第21話ー④ 眠り姫を起こすのは王子様のキス
――研究所、『グリム』の隠し部屋にて。
「やあ、キリヤ君。何かわかったかい?」
様子を見に来たゆめかがそう言った。
「いえ、今のところは……」
キリヤががっかりした表情を見せると、
「まあそんな簡単に何かわかるなら、私たちはこの事件をもう解決しているだろう。だから、そんなに落ち込まなくていいさ」
ゆめかは笑顔でそう言った。
「そう、ですね」
「さて、キリヤ君。今日はここまでだよ? 時計を見てごらん?」
キリヤが壁に掛けてある時計に視線を向けると、時計の針は午後5時を指していた。
「もうこんな時間……」
キリヤはあまりに没頭していたため、こんなに時間が経過しているとは思っていなかった。
「そろそろ帰ろう。暁くんもきっと心配しているだろうから」
「わかりました」
そうしてキリヤは施設に帰る車に乗り込み、研究所を後にした。
キリヤは帰りの車の中で日が傾き始めている空を眺めつつ、これからのことを考えていた。
今日読んだ資料の中には、明確な解決方法はなかった。そしていろはのタイムリミットは近い。このまま何もせず、いろはの暴走を待つだけなんて――
そして資料に記載されていたたった一つの方法をふと思い出す。
そもそも一撃でチップを破壊するなんてことが可能なのかな。大きさも位置も、正確なものは何一つわかっていないのに――
「はあ」
キリヤは思わずそんな大きなため息をついていた。
先生なら、こういう時にどういう行動を取るんだろう――
空を眺めながら、暁の顔を思い浮かべるキリヤ。
「早く先生に会いたいな……」
そんなことを思いつつ、キリヤを乗せた車は施設へと向かった。
――S級保護施設、エントランス前。
車から降りたキリヤは運転手の青年にお礼を告げてから食堂に向かった。少し遅くなってしまった夕食を摂るために。
「まだ残っているといいけど」
そう言いながらキリヤが食堂に入ると、
「お! おかえり、キリヤ。検査はどうだった?」
暁は食器の片づけをしながらそう言って微笑んだ。
「え!? う、ううん。大丈夫だったよ。ありがとう、先生!!」
自分が検査に行くと言ったことを忘れていたキリヤは、しどろもどろになりながらそう言った。
『ポイズン・アップル』のことで頭がいっぱいになって、すっかり忘れていたよ――
「大丈夫だったのか、よかった」
そう言ってほっとした顔をする暁。
先生、僕のことを本気で心配してくれていたんだ。それなのに、僕は嘘を――
そう思いながら、申し訳なさそうな顔をするキリヤ。
「どうした? 検査で疲れたのか? 実はな、そんなキリヤのために少し取り置きしておいたぞ! 何と言っても今日は、から揚げの日だったんだからな!!」
そう言って、暁は皿に取り分けられているから揚げをキリヤの目の前に出した。
「あ、ありがと先生」
「じゃあ、準備するからさ。キリヤはその辺に座っていてくれ」
それから暁はマリアが盛り付けたサラダと、釜に残っていたご飯をよそい、キリヤの前に置いた。
「片付け中だったのに、ごめんね」
「いいさ。キリヤにも今日のから揚げのおいしさを共有してほしかったからな! さあどんどん食べてくれ!」
そう言って微笑む暁。
先生は本当にから揚げが好きなんだな――とキリヤは暁の顔を見てそう思った。
「いただきます!」
キリヤはそう言って手を合わせてから、から揚げを頬張る。
キリヤが食べている間、暁は片付けを中断してずっとキリヤの前の椅子に座って、他愛のない話をしていた。
「――そういえば、優香がキリヤのことを心配していたぞ? 最近キリヤの様子が変だって。今日も研究所に何しに行ったんだって言っていたしな」
「へえ。そうだったんだ」
優香がそんなことを――
キリヤはから揚げにかぶりつきながら、そんなことを思う。
それにしても、今日のから揚げは、いつもよりジューシーだなあ――
「なんだか興味なさそうなリアクションだな?」
「そ、そんなことはないよ! ただ、から揚げがおいしいなあって思っていただけで!!」
「まあから揚げはうまいから仕方ないよな!! ははは!!」
そう言って豪快に笑う暁。
そんな暁の姿を見て、キリヤは心が軽くなるのを感じた。
この先のことがどうなるかとか自分の無力さとかそんなことで悩んでいる時間がもったいないよ。今できる最善を尽くす。きっとそれが正解なんだ――
そう思いながら、キリヤは微笑んだ。
「どうした、キリヤ? なんだか、にやにやしてるぞ?」
「先生の顔を見たら、ほっとしたんだ。先生は本当にすごいよ。そばにいてくれるだけでこんなに心強いんだからさ」
キリヤがそう言うと、暁は照れ臭そうに頭をかいた。
「あはは――ありがとな、キリヤ。よおし、片づけを再開するぞー!!」
暁は照れた顔を見られるのが嫌なのか、そう言って片づけに戻っていった。
僕の、やるべきことがわかったよ――
暁の背中を見てキリヤはそう思いながら微笑むと、
「よし、まだまだがんばるぞ!!」
そしてキリヤはご飯を平らげて、自室へ戻った。
* * *
暁は食堂の片づけを終え、自室へ向かって歩いていた。
そしてさきほどキリヤに言われたことふとを思い出す暁。
「そばにいるだけで心強い、か」
俺はちゃんとここにいる意味があったんだな――
「そういえば、前にシロが……」
『先生と関わった子供たちがみんな笑顔に幸せになる夢を見たの。一人だけじゃなくて、何人もの子供たちが同じように笑顔だった――』
今回のこともシロの言っていたことのほんの一部なのかもしれない。それでもその言葉で少しの自信につながったことに変わりはない――
「いきなり理想の教師にはなれなくても、少しずつ前には進んでいるってことなのかもな」
剛が目覚めるまでに、今よりももっと成長しよう。どんな小さな一歩でもいいから、確実に積み重ねていくんだ――
そうして暁は自室に戻ったのだった。
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