第30話ー⑨ それは幸せな物語
食事を終えた奏多はマリアと結衣に連れられて、女子の生活スペースへ向かっていった。
きっと前にマリアたちが言っていた女子会をするんだろうな――
暁はそんなことを思いつつ、食堂でクリスマスパーティの後片付けをしていた。
すると、そこにキリヤがやってくる。
「キリヤ、どうした?」
「奏多、マリアたちに取られちゃったねって思ってさ」
キリヤはそう言って笑いながら暁の隣に来ると、
「手伝うよ」と言ってキリヤは暁が洗った皿を吹き始める。
「はは。まあ俺だけの奏多じゃないからな」
「えー、そうなの?」
冗談交じりに言うキリヤ。
「そ、そうだよ!」
「あはは!」
そうやって笑いながら隣に立つキリヤを見て、暁はふと夏祭りの時のことを思い出した。
「そういえば、夏祭りの時もこうして2人で片付けたな」
「そうだったね」
キリヤは懐かしそうに笑ってそう答えた。
「あの時に――お父さんのことを教えてくれたな」
「――うん」
少しだけ寂しそうな顔でそう言うキリヤ。
「実はな……あの時の俺は、剛のこともあって自分に自信がなくてさ。前に進もうとするキリヤがすごく眩しく見えたんだよ。だからキリヤの成長を素直に喜んであげられなくてな」
暁は苦笑いをしながらキリヤにそう言った。
するとキリヤは「え?」と驚いた顔をして、動かしていた手を止めてから暁の方を向く。
「僕、空気の読めない話をしちゃったんだ……。ごめんね、先生」
そう言って俯くキリヤ。
そして暁は手を止めると、
「謝らなくてもいいさ。俺の心の問題だったんだからさ」
俯くキリヤに笑顔でそう答えた。
「それで――今はどう、なの?」
キリヤは顔を上げて、まっすぐな表情で暁にそう尋ねた。
すると、暁は止めていた手を再び動かし、
「そうだな。相変わらず、自分に自信があるわけじゃないんだ……でもシロが言ってくれたんだよ。先生には生徒たちを笑顔にできる力がある。わからないかもしれないけど、少しずつ前に進んでいるってな」
と今の前向きな気持ちをキリヤに告げた。
「え、シロがそんなことを?」
キリヤは目を丸くしてそう言った。
「ああ。――だからそれから少しずつだけど、自分を信じられるようになったんだ。それからは生徒たちの成長が素直に嬉しいし、そんなみんなからたくさん刺激をもらっているよ」
暁が笑顔でそう言うと、「そうなんだ」とほっとした顔でキリヤは答えた。
「ああ。だからキリヤもありがとな。俺の生徒でいてくれて」
暁がキリヤにそう告げると、キリヤは目に涙を浮かべて、
「先生がありがとうだなんて――感謝しなくちゃいけないのは、僕の方なのに」
そう言いながら暁から顔をそらした。
「ははは。じゃあ、お互い様ってことだな」
暁はそう言って微笑み、また手を動かした。
キリヤはそう言ってくれたけどさ、やっぱり感謝するのは俺の方――
「あ、先生! 雪が!!」
突然キリヤはそう言うと、窓の外に向かって指を差していた。
「え、雪……?」
それから暁は、キリヤの指をさす方に視線を向けた。
「ほんとだ! 今年はホワイトクリスマスだな」
「うん」
そして暁たちは窓からしばらくの間、その雪を見つめた。
それから暁は、キリヤの父親が大雪の日に事故で亡くなったと言っていたことを思い出し、もしかしたらキリヤが悲しい思いをしているのでは――? と思い、キリヤの方を見る。しかしその横顔には、まったく悲しみの表情は現れていなかった。
ああ。本当にキリヤは過去のことを割り切って、前へ進んでいるんだな――
そう思いながら暁は、嬉しそうに雪を眺めるキリヤの姿を見て、優しく微笑んだ。
「あ……まだ片付けの途中だぞ、キリヤ!」
「そういえば、そうだったね」
それから暁とキリヤは残りの片づけを済ませ、各々の部屋に戻っていったのだった。
翌朝、朝食を済ませてから奏多は実家へ帰っていった。
「なんだか、奏多と優香がやけに親しそうだったな」
「そうだね」
昨晩、女子会ではどんな話をしたんだろうな――そう思いながら、少しだけその時のことを妄想する暁。
「おそらく昨日の夜――女子たちの間で何かがあったんだろうな」
「たぶんそうなんだろうなあ。僕も女の子のことはよくわからないけど、でもきっと素敵な夜を過ごしたんだよね!」
「ああ、きっとそうだな!」
そう言って、暁たちは笑いあったのだった――。
それから数日後。奏多は新年の挨拶のため、再び施設を訪れた。
暁はそんな奏多の晴れ着姿を見てニヤニヤとしつつ、新年から良いことがありそうだと晴れ着姿の奏多に向かって手を合わせていた。そんな暁を見て、「何をしているんですか!」と奏多は楽しそうに笑っていた。
そしてそれが今回の日本滞在期間、最後の施設来訪となった。
それからまた数日後――
暁の自室を訪れていたキリヤは植物の手入れをしつつ、
「奏多は明日帰っちゃうんだっけ?」
と暁にそう言った。
「ああ」と暁はさみしさ交じりの声でキリヤにそう答えた。
「あはは。先生はわかりやすいんだから……明日、見送りにいくんでしょ? だったら、笑顔だからね!」
「ああ……」
暁は呆然とキリヤにそう答える。
「全然、聞いてないね」
キリヤは苦笑いをしながら暁にそう言った。
楽しかった奏多との時間はあっという間だった。明日別れたら、次はいつ会えるのだろう――。
暁はそんなことをずっと考えていた。
「明日、寝坊しないようにしてよ? じゃあおやすみ」
そう言いながら、キリヤは職員室を出て行った。
「ああ、おやすみ。……確かに、キリヤの言う通りかもしれない。寝坊して奏多に会えないのは嫌だからな。今日はもう寝よう」
それから暁はベッドに潜り、眠りについたのだった。
翌日。暁は奏多の見送りのために空港へ来ていた。
「先生!」
暁はその声のする方に顔を向けると、神宮寺家の使用人たちに囲まれながら手を振る奏多の姿を見つけた。
やっぱり、奏多ってお嬢様なんだよな――
そんなことを思いながら、奏多に駆け寄る暁。
そして使用人たちは奏多と暁の合流を確認すると、奏多に一礼してから姿を消したのだった。
「なんか……気を遣わせちゃったか?」
暁が申し訳なさそうにそう言うと、
「大丈夫です。たぶんお母様に何か言われているだけだと思いますから」
奏多はやれやれと言った顔でそう答えた。
「そうか」
そう言ってほっと胸を撫でおろす暁。
「でも先生、今日もお見送りありがとうございます」
奏多は暁の顔を覗き込むように笑顔でそう言い、垂れていた横髪を耳に掛けた。
そして暁は奏多のそのしぐさにドキッとして、顔が熱くなるのを感じていた。
「お、俺も奏多と、少しでも長く一緒にいたいと思ったからな!」
「ふふ。嬉しいです」
そう言って口元を押さえて、柔らかい笑顔を見せる奏多。
この笑顔が最高なんだよな――。
そんなことを思いつつ、奏多の笑顔を見た暁はつられて笑顔になっていた。
その後の暁は奏多が搭乗時間になるまでの間、空港のロビーの椅子で話しながら待つことにした。
「前もこんな感じでしたよね。ロビーの椅子に座って、先生とお話していました」
奏多は懐かしむように暁の方を見てそう言っていた。
「そういえば、そうだったな」
「次はまた来年になってしまうかもしれないですね」
奏多は俯きながらそう呟く。
「そうか……」
奏多も向こうでいろいろ忙しいんだろう。だからそれは仕方のないことなんだよな――。
暁はそんなことをふと思っていた。
「でもそのあとからはずっと一緒ですよ」
「……え?」
それから奏多は顔を上げると、
「来年3月に留学期間が終わります。だからそのあとはこっちの大学でバイオリンの勉強をしながら、活動しようって考えています」
笑顔でそう言った。
「そうなのか!?」
「ええ。だからあと1年、待っていてください」
あと、1年――暁はそう思い、「うん」と小さく頷いた。
「――わかった。待つよ、ずっといつまでも。そして奏多にふさわしい男になれるように俺も努めるから!」
「うふふ。それは楽しみです!」
そう言って微笑む奏多。
そして搭乗時間になると、奏多は搭乗口へと向かった。それから飛行機に乗り込み、再び異国の地へと飛び立ったのである。
奏多と過ごした時間はあっという間だったけど、でもすごく楽しかったよ――
暁はそんなことを思いつつ、
「奏多、ありがとう」
飛び立った奏多に向かってそう呟いた。
そして暁は奏多の乗る飛行機を見送った後、施設に戻ったのだった。
そういえば……奏多がキリヤにこそこそと話していたことは、どうやら俺が誘拐事件に巻き込まれたときのことだったんだとか――。
キリヤから暁へ内容を詳しく話すことはなかったけれど、
「先生は愛されているってことだから……」
と身体を震わせながらそう言っていた。
キリヤがなぜそんなに身震いをするのか――と暁は少々気になったものの、なんだか踏み込んではならないことのような気がして、それ以上のことは追求しなかったのである。
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