第30話ー② それは幸せな物語
奏多の帰国当日。キリヤはいつものように暁の自室で過ごしていた。
そして奏多の到着時間が気になるのか、部屋の中をうろうろとする暁をキリヤは黙って見つめていた。
「そろそろ家に着いた頃か……? いや、もしかしたらどこかで寄り道とか」
「そんなに気になるなら、空港まで迎えに行けばいいのに」
見かねたキリヤは、隣でソワソワする暁に呆れ声でそう告げた。
昨晩、奏多から帰国したと言う連絡を受けた暁は、その後からずっとこの様子だったそうで――。
まあ恋人が帰国したなんて聞いたら、嬉しくてそんな行動を取ってしまうのもしょうがないよね。ま、僕にはわからない感覚だけどさ――
そんなことを思いながら、キリヤはため息を吐く。
「他の日に外へ出かけるから、その時の為に迎えに行くことはやめることにしたんだ」
「そういうことね。外で長い時間一緒に過ごすために、省けるところは省こうと」
キリヤがニヤリと笑いながらそう問いかけると、
「ま、まあそれで大体あってるよ」
暁はそう言って恥ずかしそうに答えた。
「相変わらず、先生はわかりやすいなあ」
「そ、そんなこと! ……あるかもしれないけど」
暁は口を尖らせながら、そう答えた。
「あはは! まあそういうところも好きなんだけどさ」
キリヤが笑いながらそう言うと、
「ありがとな、キリヤ!」
そう言いながら、暁は満面の笑みを浮かべた。
先生ったら、本当に奏多に会えることが楽しみなんだな――
暁の姿を見て、キリヤは「ふふっ」と笑いながらそんなことを思っていた。
そして急にブーッブーッと音を立てながら、机にある暁のスマホが振動した。
「先生、スマホ!」
「あ、ああ。……お、奏多からだ!!」
それから暁はスマホを持ち、一目散に奏多を迎えにエントランスゲートへ向かっていった。
「僕はまゆおたちでも呼んでこようかな」
そしてキリヤも暁の自室を出て、男子の生活スペースへと向かったのだった。
***
キリヤと別れて自室を出た暁は、エントランスゲートに急いで向かっていた。
俺が奏多から帰国の話を聞いて、はや1か月か――
「ようやく奏多に会えるんだな」
そんなことを呟きながら、暁は心を躍らせていた。
帰国の話を聞いた時から奏多に会えることが楽しみで仕方がなくて、年甲斐もなくハイテンションだったな――とこの1か月を振り返る暁。
「それが原因で優香に怒られたり、キリヤに呆れられたりしたっけ……でも、そんなことはもういいんだ。だって俺は今日奏多に会えるんだからさ!!」
暁が奏多と離れてから約9か月が経過していた。その期間はあっという間ではあったけれど、やはり奏多のいない日常は暁にとって物足りないものだった。
しかし今はその時の気持ちを吹っ飛ばすくらい、暁は幸せな気持ちで満たされていた。
そしてそんな幸せな気持ちに浸りつつ、暁はふと思った。
「ダサくなったとか、おじさんっぽくなったとか言われないよな……俺、そんなに変わってないはずだし」
そんなことを呟きながら歩いていると、暁はあっという間にゲート近くまで来ていた。そしてその場所からゲートの方に視線を向けると、そこには愛おしい人の姿があった。
「あれは……急がないとな」
それから暁は小走りでゲート前へと向かった。
そしてそんな暁の姿を見つけた奏多は、ゲートの向こうから笑顔で手を振る。
「先生!! お久しぶりです!」
最後にあった時よりも伸びた髪のせいなのか、奏多が少し大人っぽくなったように感じる暁。そして動くたびに揺れるその綺麗な黒髪を見て、暁はときめいていた。
ショートヘアも似合っていたけど、今のショートボブも似合っていて……うん、つまり最高ってことだ――!
そんなことを思いながら、心の中でガッツポーズをする暁だった。
「――すまん、待たせたな」
エントランスゲートに着いた暁はそう言って、頭を掻いた。
「本当に待ちくたびれましたよ! この9か月、先生に会えるのを待ちわびていたんですから」
そう言って優しく微笑む奏多。その顔を見て、暁は自分の顔が熱くなるのを感じた。
「俺も同じ気持ちだよ」
暁はそう言いながら奏多に笑顔を向けた。
それから暁は持っていたゲストパスを奏多に渡し、奏多はそれを使ってゲートを潜って保護施設の敷地内に入った。
奏多はもともとこの施設に暮らす生徒だったが、卒業した今は外部の人間として認識されている為、奏多は以前のようにここを通ることができなくなっていた。
しかし暁が研究所から渡されているゲスト用のカードパスを使用することで特別に入場することが許されるのだった。
「ゲートが新しくなりましたね! ……でも、中は何にも変わっていないですね」
奏多は懐かしむように、施設の敷地内を歩いていた。
「そうだな。まあ多少直したところはあるけど、ほとんど奏多が居た時と変化はないかもな!」
暁は奏多の隣を歩きながらそう答えた。
「こうやって懐かしむことができる環境があるって、とても素敵なことですね」
「ははっ。そうだな」
そんな話をしながら、暁たちは建物の中へ入っていく。
――食堂にて。
暁たち食堂に着くと、マリアと結衣が奏多の到着を待っていた。
「奏多! 久しぶり!!」
そう言ってマリアは奏多に駆け寄り、そしてマリアに続いて結衣も奏多に駆け寄った。
「マリアも結衣もお久しぶりですね。元気にしていましたか?」
奏多は優しい笑顔を二人に向けていた。
「元気にしておりましたよ! 奏多殿はいかがお過ごしでしたか!」
「私も元気に過ごしておりましたよ。ふふっ。ありがとうございます! 結衣もマリアも相変わらずみたいでよかったです」
それからキリヤとまゆおも食堂にやってきた。
「奏多、久しぶり」
「神宮寺さん、お久しぶりです」
「キリヤもまゆおもお久しぶりです」
奏多は2人に笑顔でそう答えた。
「キリヤ……なんだか大人っぽくなりました?」
キリヤの姿をまじまじと見ながら、奏多はそう言った。
「そ、そう……かな? ありがとう!」
そう言って笑顔で答えるキリヤ。
「それとまゆおは、なんだか顔つきが変わりましたね。たくましくなったように思います」
そんな奏多の言葉に、
「あ、ありがとうございます」
そう言って赤面しながら答えるまゆお。
もしこんな時にいろはがいたら、まゆおのことを茶化していたんだろうな――と暁はふと思ったのだった。
すると、そんな暁の隣にキリヤがやってきて、
「先生? どうしたの?」
キリヤは暁の顔を覗き込みながら、そう問いかける。
「なんだか懐かしい感じがしてな……。まだ1年も経っていないはずなのに奏多や剛、それといろはがいたのが遠い昔のように感じてさ……」
暁がそう言うと、
「そうだね。……僕ももうすぐここを出るし、またさみしくなっちゃうね」
キリヤは少し寂しそうな表情をして、そう答えた。
「でも別れがあるってことは、新たな出会いがあるってことでもある。奏多や剛がここを出たあと、優香たちに出会っただろ?」
「そう、だね」
「それからまた、たくさんの思い出ができた。別れは確かにさみしく思うけど、新たな出会いのための別れなら、いいものなのかもしれないな」
暁がそう言うと、キリヤは「うん」と微笑みながら答えた。
「あ、先生! ちょっと、ちょっと!」
「ん、なんだ?」
急に結衣から呼ばれた暁は、キリヤから離れて結衣の元へと向かった。
そして結衣の隣に着いた暁は、ふと置いてきたキリヤの方に視線を向ける。
話の途中だったし、もしかしたらキリヤはいじけているんじゃ――
するとちょうど奏多がキリヤに近寄り、耳元で何かを伝えている姿が見えた。
2人は一体、何の話をしているんだろう――?
暁はそんなことを思いながら、2人の様子を見ていた。
「先生、ちゃんと聞いていますですか!」
「え、あ、ああ。何だっけ?」
それから暁は結衣の話を聞きつつも奏多とキリヤのことが気になって、そちらの方へ視線をチラチラとむけていた。
まだ話しているのか。べ、別に疑ってなんていないからな! ただちょっと心配なだけって言うか――
そして奏多が笑顔でキリヤから離れると、なぜかキリヤは暗い表情をしていたのだった。
「奏多は楽しそうにしているし、何かの思い出話とかなんだろうな。それでキリヤの顔が青くなっているように見えたのは――きっと俺の気のせいだな、うん」
そしてなんとなくほっとする暁。
それから暁は奏多と生徒たちと会話を楽しんだのだった。
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