第27話ー⑩ 過去からの来訪者

「あ、れ……ここは?」 


 少女は目覚めた時、自分が何者でなぜここにいるのかがわからなくなっていた。そして今までの記憶だけではなく、感情の使い方も忘れてしまっていたようだった。


 少女は目覚めた場所からフラフラと歩き続け、大きなコンクリート造の建物の前で立ち止まる。


 それから少女がその建物の前をうろついていると、その中から出てきた一人の男性がその少女に声を掛けた。


「こんなところで、何をしているんだい?」


 そう言ってその男性は微笑んだ。


 なんだろう。この人の笑顔に、胸がポカポカする――


 そう思った少女は、男性の胸に飛び込んだ。


「ええ!? こんなところを誰かに見られたら……あははは」


 それから少女はその男性に連れられて、目の前に建つその建物で過ごすことになった。


 その場所は少女がこの先、暁と出逢う研究所であり、建物の前で出会った男性こそ、現所長の櫻井だった。


 それから少女はこの研究所で所長からたくさんの優しさをもらっていた。


『これ、食べるかい? ああ、こっちの方が好きかな?』

『……』

『うーん。あ、そうだ! 最近、おいしいお菓子を取り寄せたんだけど――』


 しかし所長からどんな優しさを向けられても、少女は記憶も感情も戻ることはなかった。


 それからある日のこと。少女は研究所内をフラフラと歩いていると、柄ずばりの部屋で眠る同年代くらいの女の子が目に入り、その場で立ち止まった。そして、


 自分と似た境遇の子を見れば、何かを思い出すきっかけになるかもしれない――


 そんなことを思いながら、眠る女の子を見つめる少女。すると、


「何を見ていたんだ?」


 背後から唐突に聞こえたその声に、少女は少しだけ肩を震わせた。そして少女はゆっくりとその声の方を向くと、そこには初めて出会う男性がいた。


 そして優しそうな表情をするその男性に、少女は少し心が動くのを感じた。


 もしかしたらこの人なら私の記憶も感情も取り戻してくれるかもしれない――と。


「――じゃあな、俺はお前を待っているからな」


 そう言って、その男性は少女の頭を撫でた。


 この感じ、懐かしい。もしかしてこの人は私の父親に似ているのだろうか――少女はそんなことを思ったが、そこから何かを思い出すことはなかった。


「彼を見て、何か思い出したのかい?」


 男性が去った後、所長は少女にそう言うと、少女は、首を横に振った。


「そうか」


 そう言って残念そうな表情になる所長。


 それから少女は所長とともに部屋に戻ったのだった。




 その日の夜。少女は眠る前に今日会った男性のことを思い出していた。


「あの人なら、私を変えてくれるかもしれない」


 今まで感じたことのない何かを、あの人から感じた気がする。もしかしたら――


 そんなことを思いながら、少女は眠りについた。そしてその日の晩、少女は奇妙な夢を見る。


 真っ暗の霧が自分を飲み込み、それから昼にあった男性がその場で泣き崩れる姿があった――


 そして少女は飛び起きる。


「――い、今のは、なんだったんだろう」


 それから昨日会った男性の顔が思い浮かぶ少女。


「あの人の顔を、なんで思い出したのかな。もしかしてあの人に何か……」


 その後、少女はその男性が教師だという事を所長から教わった。それから数日後――生徒の能力が暴走した、と言ってその男性は生徒と共に研究所へやってきたのだった。


 それから少女は検査室の前で泣き崩れるその男性を見て、自分があの時見たものは予知夢だったんだ――と初めて理解した。


「私は、予知夢を見る力があるんだ……」


 そしてこの不思議な力を『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』と呼ばれていることを少女はこの時に知ることになった。


 記憶はないけれど、私もきっとその能力者で、能力の暴走の影響で記憶と感情を失ったんだろうな――と少女は察したのだった。


 そしてしばらく経ったある日、少女は所長へとあるお願いごとをした。


「櫻井さん、私は暁先生のところに行きたい」


 それを聞いた所長は、少女が意思を持ち始めたことに喜び、その願いを受け入れたのだった。


 そして少女は暁のいる施設に行くことになる――



 ***



「……」

「シロ、大丈夫か?」


 話し終え、沈黙するシロを案じた暁はそう問いかけると、シロは「はい」と小さな声で答えたのだった。


「――辛いことなのに、話してくれてありがとうな。今の話を聞いたうえでいくつか質問したいことがあるんだが……少し休憩してからにするか?」


 暁は長時間の会話で疲弊しているように見えるシロへそう言った。


「大丈夫です。私には、時間がないので。できる限りのことを先生に伝えたい」


 シロはそう言って、暁の目をまっすぐに見つめる。


「時間が、ない……?」

「はい。私が元の時代に戻れる時が決まっているんです。それを逃すと、歴史が変わってしまうので」


 暁は勢い良く立ち上がると、


「――待てっ! 戻るって……まさか、過去にか!?」


 目を見張ってそう言った。


「はい」

「危ないんじゃないのか!? それに、またその黒服に捕まって、心の結晶を抜かれるなんてこともあるだろ!?」


 声を荒げながらそう言う暁。


「先生、静かに! それに私は大丈夫です。私はこの時代で普通に生きています。運命に従って動けば、危険を回避できるってことですよ」


 そう笑顔で答えるシロ。


 その顔を見て、シロはこの時代の自分が今どこで何をしているのか知っているのだろうと察する暁。


 でも、この時代のシロはいったい今、どこにいるんだ――?


 そう思いながら、首を傾げる暁。しかし、結局暁はその答えを見つけることはできず、シロの話を聞いてみることにしたのだった。


「まあ、とりあえずシロが無事なのはわかった。じゃあ、気を取り直して、さっそく質問していくぞ。まずは1stの存在。1stって何なんだ?」


 暁がシロの顔をまっすぐに見てそう言うと、


「1stは、初めて能力が目覚めた存在。その一人が私。私のいた時代では、能力者が当たり前の時代じゃなかった。みんな普通の人間で、普通の日々を過ごしていたの」


 シロは淡々とそう答える。


「……じゃあ、その女の正体はどうなんだ?」

「女の人の正体も、なんで私が1stなのかもわからない……」


 そう言ってしゅんとするシロ。


「そうか。そうだよな……」


白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』が発見されたのは20年前のこと。そしてシロが20年前から来たというのなら、シロが1stと呼ばれる存在だとしてもおかしくはないな――そう思いながら頷く暁。


 それから暁は、その話の中に出てきた女性のことが引っ掛かっていた。


 その当時、『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』を発症している子供はほとんどいないのにも関わらず、その女は能力のようなものを使っていたからだった。


「もしかしてその女と『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の発症と何か関係があるんじゃ――」

「先生?」


 シロは心配そうにそう言って、暁の顔を覗き込む。そしてシロの声で暁は我に返った。


「ああ、悪い! えっと、他の質問だよな! シロと他にいた2人以外にも、1stはいるのか?」

「たぶん、あと2人はいたはず。『残りの2人は』ってあの女の人は言っていたから」

「いたはず……?」


 それってどういうことだ? いや、おそらくその2人も――


 そう思い、顔をしかめる暁。


「うん。私があの施設にいる時点で、覚醒していたのは私を含めた3人だけだった。でも、他の2人もきっと紡ちゃんたちと同じように……」


 そう言って辛そうな顔でシロは俯いた。


「シロ……」


 シロはその時のことを思い出しているのかもしれない。目の前で大切な友達が苦しむ姿を見たんだ、シロがそんな辛そうな表情をするのも無理もない、よな――


 暁は眉間に皺を寄せてそう思いながら、シロを見つめた。


 それから暁は小さく頷くと、


「シロ。お前が他のみんなの分まで生きたらいいんだ。他の子たちが見られなかったもの、感じられなかったものをたくさん知って、それで素敵な大人になれ。お前の経験がきっと同じように苦しむ子供たちの光になるから」


 そう言って微笑んだ。そしてシロは顔を上げると、


「――先生。やっぱり先生は、私が思った通りの人でした。先生なら、私を変えてくれると信じていました」


 笑顔でそう言った。


「俺、シロに何かしたか!?」

「ずっと見守ってくれていたじゃないですか。それに今もこうやって、素敵な言葉を掛けてくれた。だからありがとう、先生」

「ははは。なんか照れるな」


 暁はシロのその言葉に恥ずかしくなって頭をかいた。


「……そうだ。最後に聞いていいか?」

「はい?」

「こっちのシロには、どこで会える?」


 そしてシロは、暁に自分の正体を明かした――


「――そう、だったのか」

「だから、すぐにまた会えますよ」

「ああ、そうだな」


 そう言って暁は安堵の表情をする。


「――先生、私は3日後にこの時代を立ちます」

「そうか。うん、わかった」


 残された時間で目いっぱいシロと思い出を作ろう。そしてまた大人になったシロとたくさんの思い出話をするんだ――


 暁はそう思い、残りのシロとの時間を過ごそうと誓ったのだった。

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