第30話ー① それは幸せな物語
真一とのあれこれから数日が経ったときのこと。
「みんな、いい調子だぞ!! お前たちなら、きっとできる! 俺はお前たちを信じているからな!!」
いつもと様子の違う暁を見て、キリヤは首をかしげていた。
今日の先生はなんだか――
「じゃあ今から渾身の応援歌を!!」
暁がそう言って大きく息を吸うと、優香が急に立ち上がった。
「先生! そろそろ静かにしていただけませんか? 勉強に集中できません!!」
さすがの優香でもいつもよりテンションの高い先生には、耐えられなかったんだね――
そんなことを思いながら、黙って優香を見つめるキリヤ。
「す、すまん……。ちょっと調子に乗りすぎた」
そう言ってしょんぼりする暁。
「まったく……」
優香はそう言いながら、着席して再びタブレットに視線を戻した。
でも一体先生に何があったんだろう。いつもテンションは高い方だけど、授業を妨害するほどのテンションなのは気になる――
そんなことを考えながら、キリヤはしょんぼりする暁をぼーっと見つめた。
「わからないなら、聞くしかないよね」
キリヤは小さくそう呟き、タブレットに視線を戻して勉強を再開した――
そしてキリヤは本日分のノルマを終えてから暁の傍に行くと、
「あとから、ちょっと話そう」
暁の耳元でそう告げて、教室を出たのだった。
授業後、キリヤは教室へと向かった。
「まだ教室で片づけをしている時間だよね」
それからキリヤが教室に入ると、そこには暁の姿があった。
「よう。話ってなんだ?」
暁は手を動かしながら、キリヤにそう言った。
「なんか、今日の先生の様子が変だなって思って。何かあった? ……良い事、だよね?」
キリヤがそう言うと、暁はピタッと手を止めた。
「俺ってそんなにわかりやすいのか……」
「え? うん。今更、だよね?」
「はあ。確か、前に優香にも同じことを言われたような」
暁は肩を落としながらそう答えた。
「あはは。先生はすぐに顔と行動に出るからね。……それで、何があったの?」
キリヤがそう問うと、
「あー、実はな。奏多が一時帰国するらしくて。それで……」
暁は頬を掻きながらそう答えた。
ああ、本当にわかりやすいよね。先生はさ――
「なるほど。久々に奏多に会えるから、テンション上がっていたわけね」
「ま、まあそういう事だ!」
そう言って暁は照れながら笑っていた。
この人は本当に自分よりも年上なんだろうかと疑いたくなるくらいの純粋さだなとキリヤは思った。
先生からこんなに想ってもらえる奏多は、本当に幸せ者だと思う。そして先生がこんな表情をするのは、きっと奏多にだけなんだろうな――
そんなことを思いながら、キリヤは頬を膨らませていた。
「どうした、キリヤ? なんか怒っているのか?」
「べ、別に!」
キリヤはむすっとしながら暁にそう答えた。
奏多に嫉妬したなんて、先生には絶対に言えないよ――!
「あ、そういえば施設にも顔を出すって言っていたな。また日取りが決まったら、キリヤたちにも知らせるよ!」
満面の笑みでそう言う暁。
そんな嬉しそうな笑顔で言われちゃ、いつまでも嫉妬なんてしていられないか――
キリヤはそう思いながら、ため息を吐いた。
「うん、わかったよ。みんなにも言っておくね」
「ああ、よろしくな」
そして暁はそれからも上機嫌で片づけをして、職員室へ戻っていった。
「そっか、奏多が……」
キリヤは教室に一人残り、そんなことを呟いていた。
奏多が卒業して9か月。キリヤはこれから再会する奏多のことをふと考えていた。
「今の僕を見て、成長したって言ってもらえるかな。もしくは、変わらないって言われるのかな……」
いや。奏多のことだから、きっと僕の想像を超えた返しをくれそうなものだけどね――
「自分の変化は自分じゃ気が付かないからね。きっと奏多なら、僕が気づいていない、僕の変化を教えてくれるかもしれないね」
そんなことを呟いて、微笑むキリヤ。
そして奏多自身は、どう変わっているのだろう――
キリヤはそんなことを思いつつ、奏多の成長した姿が見られることを楽しみに思っていた。
「あ……」
そしてキリヤはとても大事なことを思い出す。
以前、先生が誘拐されたとき、奏多はかなりおかんむりだったよね。それに確か、そのことをちゃんと覚えておいてくださいねって――
「うう、考えるだけで寒気がする……奏多がその時のことを忘れていますように」
キリヤはそう願いながら、教室を後にしたのだった。
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