第21話ー⑥ 眠り姫を起こすのは王子様のキス
そして次の週末。キリヤは優香と共に研究所へ向かった。
研究所に着くとその入り口では、ゆめかが笑顔で待っていた。
「やあ、キリヤ君も優香君もいらっしゃい。優香君のことは所長から聞いているよ」
「ありがとうございます」
そう言って優香はゆめかに一礼した。
それからキリヤはゆめかに先導され、『グリム』の部屋に向かった。
「ここが特別機動隊の隠し部屋か……」
優香は隠し部屋に入るなり周りを見渡して、興味津々にそう言った。
「あはは。優香君は面白いね! ここにある資料は好きに見てくれていいからね。じゃあ私は仕事があるから、これで。何かあったら、いつでも呼んでくれて構わないから」
そう言い残し、ゆめかは隠し部屋から出て行った。
「そういえば、所長さんが新たな情報があるって言っていたよね」
「うん。最新資料は……あ! これだ!!」
机の上に最新の日付が記載されている書類を見つけるキリヤ。
そしてキリヤはそれを手に取り、目を通し始める。
「えっと……『ポイズン・アップル』のチップの埋め込み推測場所、か」
「これはかなり有力なんじゃない?」
優香はそう言って、キリヤの手にある書類を覗き込む。
「うん、そうだね。――今までの調査では胸に埋め込まれているという報告が上がっていたが、正確な場所まではわからなかった。しかし今回の調査でチップの埋め込み場所をほぼ特定することができた」
確かに、今回はかなり有力な情報かもしれない。チップの大体の場所さえわかれば、あとは取り出す手段だけだから――
「チップは胸部の中心に深さ5㎝ほどの場所に位置している。この場所が身体に与える影響が一番少ないからである。そしてサイズは直径2㎝程の立方体と言う事実が判明した」
「胸のど真ん中にあって、しかも思ったより深いところに埋まっているんだね。これを取り除く手段はないの?」
優香は顎に手をあてながら、キリヤにそう問いかけた。
それからキリヤは書類を見ながら、
「えっとね……一つだけ、方法がある。一瞬の一撃で破壊すること。今のところ、他に取り除く方法はない――だって」
優香にそう告げる。
「は!? 5㎝も埋まっているのに、一瞬の一撃でって……そんなの無理なんじゃ……」
キリヤは、目を丸くする優香を見ながら、
「そうだよね。場所がわかれば方法が見つけられると思ったけど……でも思った以上に難航しそうだ」
そう言って眉間に皺を寄せる。
何か方法はないのか……確かに5㎝の深さまで一瞬で到達するほどの一撃なんて、そう簡単なものじゃない――
「一瞬の一撃……あ、でもこれって能力者なら、可能なんじゃないの?」
何かひらめいたように優香はそう言った。
「能力者、か……でも時間を操れるような能力者じゃないと、難しいんじゃない?」
そして、そんな能力者は僕たちのクラスにはいない。それに今からそんな能力者を探す時間だって――
そう思いながら、暗い表情をするキリヤ。
「何言ってるの、一人いるじゃない。確実に仕留められる剣士がね」
そう言ってウインクをする優香。
「剣士……ああ、そうか! まゆおか。まゆおの剣技なら、もしかしたら!!」
まゆおがなぜ最近になって素振りを始めたのか、納得するキリヤ。
もしかしてそれって狂司の入れ知恵かなのかな……そうだとしても、ありがたい限りだけど――
「うん。技の完成度はわからないけど、きっと狭山君なら!」
「そうだね! この作戦のこと、所長に話してみよう! これならきっといける!!」
そしてキリヤはゆめかと所長を隠し部屋に呼んだ。
「キリヤ君、いい報告とはなんだい!?」
所長はそう言ってゆめかと共に隠し部屋へ飛んできた。
「実は今回の調査結果を見て、思いついたことがあるんです! この方法なら、きっといろはを救えます!」
「その方法って!?」
そしてキリヤは先ほど行き着いた方法を所長とゆめかに話した。
「――まゆおの剣技の完成度でいつ決行するかを決めようと考えています。今はこれが最善の方法だって、僕たちは判断しました」
しかしキリヤの話を聞いて、所長は険しい顔をしていた。
「所長……?」
キリヤは首を傾げる。あまり良い反応じゃないな、と思いながら。
「確かに君たちのその方法が現状で一番いい方法なのはわかった。しかし、その方法はあまりにもリスクが高すぎる」
「それは――」
「確かに能力を使えば、可能性はあるかもしれないが、でももしその技が未完成だったら? そして私たちの見解が間違っていて、一撃で破壊しても暴走を止められなかったら?」
所長はキリヤの顔をまっすぐに見つめてそう言った。
「でも……」
所長のその問いにキリヤは何も答えられなかった。
でも……だけど、それでもなんとかできるかもしれない。それなのに、ダメ、なのか――?
「うまくいかなかったとき、すべてを失うことになる。それでも君たちは挑む覚悟はあるのかい?」
所長はキリヤに向けている視線をそらさずにそう告げた。
「……それ、は」
「それにまゆお君やいろは君の気持ちは?」
キリヤはその言葉に無言で俯いた。
「覚悟が決まらないうちは、やめておきなさい。失敗すれば、君たちもきっと大きな心の傷を負うことになりかねない」
「……わかり、ました」
確かに所長に言う通りだった。僕はまゆおやいろはの気持ちは聞いていないし、何より僕自身も覚悟が足らなかったかもしれない――
それからキリヤは資料を読む気になれず、ぺらぺらと資料をめくりボーっと眺めるだけだった。
そして帰宅時間になると、キリヤは優香と共に車へ乗り込み、それから沈み始める太陽を窓からボーっと眺めていた。
「キリヤ君、大丈夫?」
「うん」
「……本当にそうならいいけど。でも何か言いたいことがあるなら、ちゃんと言った方がいいよ。我慢することが一番良くない」
確かに優香の言う通りかもしれない。悶々と思い悩んでもきっと答えは出ないし、それに余計に悩むだけだ――
「僕って無力なんだなって思ってさ。僕の能力が時間操作系だったら、悩む問題なんかじゃなかった。それにまゆおのような能力があれば、僕が何とかできたかもしれないのにと思ってね」
キリヤは暗い表情をして、優香にそう言った。
「……もし仮にそんな能力があったとして、本当に君は覚悟が決まったのかな」
優香はまっすぐにキリヤを見つめてそう言った。
「そ、それは――」
『うまくいかなかったとき、すべてを失うことになる。それでも君たちは挑む覚悟はあるのかい?』
キリヤは先ほど所長に言われたことを思い出し、無言のまま優香から目をそらした。
「たぶん、そういうことだよ。能力なんかじゃない。覚悟の問題。狭山君の覚悟はとっくの昔に決まっていると思うよ」
それから施設に到着するまでの間、車内は無言となったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます