第27話ー⑪ 過去からの来訪者

 ――翌日。


「シロの帰る場所が分かったんだ。だから2日後にここを出ることになった」


 食堂に生徒たちを集め、暁はそう告げた。


「そっか……でもシロが決めたことなら、仕方ないよね」


 マリアはそう言ってとても悲しそうな表情をする。


 そしてそんなマリアを見た暁は、


 マリアが悲しがるのも無理はないよな。マリアは誰よりもシロと長い時間を過ごしていたんだ。だからシロとの別れがさみしくないはずはない――


 そう思いながら申し訳なさそうな表情をした。


「でも、なんでそんなに急に?」


 まゆおは首をかしげながら暁にそう尋ねる。


「まあ、いろいろと都合があるみたいなんだ。でも俺からはちょっと説明できないんだよ。すまないな……」

「そう、ですか」


 そう言いつつも、納得していない表情をするまゆお。


 説明もなく、いきなりそんなことを言われたって素直に聞き入れられないよな――


 そう思いながら、困った顔をする暁。


「それに、こうするほかシロが幸せになる方法がないんだよ」

「そうなら、仕方がないのかもしれませんね」


 そう言ってまゆおが引き下がると、


「もしかして、この間の襲撃事件と何か関係があるんじゃないの?」


 今度はキリヤが暁に疑問を投げかけた。


「いや。それは関係ない」


 暁はキリヤにそう断言したのだった。


 キリヤは断言されてもなお、まっすぐに暁の顔を見たまま動かずにいた。しかしそれでも暁は、生徒たちに真実を告げることはなかった。


 ここで少しでも関係があることを伝えれば、生徒たちに不安を抱かせてしまうかもしれないから――


 そう思っていた暁は、生徒たちに真実を告げられなかったのだった。


「関係ないなら、いいんだけどさ。もしかして、僕たちに気を使って施設を出るんじゃないかって思ったんだ。いろはみたいにさ……」


 そんなキリヤの言葉に俯くまゆお。


「そんなことないです。家族が家で私の帰りを待っているので。だから心配しないでください」


 そう言って、微笑むシロ。


「家族が……そっか。じゃあ早く帰ってあげないとね。きっとお母さんもお父さんも、早くシロに会いたいよね」


 キリヤはそう言いながら、シロの頭を優しくなでた。


「キリヤ君、ありがとう。みんなもたくさん、たくさんありがとう。そしてマリアお姉ちゃん……本当のお姉ちゃんみたいに接してくれて、本当にありがとう。すごく楽しかったです! 私、絶対に一緒に過ごしたことを忘れないです!」

「シロ……」


 そしてシロを優しく抱きしめるマリア。


「マリアお姉ちゃん……。またすぐに会えるよ。だから――」

「うん」


 マリアはシロをしばらく抱きしめたままだった。


「まだ2日があるんだ。だから残りの時間を目いっぱい楽しもうな」


 暁のその言葉に、生徒たちは力強くうなずいた。


 それから暁たちは、シロとの残りの時間を楽しんだのだった。




 そして2日後。シロが旅立つ日が来た。


 暁が食堂に入ると、そこには最後の朝食を済ませるシロと、その隣にマリアがいた。2人はいつものように仲睦まじく、会話を楽しんでいるようだった。


「おはよう。シロ、マリア!」

「おはようございます、先生!」「おはよう、先生」


 笑顔で答えるシロとマリア。


「シロ、朝食後に迎えが来るからな」


 暁がシロにそう告げると、


「……わかりました!」


 シロは何かを察し、頷いてそう言った。


 本当は迎えなんか来ないんだけどな。合わせてくれてサンキューな、シロ――


 そう思う暁だった。


「じゃあそれまで、ゆっくり楽しめよ!」


 暁がそう言うとシロは頷き、食事を再開したのだった。




 ――数分後。暁はエントランスゲート前でシロを待っていた。


 そしてシロはマリアと共にやってきた。


「もう、いいのか?」


 暁の問いにシロは微笑み、「うん」と答えた。


「シロ、また会えるよね?」


 マリアは悲しそうにシロにそう問いかけた。


 その問いにシロは笑顔を作り、返答する。


「うん。必ずまた会えるよ。だからその日まで、待っていて」

「わかった……。ありがとう、シロ」


 マリアはそう言って優しくシロを抱きしめ、涙を流す。そしてシロの目にも涙が溢れていた。


 それから暁は、シロが来たその日のことをふと思い出す。


 俺たちの目的はシロの記憶を取り戻すことだったはずなのに、いつの間にか俺たちはシロからたくさんのものをもらっていたのかもしれない。結局、救われたのは俺たちの方だったということだ――


 そしてシロと出会ってから、マリアが少しずつ変わっていったことを暁は知っていた。


 いつもキリヤの後ろに隠れていたマリアが、自分から誰かのために行動するようになり、今は確かな愛情の注ぎ方を知ったんだろうなと。


 そして自分自身も教師として大切なことをシロから教わっていた暁。


 掛けてくれた言葉や共に過ごした日々が、暁にとって大切なものになっていたからだった。


 シロとの出会いは、俺たちにとって必然的なものだったんだな――


 そう思いながら、暁は「ふふっ」と笑う。


「よし、じゃあ行こう。いいな、シロ?」


 暁がシロにそう告げると、


「うん」とシロは頷きながらそう言った。


 そしてシロはマリアと向かい合い、「ありがとう」と微笑んだのだった。


 それからマリアはポケットから小さな袋を取り出し、その袋をシロに渡した。


「これは私からの贈り物。開けてみて?」


 シロはラッピングを解き、袋の中のものを取り出す。それは緑色の石の使っているブレスレットだった。


「再会の意味があるマラカイトを使ったブレスレット。私とお揃い」


 マリアは自分の手首にあるブレスレットを見せた。


「ありがとう、マリアちゃん! 絶対、絶対大切にするね! また会うときまで、必ず肌身離さず持っているから!」

「うん」


 そして暁たちはマリアに見送られながらゲートを出たのだった。




 事前に外出申請を出していた暁は難なく外に出ることができていた。そして現在、シロと共に施設の傍の道を歩いている。


「どこだと、能力が発動しやすい?」


 暁は歩きながらシロに問う。


「なるべく広いところがいい」

「そうか。確か、施設の裏に公園があったような……そこならどうだ?」

「うん!」


 そして暁たちは施設の裏にある公園へ向かった。


 その後、到着したその場所は、公園と言っても特に遊具があるわけでもなく、ちょっとした砂場とベンチがあるだけだった。


「このくらいの広さがあれば十分です!」

「そうか、良かったよ。……じゃあ、本当にお別れの時だな」

「はい。先生、今までありがとうございました。施設で過ごした時間は楽しかったです」


 そう言って微笑むシロ。


「俺の方こそ、ありがとう。シロの言葉で俺はたくさん救われたよ。そして生徒たちもきっとシロのおかげで変わったと思うんだ」

「ありがとうございます! 本当に、そうだといいな」


 シロは嬉しそうにそう言った。


「……じゃあそろそろ行きます。こっちの私のこともよろしくお願いしますね」

「ああ」


 それからシロは公園の中央に向かった。そして足を止めたシロは目を閉じ、意識を集中させているようだった。


 何が起こるのだろうと、黙ってシロを見つめる暁。


 そしてしばらくすると、シロの周りが光り出した。


「へえ。これが時間渡りか……」


 暁は目の前で起こる不思議な幻想に、思わず見とれていた。


 そしてシロはゆっくり暁の方を振り返ると、ニコッと微笑み、そのまま姿を消したのだった。


「シロ。元気でな……」


 暁はシロがいた場所を見つめながらそう呟く。


 そしてシロを見送った後、暁はスマホを取り出し、とある場所に連絡を取った。


「――さて、俺も行かなくちゃな」


 スマホをポケットにしまい、暁は公園を後にしたのだった。

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