第21話ー⑨ 眠り姫を起こすのは王子様のキス

 研究所から戻ったキリヤは自室に戻ろうと廊下を歩いていると、誰かの叫び声が聞く。


「何かあったのかな……」


 そしてキリヤはその声がする場所を探した。


「いろはちゃん!! ねえ、どうしたの!?」


 食堂から? それにこの声は、まゆおだよね――


「もしかして、いろはに何かあったんじゃ……」


 キリヤはいろはに何かあったことを察し、急いでまゆおのもとへと向かった。




 それからキリヤが食堂に着くと、意識のないいろはにまゆおが寄り添っていた。


「どうしたの、まゆお!! いろはに何が!!」

「キリヤ君!! ……いろはちゃんが急に苦しみだして、それで!!」


 もしかして、もうタイムリミットなのか――


「とりあえずいろはを医務室に運ぼう」

「うん」


 そしてキリヤたちはいろはを医務室へと運んだ。


「……キリヤ君。いろはちゃんは大丈夫なの?」

「わからない。でも時間がないことは確かだ」

「そんな……」

「まゆお。技は完成した?」

「……」


 キリヤの問いにまゆおは俯く。


「そっか。なら、今の僕たちにできることは何もないよ」

「技の完成には僕の『自信』が必要だったんだ。それがわかったのに僕は今でも『自信』を持てずにいる」

「『自信』……」


 なるほど。そう言われてみればそうかもしれない。まゆおはずっと自分に自信がないままだったから――


 それからキリヤは俯いたままのまゆおを見つめた。


 でもそれがわかったとしても、今のまゆおにどうやって自信をつけさせる――?


 キリヤはそう思いながら、冷や汗をかく。


 いや。今はゆっくり考えている時間はない。すぐ答えを出さないと、きっと手遅れになる。どうする、僕――


 そしてキリヤは屋上でまゆおを見ていた時のいろはの言葉を思い出した。


「……いろはが言っていたよ。どんな結果になっても、自分のために行動してくれる友達を信じるって。どんなに可能性が低くても、きっとなんとかしてくれると信じているって」


 キリヤがそう伝えると、まゆおはゆっくりと顔を上げた。


「いろはちゃんがそんなことを……」


「いろははまゆおのことを信じている。だから、そんないろはが信じるまゆおを信じてみないか」


「でも僕は……」



 そう言ってまゆおは再び俯く。


 僕はできる限りのことはやった。あとはまゆおが決めることだ――


 キリヤはそう思いながら、まゆおの言葉を待つ。


「僕は――ううん。僕もいろはちゃんを信じてる。だから、そんないろはちゃんの信じる僕自身を信じるよ!!」


 そしてまゆおは顔を上げて、いろはの顔を見る。


「竹刀、取ってくる!!」


 まゆおはそう言って、走りだした。


「いろは、頑張って。きっとまゆおは君を救ってくれるから」


 キリヤはいろはを見つめながらそう言ったのだった。


 それから優香が血相を変え、医務室にやってきた。


「キリヤ君、これはどういうこと!? 速水さんは大丈夫なの!?」


 いろはのことは、まゆおに聞いたのかな――?


 そう思いながら、キリヤは真剣な顔をすると、


「わからない。でもきっとまゆおがどうにかしてくれる。僕たちはまゆおを信じて待とう」


 優香の顔を見て、そう言った。


「うん」


 それからしばらくすると、まゆおは医務室に戻ってきた。


 そしてその後ろには暁の姿があった。


「これは一体、どうしたんだ!? ……って、いろは!?」


 暁はいろはの状況を見て、驚きの声を上げていた。


 ごめん。でも、今は先生に説明している時間はない――


 そう思いながらキリヤは、


「まゆお、やろう!!」


 まゆおの顔を見てそう言った。


 そしてまゆおは小さく頷く。


 それから優香が『ポイズン・アップル』の埋入地点をまゆおに伝える。


「この辺です。一瞬の一撃ですよ。大丈夫ですか、狭山君?」

「……うん。僕は僕の技といろはちゃんを信じてるから!!」


 まゆおの顔は自信に満ちた顔でそう言った。


 きっと今のまゆおなら、大丈夫だ――


 まゆおの顔を見たキリヤはそう確信した。


 それからいろはを医務室にあった背もたれのある椅子に座らせた。そしてまゆおはそんないろはの前に立ち、竹刀を構える。


 全員が息を呑みながら、その様子を静かに見つめていた。


 まゆお……僕はまゆおを信じているからね――


 キリヤはそう思いながら、両手の拳を握る。


 それからまゆおは目を閉じて、ゆっくりと息を吐く。そして竹刀に意識を集中させたまゆおは息を止めて目を見開くと、いろはに向けて竹刀を突き出した。


 一瞬だけ、医務室には風のようなものが吹いたが、本当に一瞬で医務室の中で何か起きたのか、誰にも理解できていなかったのだった。


「ふう」


 まゆおは呼吸を整えながら、まっすぐいろはの前で立っていた。


「やった……のかな?」


 何が起こったのか、全然見えなかった――


 キリヤはポカンとしながらそう思っていた。


「……僕にできることはやったよ。あとは、キリヤ君に任せる」


 まゆおはそう言いながら、キリヤの方を向いた。


「わかった。……先生、所長に連絡して! 今すぐ、いろはを研究所に連れて行こう!」


 唖然としていた暁は、キリヤの言葉を聞いて我に返ると、


「あ、ああ。わかった!」


 そう言って頷いた。


 それからキリヤたちはいろはを連れ、研究所に向かったのだった。




 ――研究所に向かう、車内にて。


「キリヤたちは施設に残ってもよかったんだぞ?」


 暁はキリヤとまゆおを見て、そう言った。


「ううん。僕はやらなきゃいけないことがあるから。それに施設には優香が残ってくれているし、大丈夫だよ」


 笑顔でそう返すキリヤ。


 そう。僕は所長への報告があるからね――


「そうだな。……まゆおは、着いてきて大丈夫なのか?」


 まゆおは意識の戻らないいろはをずっと心配していて、暁の言葉が耳に届いていないようだった。


「黙っていてごめん、先生。実は、僕もまゆおも『ポイズン・アップル』のことを知っているんだ。だから、大丈夫だよ」


 キリヤが悲し気な顔でそう言うと、


「……やっぱり、そうだったんだな」


 暁はため息交じりにそう言った。


「やっぱりって……気が付いていたの?」

「まあなんとなくな。いろはのために最近研究所で何かしているんだろうとは思っていたから」

「そう……」


 先生は怒ったかな。僕は先生に信じるってそう言ったのに、それを裏切るような行動をしてしまったこと――


 キリヤはそう思いながら、俯いた。


「信じていたよ。いつか本当のことを話してくれるってさ!」


 そう言って、暁は笑った。それからキリヤはゆっくりと顔を上げ、


「――怒らないの? 危ないことだって、わかっていたのに」


 暁の顔を見てそう言った。


「もちろん心配はしていたけど、でもキリヤならうまくやるって思っていたからな。それにキリヤは俺の自慢の生徒だから」


 まったくこの人は……僕の期待をいい意味で裏切ってくれる――


「先生、ありがとう。僕は先生の生徒でよかった」

「おう!」


 そしてキリヤたちは、研究所に到着した。


 それから研究所に着くなり、いろはは検査場に運ばれて行った。


 そしてキリヤたちは検査場の前にある椅子に腰を掛けて、いろはの検査が終わるのを待っていた。


 そんな中で、まゆおは祈るように手を組んでいた。


 それをみた暁は、


「いろはなら大丈夫さ。信じて待とう、まゆお」


 まゆおにそう言った。優しい声で。


 そしてまゆおは小さな声で「はい」と答える。


 ――数分後。いろはは検査場から出てきて、個室に運ばれた。


 それからまゆおはいろはの個室に向かい、キリヤと暁は所長室へと案内されたのだった。

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