第20話ー⑦ 動き出す物語

「でも、このタイミングだからこそ、なんだよね。所長?」


 そう言って笑うゆめかを見たキリヤは、ゆめかには所長の思惑がわかっているんだろうなとそう思ったのだった。


 そして、まだ理解しきれていないキリヤは、


「え、それはどういう……?」


 そう言って困惑の表情を浮かべる。


 それから所長は深刻な顔をすると、


「実は……君のいる施設に『ポイズン・アップル』の被害者がいる」


 そう答えた。


 それを聞いたキリヤは、暁の様子がおかしかった理由に納得した。


 先生の性格を考えれば、自分の生徒がそんな危険にさらされていることを知った途端に過剰な意識を向けることが想像できる。そしてその被害者はきっと――


「それって、いろはのことじゃないですか?」


 昨日の暁の様子から、キリヤはその結論に至ったのだった。


 剛の件以降、暁が今まで以上に生徒のことを気にかけていたことをキリヤはわかっていた。


 そして昨日の暁が異常なまでにいろはを気にかけていたことを考えれば、被害者がいろはだと断定することはキリヤにとっても簡単なことだった。


 だから先生は、まゆおにあんな質問をしたわけだ――


「……キリヤ君の言う通りだ。いろは君の胸には『ポイズン・アップル』のチップが埋め込まれている」

「身体の中に、埋め込まれて……?」


 キリヤは驚いた顔で目を見張りながら、そう呟いた。


「ああ。信じられないかもしれないけれど、事実なんだ」

「そんな――」

「それに気が付いた暁君は、昨日私のところに相談に来た。でも、彼にはやってもらわなくちゃいけないことがある。だからこの事件には巻き込みたくはない」


 心配そうな顔で所長はそう言った。


 それで所長は僕にインターンを依頼したわけか。確かに先生は生徒のこととなると、他のことに手がつかなくなりそうだもんね――


 キリヤはそう思いながら暁の顔を思い浮かべて、静かに頷いた。



「なるほど。大体状況は理解しました。つまり僕は暁先生が教師業務に集中できるよう、いろはの観察と報告をしてほしいと……」


「ああ、そうだ。それになるべく常に施設で過ごしている人間の方が、政府の人間にも怪しまれないからね」


「確かに研究所の人が施設に頻繁に訪れるのは政府の人に怪しまれるリスクがありますしね。そう考えると僕なら適任ですね」


「呑み込みが早くて助かるよ。これは危険な事件だってことは我々もわかっている。だから君の身は我々が必ず保証するよ。だから無理を承知でお願いできるかい?」



 確かにこれは非常に危険なことだ。下手をすれば、施設のみんなを巻き込みかねない。でも今の僕が先生や他のみんなにできる最善はきっと――


「わかりました。その役目、お引き受けします!!」


 キリヤは微笑みながら、そう答えた。


「助かるよ。ありがとう、キリヤくん」


 そして深々と頭を下げる所長。


「そんなに頭を下げないで下さいよ! 僕も将来はここでお世話になるかもしれないんですから」

「君がそう言ってくれると、私も嬉しいよ」


 そう言いながら、所長は頭を上げて微笑んだ。



「そういえば、さっきの特別機動隊? のことなんですが、ゆめかさんと所長以外にもメンバーっているんですか? さすがに二人でこんな危険な案件なんて請け負っていないですよね?」


「ああ。今はみんな捜査に出ていていないが、私とゆめか君のほかにも数人いてね。今は総勢12人と言ったところかな」



 12人か……。それでも少ないような感じはするけれど。でも政府にばれないように活動するにはちょうどいい人数なのかもしれないな――


「君が加わってくれれば、13人だね。正直、もう少し人手がほしいところなんだよ。だから君がインターンを経て、ここが気に入ってくれたのならぜひ入隊してくれると嬉しいかな」


 所長は目を輝かせながら、キリヤにそう言った。


「わ、わかりました。今回のインターンでしっかりと考えて、これからどうするのか答えを出そうと思います!」

「ああ。よろしく頼むよ」


 そしてキリヤはその後、所長から『ポイズン・アップル』についての説明を受けた。


『ポイズン・アップル』のチップは今のところ、明確な取り除く方法は見つかっていないこと。所長たちの憶測では胸のチップを一撃で破壊できれば、取り除ける可能性があるのではということ。


 でも一撃で破壊なんて簡単にできるものなんだろうか。言葉にすることは簡単でも、実際にやろうと思うとそれなりの技術と経験が必要なうえ、受ける側のリスクとかいろんな不安がある――


 そんなことを思いながら、表情が暗くなるキリヤ。


 しかし、それを何とかしなければ、いろははこのままずっと暴走のリスクを背負ったままだということもキリヤは理解していた。


 それに、もしかしたらもういろはに、暴走の兆しが出ている可能性だって――


 そしてその後もキリヤは、所長たちから『ポイズン・アップル』の説明を受けたのだった。


「――たくさん話してしまってすまなかったね。また何かわからないことがあれば、いつでも受け付けるよ」


 所長は申し訳なさそうな顔でそう言った。


「いえ。貴重なお時間いただき、ありがとうございます。今回のことは僕なりにじっくり考えてみます」

「よろしく頼むよ。……ってもうこんな時間か!」


 その所長の言葉を聞き、キリヤは部屋にある壁掛け時計に目を向けると、かなりの時間が経過していたことを知ったのだった。


「そんなに話し込んでいたなんて……」

「はは。じゃあ、今日はもう帰りなさい。暁君も心配するだろうしね」

「わかりました」


 そしてキリヤは所長たちと共に『グリム』の隠し部屋を出た。


 待っている送迎車に向かいながら、キリヤは今後のことを考えていた。


 先生やいろはのこと。そして『ポイズン・アップル』の事件のこと。僕がやるべきことは山積みだ。それでもいろはも先生も施設のみんなも僕が助ける。それが今の僕のやるべきことだから――


 そしてキリヤは施設へ戻っていった。




 キリヤが施設に戻るころには、空が茜色に染まっていた。


 車を降りたキリヤはエントランスゲートをくぐり、まっすぐ建物内へと向かった。


「まだ夕食には早いし、少し部屋で休もうかな……」


 所長からなかなか難しい話を聞き、キリヤの頭は疲労困憊だった。


「少し休んだら、また考えよう。ちゃんと考えて行動しなければ、所長たちだけじゃなく、先生やクラスメイトにだって被害が出るかもしれない……」


 それからキリヤは、自室へと向かったのだった。

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