第21話ー⑤ 眠り姫を起こすのは王子様のキス

 翌日、いつも通りの日常が始まった。


 キリヤは学習ノルマをこなしつつも、なんとなく『ポイズン・アップル』のことを考えていた。


 どうしたら、いろはを救えるのだろう。もう、他にどうにかする術はないのかな――


「はあ」

「キリヤ、どうした?」


 大きなため息を吐くキリヤを心配したのか、暁はキリヤの方を見てそう言った。


「あ、いや……ちょっと難しい問題に躓いて! あはは」


 そう言ってごまかすように笑うキリヤ。


「そ、そうか? 俺がわかりそうな問題なら手伝うが――」

「大丈夫、大丈夫! もうわかったから!!」

「そうだったら、いいけど」


 そう言って暁は視線を他に移した。


 危ない、危ない。いつも通りでいなくちゃ。先生には心配を掛けられないんだから――


 そしてキリヤは再びタブレットに向かう。


 その後、無事にノルマを終えたキリヤは教室を出ると、そこには優香が立っていた。


「ちょっといい? 話があるんだけど?」

「え? う、うん」


 そしてキリヤは優香に連れられて、屋上へ向かった。


「優香。話って何?」

「速水さんに何かあった? 最近、こそこそと何か調べているみたいだけど」


 そっか、やっぱり優香なら気づくよね――


 こうなるだろうとキリヤは思っていたため、今回の問いにキリヤが驚くことはなかった。


 でも、このことは所長たちに他言無用と言われている。だからいくら優香でも、話すことはできないんだ――


「な、何のことかな……」


 キリヤは誤魔化すようにそう言った。


「しらばっくれるつもり?」


 そう言ってキリヤを睨む優香。


「だ、だから! 何のことかわからないんだって!!」


 こんな言い方で優香から逃れられるとは思っていないけど、でも今は話せないんだ。ごめん――


「そう。黙っているつもりなんだ」


 優香はキリヤの顔を見つめながらそう言った。


「――ごめん」

「なんで謝るの? 何のことかわからないんじゃなかった?」

「あ……えっと――」


 なんて言おう。なんて誤魔化したら――


 そう思いながら、視線を下に向けるキリヤ。


「それで、何があったの?」


 ニコッと笑いながら、優香はキリヤの顔を覗き込む。


「今は、話せないんだ。だから、ごめん……」

「ふーん」


 すると突然、キリヤのポケットからスマホの着信音が鳴る。


 そしてキリヤは、反射的にその方へ目を向けた。


「出ないの?」

「あ、うん……」


 キリヤはゆっくりとポケットからスマホを取り出し、その画面を確認した。そして、そこには『着信 所長』の文字が表示されていた。


 こんな時に所長から――!?


「私のことは気にせず、電話に出ていいよ?」

「え、えっと……」


 キリヤが焦りから目を泳がせていると優香はそんなキリヤからスマホを奪い、画面を勝手にタップして、所長の電話に応じた。


『もしもし、キリヤ君?』


 わざわざにスピーカーにしてくれるのはありがたいけど、ちょっと強引すぎじゃないの、優香さん――!?


 そんなことを思いながら、キリヤは優香が手に持つ、自身のスマホに視線を向けた。


『『ポイズン・アップル』の件でまた新たな情報を入手したんだ。また研究所に来たとき、見に来てくれ。きっといろは君を救う手掛かりになるはずだ!』


 そんな少し早口の所長の声が、キリヤのスマホのスピーカーから響いていた。


「その話、もっと詳しく聞かせてもらってもいいですか? 所長さん?」


 優香は笑顔でそう言った。


『え……その声は、優香君か!? なんで君がキリヤ君のスマホに!?』


 そりゃ、所長も驚くよね。そして、ごめんなさい――


 キリヤはそう思いながら、両手を合わせた。


「事情はあとからお話しますので。さあ、教えてください」


 少々強引だったとはいえ、優香の行動力にキリヤは少し驚いていた。


 大人相手でも、優香には関係ないんだろうな――


 それから所長は、キリヤに以前話したことを優香にも伝えた。


「――なるほど。そういうことでしたか」


 優香にはここで手を引いてほしいというか、これ以上は関わらせちゃいけないような気がする――


 キリヤは所長の話を聞いてから頷く優香を見て、そんなことを思っていた。しかし、


「では、私も協力させていただけませんか? 私の頭脳もきっと役に立てるかと。それに体力にも自信はありますから、いざというときに活躍できると思いますよ」


 優香は笑顔でそう言った。それはキリヤの想いとは反した答えだった。



『そうだね。君は暁君の誘拐事件の時にかなり活躍をしていたそうだし、心配はなさそうだ』


「そう言っていただけて、嬉しいです」


『ああ、これからよろしく頼むよ。じゃあキリヤ君に変わってくれるかい? 通話をスピーカーから解除してくれるとありがたいかな』



 声の遠さとか、反響具合とかで所長はこれがスピーカーになっていることに気が付いたんだろうな――


 さすがだなと思いながら、キリヤは頷く。


 そして優香はスピーカーモードを解除してから、キリヤにスマホを差し出した。


「はい、どうぞ」

「いや。これ、僕のスマホなんだけど……」


 そしてキリヤはスマホを耳に当てる。


「もしもし所長。キリヤです。ごめんなさい。優香が勝手に……」

『いや、構わないさ。でも無理はしないようにね。暁君が心配するから』

「はい」


 それから所長はさっき優香にも話した内容をより詳しくキリヤに伝えた。


 そして会話を終えたキリヤは通話を終了した。


「――優香、これは危ないことだってわかっているよね? それなのに、なんで?」


 キリヤは少しきつめの口調で優香に告げる。それは優香を思ってのことだった。


「だってキリヤ君が困っているのに、何にもできないのは嫌だから。それにキリヤ君に何かあったら、私のことを好きでいてくれる人がいなくなっちゃうでしょ。私、また一人になるのは嫌だもの」


 そう言って俯く優香。


 そうか。優香は優香なりの思いがあったんだね――


「……優香はそう思ってくれていたんだね。ありがとう。でも、無理だけはしないでよ」

「うん! だけど、キリヤ君もそれは一緒だよ」


 そう言って、優香は微笑んだ。

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