第27話ー① 過去からの来訪者

 ゆめかは子供たちの眠る部屋を見ていた。


「私がもう少し協力できていたら、もっと違う結果になっていたのかな……」


 ゆめかがそんなことを呟いていると、所長がゆめかの隣にやってきた。


「ゆめか君? またここに来ていたのかい?」

「所長……今日もここで自分の力の無さに打ちひしがれていたところさ」


 そう言いながら、苦笑いをするゆめか。


「そんなことはないさ。君は十分すぎるくらい、『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の研究に協力してくれたじゃないか。君がいなければ、この症状のことを誰もわからずに我々は今日まで過ごしていたかもしれない。だから君には感謝しかないよ」


 所長はそう言いながら、ゆめかに微笑む。


 しかし浮かない顔のゆめか。


「ゆめか君?」

「……もうすぐ運命の日がやって来る」

「そうか。そろそろなんだね」


 所長は悲し気な顔でそう言った。


「ええ……」

「やはり気が進まないかい?」

「でも、これは仕方のないことなんだ……だから私は、与えられた使命をこなすだけだよ」


 そう言いながら、ゆめかは眠る子供たちに視線を向けた。


「そう、か」


 そしてゆめかと所長はしばらく無言でその場に留まっていたのだった――。



 ***



 S級保護施設では、今日もいつものように授業が行われていた。


 保護施設、教室にて――


 生徒たちはそれぞれのノルマを黙々とこなしており、優香だけは飛び級卒業のために、いつもの倍以上のノルマに取り組んでいた。


 当初は優香にかなりの負担がかかるのではと心配に思っていた暁。


 そもそも優香は通常ノルマを午前中には終えているし、午後は空き時間であることが多かったから、少しだけ勉強時間を増やしただけのことなのかもしれない――


 優香にとってそこまで負担になっていなくてよかったと暁は胸をなでおろしていた。


 でも油断は禁物だよな。優香がキリヤとともに無事卒業できるよう、俺は最後までサポートする。もう俺は、あの時と同じ過ちは繰り返さないぞ――


 そんなことを思いつつ、暁は優香や教室にいる生徒たちを見守った。


 数時間後。午前の授業が終わり、昼食時間となった。


 生徒たちはお腹を満たすために食堂へ向かっていったが、優香だけは一人で教室に残っていた。


「優香。もうお昼だし、そのくらいにしよう」

「……」


 暁の言葉が届いていないようで、優香が勉強する手を止めることはなかった。


「おーい、優香?」


 聞こえないくらい勉強に集中しているんだな――


 そんなことを思いながら、優香を見つめる暁。


 優香が終わるまで待つことにした暁は、椅子に腰を掛けたまま優香を静かに見守った。


 それにしてもすごい集中力だな。俺なんて腹が減ったら、すぐに集中力が切れるんだけどな……やっぱり勉強ができるやつって、集中力が違うのかもしれない――


 暁がそんなことを思っていると、なかなか食堂に来ない暁と優香を心配したキリヤが教室にやってくる。


「優香、まだやってたの? このままじゃ、先生が腹ペコで倒れちゃうよ」


 するとキリヤの声に反応したのか、優香は手を止めた。


「あれ? 今、何時ですか?」


 キリヤは教室に掛かっている時計を見ながら、「13時5分」と答えた。


「嘘!?」

「本当だよ。ほら、ご飯食べに行くよ? ちゃんと食べないと勉強効率が落ちるからね」

「そうですね」


 そう言って立ち上がる優香。


 俺が声を掛けた時はまったく反応しなかったのに、キリヤの一言でこんなに簡単に動くなんて――


 次からはキリヤに声を掛けてもらおうと暁はそう思ったのだった。


 そして暁と優香、キリヤは少し遅い昼食を摂ることになった。




 いつもと変わりない昼食を終えた後、午後の授業を再開した。


 ここも変わりない毎日のようで、少しずつこの施設も変化をしているんだよな――


 そんなことを考えつつ、暁はシロに目を向ける。


 最近は優香の飛び級が決まったり、シロも授業に参加するようになったりとか――穏やかの日々の中でのそんな小さな変化を感じる暁。


 そして暁がシロを見つめていると、シロは慣れないタブレット操作に手こずっているようだった。


「シロ、大丈夫か?」

「はい……たぶん」

「困ったら、いつでも言えよ」


 暁の言葉に頷くシロ。そしてマリアもそんなシロの様子を優しい眼差しで見守っていた。


 最近のマリアはシロに付きっきりと言うわけではなく、求められたら少しだけサポートをするようにしており、生活のほとんどをシロの自主性に任せているようだった。


 そのおかげもあってか、シロは今までできなかったことができるようになっていた。


 食器の片付けや教室の清掃はいつも丁寧で綺麗にできており、勉強の方も覚えが早く、どんどん学力レベルを上げていた。


 暁はシロがこの先、どんな大人になっていくのかがとても楽しみに思っていた。


 これが親心と言うやつなんだろうか――


 そんなことを思いながら、暁は微笑んでいたのだった。




 14時を過ぎると大体の生徒たちがノルマを終えて、教室を出て行っていっており、終了15分前には優香とまゆお、シロの3人だけが教室に残っていた。


 それからシロは15時少し前にはノルマを終えて教室を出て行き、残ったまゆおと優香は時間いっぱいまで勉強を続けていた。


 まゆおは大丈夫だとして、優香はまた時間を忘れるくらい集中していそうだな――


 そう思いながら優香を見つめる暁。


 終了時刻の15時になり、まゆおは解答した問題の見直しを済ませてからササッと教室を出て行った。


 そして優香は暁の予想通り、時間になっても手を止めることはなく、勉強を続けていたのだった。


「おーい、優香。時間だぞー」


 暁はそう何度か声を掛けたものの、優香には届いていないようだった。


「はあ。やっぱりキリヤを待つしかないのかな」


 そして暁は黙々と勉強する優香を見つめつつ、キリヤが教室に来るまで待つことにした。


 優香はまた昼と同じことになるだろうなと思っていた暁は、午後の授業が始まる前にキリヤへ午後の授業が終わる時間になったら、教室に来るよう頼んでいたのだった。


 それからしばらくしてキリヤが教室へやってくる。


「優香、時間だよ。今日はもうおしまい」

「――もうそんな時間でしたか。集中していると時間はあっという間ですね」


 そう言いながら、身体を伸ばす優香。


「今日は捗った?」


 キリヤの問いに優香は笑顔を作ると、


「今は高3の夏くらいの範囲ですね! いいペースで来ていますよ!」


 嬉しそうにキリヤへそう答えた。


「さ、さすが……でも無理だけはしないでよ?」

「わかっています。私はキリヤ君と一緒に研究所へ行くんですから!」

「そうだよ。約束したんだから!」


 そう言って、微笑みあうキリヤと優香。


 暁はそんな2人を見て、


「なんだか、いいな。本当の友達ってこういう関係なんだろうなってキリヤたちを見て思うよ」


 羨みながらそう言った。


「な、何、いきなり!?」


 目を丸くしてそう言うキリヤ。


「あはは。なんかさ……相手を支えて、支えられて。お互いがお互いを必要としている関係ってすごく理想的だよな。俺もそんな親友がほしかったなってさ」


 高校生の時にSS級になった俺は、それからその時までの友人とは連絡を取っていない。だからもうきっと、俺のことなんて覚えていないだろうな――


 そう思いながら、悲し気な表情をする暁。


 するとキリヤは暁の顔を覗き込んで、


「もう、何言ってるの? 僕と先生だって立派な友達でしょ? 今は生徒と教師って立場かもしれないけど、時間外は大切な友達だって僕は思ってるよ!!」


 そう言って微笑んだ。


 そうか、そうだよな……キリヤは生徒でもあり、俺の大切な友人の一人なんだよな――!


「キ、キリヤ~!!」


 暁はそう言って嬉しそうにキリヤへ抱き着く。


「ちょっ! これじゃ、いつもと逆でしょ!!」


 そんな暁たちのやり取りを優香は笑いながら見ていた。


 ずっとこんな時間が続けばいいのにとそう思ったことはここだけの秘密だな――


 そんなことを思いながら、暁は楽しそうに笑うのだった。

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