第31話ー② 卒業

 2月に入るとキリヤと優香は週に3回ほど、お手伝いと言う名の研修のために研究所に通っていた。


「じゃあいってきます」


 キリヤは暁にそう告げて、今日も優香と共に研究所へ向かっていた。


 研究所に着いたキリヤたちは、研究員見習いとして所内を回って研究所の活動報告を確認したり、眠っている子供たちの様子を見学したりした。


「研究所の人たちって、いろんなことをしているんだね。今まで、ちゃんと見ていなかったけれど、自分が体感すると研究所で働く人たちへの考え方が変わるなあ……」

「あはは。そうだね」


 キリヤと優香は研究所のカフェで休みながら、そんな会話をしていた。


 すると、そこへゆめかがやってくる。


「やあ、二人とも。調子はどうだい?」

「あ! お疲れ様です、ゆ……白銀さん!」

「ふふふ。セーフですね!」

「ん?」


 2人のやり取りに首をかしげるゆめか。


「社会人たるもの、上下関係を重んじることは大切なんですよね? キリヤ君?」


 優香はそう言って、キリヤを見ながらクスクスと笑っていた。


「ははは! キリヤ君も大人の階段を上り始めたみたいだね」


 そしてゆめかもそんな2人のやり取りを見て、楽しそうに笑う。


「大人の階段って……。なんだか違うような感じがしますが……」


 キリヤはそう言って、苦笑いをする。


「まあそんなことはいいさ。そんな小さなことを気にしたら、これから先、苦労するよ?」

「は、はあ。覚えておきます……」


 ゆめかさんはこんなにからかい上手な人だっただろうか――。


 キリヤはそんなことを思いつつ、楽しそうに笑うゆめかを見ていた。


「あの、それで何かようがあってここへ来たのではないですか」


 優香は何かを思い出したようにゆめかへ問う。


「ああ、そうだった。次は私に着いてきてもらうよ。退屈な所内見学なんかじゃなく、もっと刺激的なことをしようか」


 そう言ってニヤリと笑うゆめか。


「刺激的なこと……」


 キリヤはそう言って、ごくりと唾を飲み込む。


「ふふっ。ついてくればわかるよ」


 そしてキリヤたちはゆめかについて、『グリム』の部屋に向かった。




 キリヤたちが『グリム』の部屋に着くと、そこには先客がいた。


「やあ、帰ってきていたんだね。龍崎りゅうざきくん」


 『龍崎』と呼ばれたその男性は、龍という名前に似合わない優しい顔の人だった。


「白銀さん、お疲れ様です! ああああ!! その二人ってもしかして……」


 龍崎はゆめかの後ろにいたキリヤたちを見つけると、目を輝かせてそう言った。


「ああ。春からの新人たちさ。自己紹介しておこうか。じゃあ、キリヤ君から」

「え!? あ、はい! 桑島キリヤと言います。18歳で『氷』と『植物』の能力を持っています。皆さんの足を引っ張らないように頑張りますので、これからよろしくお願いします!」


 キリヤはそう言って頭を下げる。


「18歳!! 若いねえ。君が櫻井さんの言っていた期待の新人君でしょ? これからよろしくね」


 龍崎はそう言って、キリヤに微笑んだ。


「は、はい!!」

「じゃあ、次。優香君」


 ゆめかはそう言って優香に視線を向ける。


「はい。私は糸原優香です。17歳で能力は『蜘蛛』です。不束者ではありますがご指導とご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします。」


 そう言って、深々と頭を下げる優香。


「え!? 17歳!?? 生JKじゃないですか!!」


 優香の紹介に興奮する龍崎。


「え、ええ……」

「ははは! 彼、若い女の子が好きだから、優香君は特に気をつけてくれ」

「は、はい……」


 少し引き気味の優香の姿を見て、キリヤはクスっと笑う。


 それを見た優香はキリヤに鋭い視線を向けると、キリヤはそんな優香の視線に背筋を凍らせていた。


「じゃあ、次は龍崎君。頼むよ」


 ゆめかがそう言うと龍崎はニッコリと笑い、


「はい。自分は龍崎拓真りゅうざきたくまって言います! 26歳で『グリム』では情報関係の担当をしています。主に戦闘には参加しないですが、戦闘時の分析とかそういうところで関わることが多くなると思うんで、よろしくですっ!」


 親指を立ててそう言った。


「「よろしくお願いします」」


 キリヤと優香はそう言って頭を下げる。


 それからゆめかは両手をパンッと合わせて、


「さて、じゃあさっそく君たちにはやってほしいことがある。まずはここにある調査資料を読むことさ!」


 笑顔でそう言った。


「調査資料を、ですか?」


 キリヤは首をかしげてそう尋ねる。


「そうさ。そして今回君たちが読むのは、『ポイズン・アップル』の事件資料だ。一度、君たちが調査に関わっている案件だね」


『ポイズン・アップル』というワードにはっとするキリヤ。


「『ポイズン・アップル』……」


 あれから数か月が経過しており、すっかり忘れつつあったけれど、あの事件はいまだ解決はしていない――。


 そんなことを思い、キリヤは拳を握る。


 そしてキリヤは、その事件をきっかけに自分はここへ来ると決めたんだということを思い出したのだった。


 そんなキリヤの隣に立っている優香は、


「でもそれってただ読むだけってわけじゃ、ないんですよね?」


 顎に手を添えて、ゆめかへそう尋ねた。


「そう。ここにある資料を読んで、事件の内容を大体把握してもらったら、実践を行う」

「実践……ですか?」

「そうさ。この調査資料の中にある起こった事件を参考に訓練をする感じかな?」


 ゆめかの言葉を聞き、はっとして我に返ったキリヤは、


「訓練をするって……。でもゆ……白銀さんはもう能力者じゃないんですよね? 僕たちの相手なんてできないんじゃ……」


 不安な表情でそう告げる。


 するとゆめかは笑いながら答える。


「あはは! 安心してくれ、君たちの相手は私じゃない。たぶんそのうち戻ってくるから、その時に紹介するよ」

「わかりました」


 その時に紹介するって、いったい誰なんだろう――。


 そんなことを思い、キリヤはゆめかの話の続きを聞いていた。


「さあ、まずは資料をしっかりと読み込んでくれるかい? その中にしか答えは書いてないからね」


 ゆめかはそう言って微笑んだ。


 キリヤは「わかりました!」と言って頷く。


「あー、でもその中にないことも答えに……なんてこともあるから、頭をフル回転にしながら資料を読んでくれるといいかな! じゃあ私はまた1時間後くらいに戻ってくるから、それまでしっかりね」


 そう言って、ゆめかは研究所の方に戻っていった。


 キリヤはゆめかが出て行った扉を見た後、


「訓練か……」


 そう言いながら資料の山に目を移した。


「要するに今までの調査資料を使って、実際の事件発生の時のために頭と身体の両方をうまく使えるようにする訓練ってことね」

「なるほど……。とりあえず事件のデータを読もう。ここにしかヒントはないからね」


 そしてキリヤたちは事件の資料を読み始めるのだった――。

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