第31話ー① 卒業

 奏多が日本を去ってから2週間が経った頃。今日もキリヤと優香は卒業に向けて、勉強に取り組んでいた。


 昼食時、食堂にて――。


「優香、勉強の進み具合はどう?」


 キリヤは正面に座る優香にそう言って声を掛ける。


「あと少しですね。今週中にはすべての単位を取り終える予定です」

「そうなんだ」


 飛び級の話を優香にしてから、数か月が経った。無理をさせてしまうんじゃないかって心配していたけど、優香はちゃんと所長から言われたノルマをこなせている。


 この限られた時間の中でノルマをこなせている優香は本当にさすがだな――とキリヤは今の優香を見て感心していた。


「キリヤ君はどうですか? 順調ですか?」

「うん。僕も今週中には終わりそう。このままだったら、来月はほとんど授業には出なくてもよさそうだね」

「そうですね。 ……なんだかこの数か月、勉強漬けであっという間だったように思います」


 優香は笑顔でキリヤにそう答えた。


 そんな優香を見たキリヤは、


「優香、頑張っていたしね。無理しすぎて、倒れたりとか暴走したりしなくて本当によかったよ」


 ほっと胸を撫でおろしてそう告げる。


「心配してくれていたんですね。ありがとう、キリヤ君」


 優香はそう言って、嬉しそうに笑った。


「そういえば。2月に入ったら研究所のお手伝いに行くんだけど、優香も一緒に来る?」

「え!? もちろん行きたいです!!」


 優香は立ち上がり、目を輝かせながらそう言った。


「わかった。じゃあ所長に伝えておく。それまでに単位を全て取り終えることが目標ね!」

「はい!」


 そしてキリヤたちは午後の授業に臨んだ。




 ――数日後。


「予定より早めに終えられてよかった」


 無事に単位を全て取り終えた優香は、そう言って安堵の表情を浮かべていた。


「でも驚いたなあ。本当にこの数か月で、高3までの単位を取り終えちゃうんだもん。さすが、優等生だね!」

「キリヤ君がいてくれたから、私は頑張れたんだよ。だからありがとう、キリヤ君!」


 そう言って、微笑む優香。


「僕は何にもしていないよ。優香が自分の力でがんばったのさ。……これで、これからも優香のそばにいられる」


 キリヤはそう言って、優しい笑顔を優香に向けた。


「これからもそばに……」


 顔が真っ赤になる優香。


 それを見たキリヤは優香の顔を覗き込み、


「どうしたの? 顔赤いけど、熱でもあるんじゃ……もしかして勉強疲れが出てきたとか!? だ、大丈夫!?」


 慌てながらそう言った。


 しかしそんなキリヤに優香は冷静に、


「違うの、だから大丈夫」


 と答えた。


「優香がそう言うなら……。わかった!」

「はあ、だからなんでよ……」


 優香が小さな声でそう呟いた。


「え? 何か言った?」

「何でもないっ!!」

「あ……う、うん。わかった」


 キリヤはなぜか怒っている優香に疑問を抱いたけれど、これ以上自分が何かを言えば、優香はもっと怒り出しそうだったのでそれ以上は何も聞かないことにしたのだった。


 それからキリヤたちは来週からの研究所訪問の前に数週間(優香は数か月間)の勉強疲れを癒すため、ゆっくり過ごすことにした。




 勉強ノルマのないキリヤたちは平日の教室には行くことができない為、自室で過ごすか施設のどこかで過ごすことになる。


 そしてキリヤは毎日決まって、屋上で過ごしていた。


 今日もキリヤが屋上で空を眺めながら昼寝をしていると、そこへ優香がやってきた。


「やっぱりここにいた」


 そう言って、優香はキリヤの隣に座った。


 特に何かを話すわけでもなく、優香はキリヤの隣で静かに座って読書をしているようだった。


 雲の流れはとてもゆっくりで、これまでの忙しかった日々が嘘だったように思える。本当にいろんなことがあったな――。


 そんなことを思いながら、キリヤは空を見上げた。


 僕がこの施設に来たのは9歳の時で、あれから9年も経った。能力はなくならないどころか、永久に消失しない身体になってしまった。僕はこの力でどれだけの人の力になれるだろう。どれだけの能力者たちを救えるのだろう――。


 キリヤは流れる雲を眺めて、これまでとこれからのことについてふと思う。


 これまでのように先生が助けてくれるわけでもないし、共感しあえた家族のような仲間たちも近くにいるわけでもない。不安な気持ちは確かにあるけれど、それ以上にこれからが楽しみでもある。


 僕は大人たちを信じられなかった時期があったけれど、今はいろんな大人の人たちの助けがあってここまでこられた。


 だからこれまでひどいことをしてしまった大人の人たちへの懺悔の気持ちと支えてくれた感謝の気持ちを胸に、僕は大人のいる世界で人助けをしたいと思ったんだ。


 今の僕は先生のおかげで大人の人を信じられるようになったからね――。


 そして「ふふっ」と小さく笑うキリヤ。


「どうしたの? なんだかにやけてない?」


 優香はキリヤの表情に気が付き、そう言った。


「ちょっといろいろと思い出していてね」

「思い出し笑いなの? それはちょっと気持ち悪いね」


 優香はキリヤに向かって無慈悲にそう言った。


「え、ちょっとひどくない!?」


 そしてキリヤたちはそれからもゆっくりとした時間を過ごした。

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