第30話ー⑤ それは幸せな物語
――神宮寺家にて。
暁たちを乗せた車は大きな門を通り、しばらくするとそこに大きな屋敷が姿を現した。そしてその屋敷の前で車は停車し、暁と奏多は車を降りたのだった。
「ようこそ、神宮寺家へ!」
奏多はそう言いながら、暁の手を引いて屋敷の中に招き入れる。
そして奏多たちが屋敷に入ると、
「おかえりなさいなせ、奏多様」
そう言いながら、神宮寺家の使用人たちが暁たちを迎えた。
「ただいま戻りました」
奏多はそう言って、使用人たちに笑顔を向けて歩いていく。
そんな奏多の姿を見た暁は、本当に奏多が大企業のご令嬢なんだなと再確認したのだった。
粗相がないようにしないとな――
「お、お邪魔します!」
暁は使用人たちにそう言って頭を下げてから、奏多の後ろについて歩いていった。
それから暁は広い廊下を歩きながら、
「奏多って、本当にお嬢様なんだな。わかっていたつもりだったけど、まさかここまでとは――」
そう言ってキョロキョロと屋敷内を見渡す。
「そんなに構えないでくださいよ。そんなに大したことはないんですから」
奏多は笑いながらそう言った。
「いやいやいや。この屋敷を見てから、大したことないとか言えないだろう!」
俺の実家は小さいアパートだったんだよな。しかも、そこに8人も暮らしていたなんて。でもきっとここなら、俺の家族が暮らしたって余るくらいの敷地が――
「あ、ここです」
「――え?」
暁は立ち止まった奏多が見ているところに視線を向けると、そこには茶色の大きな扉があった。
「ここ?」
そう言って扉を指さす暁。
「ええ。さあ、中へどうぞ」
奏多はそう言って、ニコニコと笑いながらその扉を開く。
「あ、ああ」
そして暁は奏多に言われるがまま、その部屋の中に入った。
「ここ、は――」
そう呟きながら、部屋の中を見渡す暁。そしてその場所は、とてもきれいに整頓されており、棚には楽譜や音楽理論の本などが並んでいた。
もしかして、この部屋って――
「あの、奏多さん――?」
「うふふ。実はここ、私のお部屋なんです。適当にくつろいでくださいね」
そう言って部屋の中に入っていく奏多。
「え!? あ、はい……」
うっ、やっぱり奏多の部屋だったか。それになんだかいい香りがするぞ! というか……くつろぐなんてできるのか、俺――!?
そんなことを思い、扉の前で佇む暁。
「と、とりあえずここで立ったままっていうのも落ち着かないし、入ってどこかに座ろうか――」
それから暁は一歩踏み出して、辺りを見渡した。しかし部屋があまりにも広すぎて、どこに座ればいいのかわからず目が泳いでしまう。
「あの、えっと、どこに座れば……?」
困った暁は奏多にそう尋ねた。
すると奏多は笑いながら、
「こちらにあるソファで一緒に座りましょうか」
部屋の中央にあるソファを指さした。
「お、おう」
そして暁たちは、そのソファに腰を掛ける。
「ふっかふかだな、これ!!」
ソファに座った暁は、今まで感じたことのない触感にテンションが上がっていた。
「うふふ。気に入っていただけてよかったです」
そう言って、暁の隣で嬉しそうに微笑む奏多。
それから唐突にノック音が響くと、
「奏多様、失礼いたします。お茶のご用意をお持ちいたしました」
そう言う使用人の女性の声が聞こえた。
「どうぞ」
奏多がそう言うと、使用人の女性は扉を開けて一礼をした。それからティーセットをカートの乗せて運びながら部屋に入って来ると、手早くティーセットを机に並べて、再び一礼をしてから部屋を後にした。
高級レストランかと思うほどの手際の良さと言うか、待遇と言うか――
目を丸くしながら一部始終を見つめていた暁は、そんなことを思ったのだった。
「良ければ、これからティータイムにしませんか?」
奏多はそう言いながら、暁の方を向いて微笑む。
「ああ」
暁は笑顔で奏多にそう返し、紅茶とお菓子の並ぶテーブルについた。
「そういえば、先生。明日はクリスマスイヴですが、施設で何かレクリエーションはお考えで?」
奏多は紅茶を優雅に飲みながら、暁にそう尋ねる。
「いや。今年はいろいろとあったからな……何にも企画できていないんだよ」
暁が苦笑いでそう返すと、奏多は「そうですか」と微笑みながら答えて、紅茶を口にした。
でもなんでそんなことを……? もしかして俺と過ごすために予定の裏どりか――?
そんなことを思いつつ、暁は奏多の顔を見て、
「そういう奏多は、何か予定があるのか?」
そう問いかけた。すると奏多はにっこりと笑い、
「もちろん決まっておりますよ! 聞きたいですか?」
と自慢げに答えた。
恋人のクリスマスイヴの予定が気にならないはずがないってわかっているだろうに――
そんなことを思い、暁は口をとがらせる。
「その、聞かせてくれないか? 奏多の予定を……」
暁は口を尖らせたまま、奏多にそう告げた。
「あら! その顔は私が誰と過ごすのか気になって仕方がない、と言った顔ですね!」
奏多は意地悪な顔をして、笑いながらそう言った。
「じ、じらすなよ!」
「ふふふ。……先生と過ごすこと、ですね!」
「え?」
奏多のその答えに、暁はきょとんとする。
『先生と過ごす』って言ったか? でも、そんな予定は――
「外出の申請もしていないし、さすがに今更それは無理なんじゃ」
暁が困った顔でそう言うと、
「ふふ。実は事前に研究所の所長さんに連絡を取りまして、24日は施設のシアタールームで神宮寺奏多のクリスマススペシャルコンサートを開催させてもらえることになっております!」
奏多は満面の笑みでそう答えた。
クリスマススペシャルコンサートだって――!?
「俺はそんなこと、一言も聞いてないぞ!? それにいつ決まったことなんだ!?」
「帰国が決まった時に所長さんへお願いしていたのですよ。せっかくのクリスマスイヴだったので施設のみんなと過ごしたいなって思って」
そう言って楽しそうに笑う奏多。
奏多がそんなことを考えていたなんてな――そんなことを思いながら、暁は微笑んでいた。
そしてそのサプライズに目を丸くしつつも、留学してから確実に上達しているであろう奏多のバイオリンの音色を聴くことができるとは――と楽しみに思う暁だった。
「だから先生。また明日も一緒ですね」
奏多はそう言いながら、両手で頬杖をついて微笑んだ。
「ああ、そうだな」
暁も微笑みながら、奏多にそう言った。
奏多のスペシャルコンサートか。明日が待ち遠しいな――!
暁はそんなことを思いながら、神宮寺家で過ごしたのだった。
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