第30話ー⑧ それは幸せな物語

 ――職員室にて。


 暁は片付けを済ませてから職員室に戻ると、そこには嬉しそうに笑う奏多が暁を待っていた。


「先生――」

「奏多、お疲れ様!」


 暁はそう言いながら微笑むと、


「ええ。ありがとうございます、先生」


 奏多はそう言って満面の笑みを浮かべる。


「演奏、すごくよかったよ! 感動した。幸せな気持ちにさせてくれて、ありがとう」


 暁がそう言うと、奏多はそっと目を閉じた。


 もしかして、演奏をしていた時のことを思い出しているのかな――


 そんなことを思いながら、奏多を見つめる暁。


 それから奏多はゆっくりと目を開けて、


「私もすごく、すごく楽しかったです! とても幸せな気持ちになりました」


 そう言って微笑んだ。


 その奏多の想い、しっかりと俺も感じたよ――


 そんなことを思いながら、暁は「ふふっ」と笑う。


「うふふ。やっぱりここでの演奏はいいですね。初心に帰れるといいますか――先生、私にもう一度チャンスをくれてありがとうございます。今がすごく楽しくて、幸せです!」


 そう思ってくれること、俺もすごく嬉しく思うよ――


 そう思った暁は、


「俺も奏多に負けていられないな。立派な教師になるぞー!」


 そう言って右手の拳を上げた。


「ふふ。応援していますよ、先生」

「おう! ありがとな、奏多!!」


 そして暁と奏多はお互いを見つめ、微笑みあった。


 それから暁たちが見つめ合っていると、


「いちゃいちゃしてるとこ悪いんだけど、ちょっといい?」


 そう言いながらキリヤたちが職員室にやってきた。


「い、いちゃいちゃなんかしてないぞ!!」


 暁が必死に弁解するも、


「あー、はいはい」


 とキリヤは適当に暁をあしらった。


「おいっ!」

「ふふ。相変わらずキリヤと先生は仲良しですね」


 そう言いながら、笑う奏多。


「それで、みんなどうしたんだ?」


 そう言って職員室に集まった生徒たちを見ながら、暁は首をかしげた。


 そして暁の問いにキリヤは笑顔で、


「奏多の演奏を聴いて、どうしても感想を伝えたいって言っていてね」


 そう言って生徒たちと目配せをする。


 それを聞いた奏多は嬉しそうに微笑むと、


「あらあら。皆さん、嬉しいです。ありがとうございます!」


 顔の前で両手の指をそっと合わせてそう答えた。


 それから職員室に押し寄せた生徒たちは、各々の感想を奏多に伝えていた。その中には優香や真一の姿も。


「優香も来るなんて、意外だな」

「すごく感動したんだって。だからどうしても感想が伝えたいからって来たんだよ」


 キリヤはそう言って、クスクスと笑っていた。


「そう、なんだな」


 優香も奏多の音の虜になったってことか。やっぱり奏多の音の力は、すごい。人の心を動かすほどの力があるんだからさ――


 そう思いながら、暁は「うんうん」と一人頷く。


 奏多は世界的なバイオリニストになる。だから俺もそんな奏多に見合う男にならないとな――


 暁はそんなことを思い、生徒たちからの感想を聞いている奏多を見つめていた。


 その後――奏多は一度着替えをするために生徒たちと別れることになり、暁は、生徒たちを連れて食堂へ向かっていたのだった。


「もっとお話ししたかったですぞ……」


 そう言ってため息を吐く結衣。


「まあまあ。また食堂でって言われただろ?」


 暁は隣を歩く結衣にそう告げる。


「そうですな! 今夜はまだまだこれからですし!」

「おう!!」 


 そして暁たちは、また奏多と話せることを楽しみに食堂へと向かうのだった。




 ――食堂にて。


「こ、これは――」


 暁たちが食堂に行くと、そこにはクリスマスの特別ディナーが用意されていた。


「今日の食事は豪華でござるな!」

「すごいね、結衣!!」

「はい!」


 そう言ってはしゃぐ、結衣とマリア。


 そういえばコンサートの準備の時に、今夜は神宮寺家の料理人がクリスマスディナーを作りに来ると言っていたな――


「神宮寺家のコックさんが、今日のためにわざわざ出向いてくれたらしいぞ。みんな、奏多と神宮寺家の方々に感謝を忘れずにな!」

「「はい!」」


 それから奏多が食堂に来て、クリスマスパーティが始まったのだった。




「マリアちゃん、このウインナー! ぷりぷりしていておいしいのですよ!」


 結衣はウインナーを頬張りながら、幸せそうにマリアへそう言った。


「本当? じゃあ私も頂こうかな」


 マリアはそう言って、大皿に乗っているウインナーを自身の皿にのせたのだった。




 クリスマスチキンの前でまゆおと真一が、そのサイズの大きさに驚いて見入っていた。


「真一君、見てよ! こんなに大きなチキンが!! 僕、こんなの初めてだよ――でも、どこから食べれば?」

「――まゆお、うるさい。というか、なんでさりげなく僕の隣に来ているの? 鬱陶しいんだけど」


 真一はそう言ってから、その場を離れた。


「真一君!? ――チキン、食べないのかな。こんなにおいしそうなのに」


 真一の背中を見ながら、しょんぼりするまゆおだった。




「キリヤ君、これ食べますか? あ、こっちも」


 優香はそう言いながら、次々とキリヤの皿に食べ物を乗せていく。


「ありがとう、優香。でも僕、自分で好きなものを取るから大丈夫だよ?」


 キリヤが苦笑いでそう言うと、


「どうせ栄養の偏ったものしか食べないくせに……桑島さんに密告してやる」


 優香はキリヤに聞えない声でそう呟いた。


「え? 何か言った?」

「いいえ! 何にも」


 きょとんとするキリヤに笑顔を作ってそう答える優香。




 暁は食堂を眺めつつ、生徒たちがそれぞれでクリスマスディナーを楽しんでいる姿を見ていた。


 みんなが楽しそうで俺も嬉しいな。それも、奏多のおかげだな――


 そう思いながら、暁は隣に立つ奏多の方を見て、


「奏多、いろいろとありがとな。みんな、幸せそうだ」


 そう言って微笑んだ。


「いえいえ。私は自分ができることをしただけのことです。先生がよく言っていたでしょう? 自分のできることをやっただけだって。それと同じです」


 奏多はそう言って笑った。


「はは。そうか」


 奏多は俺の言葉からそう思ってくれていたなんて……俺は俺のやれることをやって来ただけだと思っていたけど、ちゃんと誰かのためになっていたんだな――


 暁はそう思い、嬉しくて笑みがこぼれていた。


 それから奏多は生徒たちの方を見ながら、優しい笑顔で話を続ける。



「長い時間を過ごしてきたこの場所は、私にとっての第二の故郷みたいなものなんですよ。だからここにいる家族たちやこの場所にいろいろと恩返しをしたいと思っているんです」


「……第二の故郷か。その気持ち、なんだかわかる気がするよ」



 暁はそう言って生徒たちを見つめた。


「うふふ。では、真面目な話はこの辺で……。パーティはまだまだこれからですよ! 最後まで楽しみましょう、先生?」

「ああ!」


 それから暁たちは最後までクリスマスパーティを楽しんだのだった。


 そしてパーティの最後には、マリアにバースデーソングとプレゼントを贈り、今年のクリスマスパーティは幕を閉じたのだった。

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