごくリアルなつくりだよね。これが作りものだなんて、思えないよ」


 キリヤはそう言いながら、足元に転がる砕けたコンクリートの破片を手に取った。


「そうだね。温度感の再現もリアル……」


 そう言って優香は壁に触れる。


 そしてキリヤは優香の方を向き、


「この事件って、どんな内容だったの……? 僕が読んだ資料には、この事件の記載がなったんだ」


 そう尋ねた。


「これは一人の少年とその父が起こした事件。少年の能力は『迷宮』って言って、文字通りに迷宮を作り出してしまう能力だったんだ」

「迷宮……」


 キリヤはそう言って、周りを見渡した。


「うん。少年は能力に目覚めたショックからかこの廃ビルに立てこもるの。そして少年を追ってきた父親が、その少年の作り出した迷宮に迷い込んでしまう。その父親の救助と少年の保護のために、特別機動隊は派遣されたわけなんだけど……」

「どうなったの……?」


 息を飲むキリヤ。


 そして優香は俯き、悲しい顔でキリヤに答える。


「少年は能力が暴走して、今も眠ったまま。そして少年の父親は救助しようとしたところで『グリム」の隊員と戦闘になり、その戦いで命を落とした」

「そんな……誰も助からなかったの……? でもなんで父親と戦闘に?」


 キリヤは優香に詰め寄りながら、そう尋ねた。


「たぶんその父親は自分の息子を守りたかったんじゃないのかな」


 そう言って優香は歩き出す。


「記述にあったけど、その父親は軍上層部に指示されて、自分の息子に無理やり『ポイズン・アップル』の実験を受けさせたんだって」

「無理やり!? 自分の子供なんだよね……?」


 キリヤはそう言って優香を追うように歩き出す。


「そう」

「じゃあ、なんで?」

「仕方なかったんだよ。その父親は軍人で、それが政府からの指示だったんだから」

「そんな……」


 キリヤは俯きながら、そう言った。


 そして優香は話を続ける。


「実験のせいとはいえ、自分の息子が力を持ったまま立てこもり事件を起こしてしまったことに父親は責任を感じたんだろうね」

「責任を……?」

「そう。だから自分のせいで能力者になってしまった息子を犯罪者にしないために、自分の命を懸けてでも自分の息子を守り抜きたいと思ったんじゃないかな。そしてその結果が戦うという選択だった」

「そんな……」


 キリヤはそう言って、ぎゅっと拳を握った。


 僕は能力者や困っている人を助けたくて、この特別機動隊に入ろうと思った。でも救えない命があれば、自らが誰かの人生を終わらせてしまうこともあるんだ――。


キリヤはそう思いながら、これから自分が踏み込む世界の怖さを実感していた。


「この事件の攻略法は2つ。少年を無事に保護するか、戦闘不能にすること。そして必ず突破するためには、父親との戦闘をどうするかってことが大事になる。……キリヤ君、聞いてる?」


 優香はそう言って、キリヤの方に振り返る。


「う、うん。とにかく父親と遭遇せずに少年を無事に保護すればいいってことだよね」

「まあそれができたら、100点だよね。でも実際はどうなるか」


 優香は困り顔でそう答える。


「……僕はどっちも救いたい。その為に、僕は特別機動隊に入るんだから!」


 キリヤは優香の顔をまっすぐに見て、そう告げた。


「ふふふ。そうだね。その為の私たちだもんね!」


 そう言って、優香は微笑んだ。


「うん! そういえば、だいぶ進んだけど……あとどれくらいなの?」

「今は5階だね。そろそろ父親に遭遇する確率が高いから、慎重にいこう」

「わかった……」


 そしてキリヤたちは周りを警戒しながら歩みを進めていった――。

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