第30話ー④ それは幸せな物語

 翌日。


「久しぶりの東京か……。楽しみだな」


 そう呟きながら、暁はニヤニヤと廊下を歩いていた。


「こんな顔、誰にも見せられないな」


 もしも誰かにこんな緩みきった顔を見られたら、気持ち悪いって言われそうだな、ははは――!


 そんなことを思いつつ、浮足立っている暁は奏多の待つエントランスゲートへ向かった。


 そして暁がエントランスゲートに着くと、そこにはすでに到着して暁を待っている奏多の姿があった。


「先生! おはようございます!」

「おはよう!!」


 手を振る奏多に、そう言いながら暁も手を振って返す。


「お待たせ、奏多。車もありがとうな」


 暁がそう言うと奏多はニコッと微笑み、


「いえいえ。先生に会えるのなら、いくらでも車を回しますよ!」


 嬉しそうにそう言った。


「それはありがたいな」


 暁はそんな奏多の顔を見て、自然と笑顔になっていた。


「それでは、行きましょうか」

「おう!」


 それから暁たちは車に乗り込み、目的地の東京へ向かって走り出した――。


 普段、施設の外を見ることのない暁は、こうして出かけられる時はなるべく外の景色を楽しむことにしていた。


 久しぶりの東京か。奏多はどんな計画を立ててくれているんだろうな――


「なあ、奏多。今日はどこへ行くんだ?」


 暁は窓の外を見ながら、奏多にそう尋ねると、


「新宿あたりで映画鑑賞とランチでもと思っております」


 奏多は優しい声で暁にそう答えた。


 そして奏多の『新宿』というワードを聞いた暁は嬉しくなり、勢いよく奏多の方へ振り向くと、


「――新宿! いいな!!」


 そう言って満面の笑みをする。


「先生にそう言っていただけて、私も嬉しいです」


 奏多も嬉しそうに暁へそう言った。


 それから暁は、奏多との会話を楽しんだり、外の景色を見て驚きながら現地の到着を心待ちにしたのだった。




 ――新宿にて。


 目的地に到着した暁たちは、まず初めに映画館で流行の映画を鑑賞したのだった。



「あー。感動したな。家族の絆とか愛情とか、すごく素敵だったな。――俺も大家族で長男だったけど、主人公みたいに強い心は持てなかったな」


「そんなことはないです。先生も強くて、優しい方ですよ。人の心に炎をともせる素敵な心をお持ちだと私は思います」



 奏多は暁の顔を覗き込みながら、笑顔でそう言った。


 そんなことを言わせるつもりじゃなかったんだよな。でも奏多って俺の喜ぶ言葉をいつも言ってくれる……そういう奏多だから、俺は――


「ありがとう。奏多だって、素敵な心を持っているよ。いつも奏多の言葉は、俺の心を癒して安らぎをくれる。俺はそんな奏多にたくさん救われているんだからな」


 暁は笑顔でそう言った。


「うふふ。そんなことを言っていただけるなんて嬉しいです。ありがとうございます、先生」


 奏多はそう言って照れながら笑っていた。


 そして暁はそんな奏多の表情に見とれていた。この笑顔を俺は絶対に守りたいな――と思いながら。


 それから奏多は両手でパンッと鳴らし、


「じゃあ先生、次の場所に行きましょう。時間は限られていますから!」


 そう言って満面の笑みを暁に向ける。


「ああ、そうだな!」


 それから暁たちは映画館の近くにあったカフェでランチをすることにした。


 そして席に着いた暁たちは一緒にメニュー表を見ていた。


 どれも魅力的なメニューばかりで目移りするな――


 そう思いながら、暁が「うーん」と唸りながら悩んでいると、その様子を奏多は隣でニコニコと楽しんでいるようだった。


「うふふ。先生、決まりました??」

「うーん。どれもいいけど……俺はやっぱり!」

 

 そして暁はメニューにあった『彩り野菜とから揚げランチセット』を注文した。


 注文から数分後。暁の前には彩り豊かな野菜とカラッと揚げられたから揚げが綺麗に盛り付けをされたプレートが運ばれてきた。


「おおお! これが映えってやつなのか!!」


 暁が興奮してそう言うと、


「少し違いますが、それもありですかね」


 奏多は笑いながらそう答える。


 それから暁はプレートに乗っている大好きなから揚げに手を付け、そしてそれをゆっくりと口に運ぶ。


「――このから揚げはカリッとしていて、中はジューシー……そしてかすかにスパイスが効いているところが、ミソだ! それに――この野菜もみずみずしくて、栄養満点なのが見た目からも味からも伝わってくる! このから揚げランチセットは一味違うぞ、奏多!!」


 暁が大きな声でそう言うと、


「おい、今の聞いたか? ここのから揚げは一味違うみたいだぞ!」

「そうみたいね! 私達も同じものを頼みましょう!!」

「すみません、から揚げランチセットを!」「あ、こっちもお願いします~!」


 暁のグルメレポートを聞いた他の客が、こぞってから揚げセットを注文していた。


 から揚げは世界を平和にするのかもしれないな、うん――


 そんなことを思いつつ、暁は幸せそうにから揚げを食べていた。


「先生は生徒たちだけじゃなく、どんな人の心も動かす才能があるみたいですね」


 そう言いながら、奏多は優雅に紅茶を嗜んでいた。


「そうなのかな? 俺自身はよくわからないけど!」

「うふふ。それがまた先生らしいですね」


 奏多はそう言って微笑んだのだった。




 ランチを終えた暁たちは、街をブラブラと歩いていた。


「本当に東京にはたくさんの人間がいるんだな……」


 普段は施設の生徒たちか研究所の人たちとしか関わらないから、こんなに人を見ることもないんだよな――


 そんなことを思いながら、目の前を歩く人たちを見る暁。


「そうですよね、うんうん。それに、こんなに人が多いとはぐれてしまいそうですよね!」


 そう言って、奏多は暁の腕にくっついた。


「ちょ、奏多!?」

「いいじゃないですか。私達ってそういう関係ですし。この人混みの中で腕を組まないがおかしいですよ」


 奏多は意地悪な笑顔でそう言った。


「そう、なのか……そうだよな。うん、わかった。じゃあ――」


 そう言って暁はそんな奏多を受け入れることにした。


 そしてその状況でしばらく歩きながら、いつもより距離の近い奏多にドキドキする暁。


 なんだか髪から仄かにシャンプーの良い香りがするぞ……って、俺は何を言っているんだ! でも、奏多はやっぱりちゃんと女の子なんだな――


 そんなことを思いつつ、暁は奏多と新宿の街を歩きまわる。それからしばらくして、


「それでは、そろそろ次の目的地に行きましょうか!」


 奏多は組んでいた腕を外し、振り返りながら暁にそう言った。


「次?」

「はい!」

「そうか……」


 そしてもう少し腕を組んでいたかった暁は、奏多のその提案に少しだけ残念に思っていた。


 でもあのまま歩いていたら、俺の心臓はどうにかなっていたかもしれない。そう思うと、ちょうどいいタイミングなのかもな――


 そんなことを思い、暁は車に乗り込んだのだった。




 しかし次の目的地は、暁にとって違う意味で心臓に悪い場所だった。


 そう。俺たちが次に向かった場所は奏多の実家である、神宮寺邸だったからだ――


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