第20話ー⑧ 動き出す物語
――施設内、廊下にて。
キリヤは自室に向かう途中でまゆおがしゃがみこんでいる姿を発見した。
その様子がおかしいと思ったキリヤは、しゃがみこんでいるまゆおの元へと歩み寄る。
「ねえ、どうしたのまゆお?」
キリヤはしゃがんでいるまゆおの背中にそう言った。すると、
「実は、いろはちゃんがね――」
そう言って、困った顔をするまゆお。それからキリヤはまゆおの正面を見ると、そこには胸を押さえ苦しそうにしているいろはの姿があった。
「い、いろは!? 大丈夫?? いろはに、何かあったの!?」
焦った表情でまゆおに問うキリヤ。
「さっきまで普通に話しながら歩いていたんだ。でも、そしたら急にいろはちゃんが胸を押さえてしゃがみこんだんだ」
まゆおは心配した顔でそう言った。
もしかして暴走か――?
そんな不安を抱くキリヤ。
「僕も心配だったから、ちょっと横になったほうがいいって言っても、いろはちゃんが『アタシは大丈夫』って言ってここから動かなくて……それで、ここでちょっと休んでいたんだ」
「そう、なんだ」
そう言ってキリヤはいろはの方に視線を向けた。
意識はあるみたいだ。よかった。まだ手遅れじゃなくて――
キリヤはそう思い、ほっと胸を撫でおろす。それからキリヤはいろはと視線が合うようにしゃがむと、
「いろは、無理はダメだよ。まゆおも困っているし、何かあったらみんなが悲しむ。だからちょっとでいいから、横になろう?」
諭すようにそう言った。しかし、
「も、もう。ほんとに、大丈夫だって……ここでちょっと休んだら、よく……なるから」
そう言って、無理やりに笑ういろは。
このまま暴走なんてことはないよね――? キリヤは、そんな不安が頭をよぎった。
いろはの心配をかけたくない気持ちもわかるけど、でも――
そう思いながら、困った表情でいろはを見つめるキリヤ。すると、
「いろはちゃん、ごめん!」
そう言って、まゆおはいろはを抱き上げて歩き出した。
「まゆお!? ちょっと!!」
そう言って驚いた顔をするいろは。
僕が決断を迷っているうちに、まゆおは決めてくれたんだね。ありがたいよ――
それからキリヤはそんなまゆおについて歩く。
「ありがとう、まゆお。このまま医務室に運ぼう」
「ねえ、これは、ちょっとはずいから! 下ろしてよ、まゆお!」
腕の中でそんなことを言ういろはの声も聞かず、まゆおはそのままキリヤと共に医務室へ向かったのだった。
――医務室にて。
「とりあえず、手前のベッドに寝かせよう」
キリヤは医務室の扉を開けて、後ろにいるまゆおたちにそう言った。
いろはを抱いたまま医務室に入ったまゆおは、そのままいろはをベッドまで運び、寝かせた。
「もう、こんなことしなくても大丈夫だって……」
いろははそう言って頬を膨らませながら、まゆおを睨む。
「いろはちゃんに何かあったら、僕は気が気じゃないんだよ。だから……」
それを聞いたいろはは頬を赤らめ、隠れるように布団をかぶる。
「はずいこと言わないでよ……」
そして素直に安静にするいろはを見て、ほっとするまゆお。
意地を張るいろはにはどうなることかと思ったけど、まゆおのおかげで何とかここまで運べたな。あとは、これでいろはが回復してくれれば――
「本当によかったよ。ありがとう、いろは。それにまゆおも」
キリヤはほっとして、いろはの隠された真実を知らないまゆおとそのいろは本人に向かって、無意識にそう言っていた。
「ねえ。なんで、キリヤ君が『ありがとう』なの?」
キリヤの言葉に疑問を抱いたまゆおは、首をかしげてそう問いかけた。
しまった。気が抜けて、つい本音が――
それからキリヤは、所長から言われていたことを思い出す。今回の事件ことは他言無用――そう言われていたことを。
ごめんまゆお。その問いに、僕は本当のことを答えることはできないんだ――
自分が含みのある言い方をしてしまったことが、そう思わせてしまうきっかけになったんだ、とキリヤは反省したのち、
「なんで、かな! ははは。二人に何もなくてよかった、ありがとうってことかも?」
キリヤはごまかすようにまゆおへそう告げた。
「そっか……」
まゆおは少々不満そうな顔をしてそう言った。そしてとりあえず納得したのか、まゆおはそれ以上、キリヤにその件のことを問うことはなかった。
ごめんね、まゆお。でも危険な事件に君を巻き込みたくはないんだよ。この事件は、僕が……僕だけでなんとかしないといけないんだから――
そんなことを思いつつ、キリヤはまゆおと共にいろはを見守ったのだった。
その後、キリヤたちはいろはの様子を観るため、医務室に残っていた。
「キリヤ君がいろはちゃんのことをこんなに気にかけるのって、珍しいよね?」
医務室に残るキリヤにまゆおが唐突にそんなことを言った。
まゆお。もしかして、僕に何か誤解をしているんじゃ――?
そう思ったキリヤは、
「クラスメイトを心配するのは普通じゃない? 僕はまゆおが同じ状況でも同じように心配するよ! だって、みんな大切な家族みたいなものだから」
そう言って笑う。
すると、まゆおは驚いた顔をしてから、
「――ありがとう」
そう言って微笑んだ。
ああ良かった。変な誤解をされなくて。それに、僕の気持ちをちゃんと伝えられて――
キリヤはそう思いながら、微笑むまゆおの顔を見つめたのだった。
「へえ、なんだかいい雰囲気じゃん?」
そんなキリヤたちの会話を聞いたいろはは、そう言って布団からひょっこりと顔を出した。
「いろはちゃん、大丈夫!?」
「いろは、大丈夫?」
いろははキリヤたちの問いに、
「もう、何なの? 2人して! ちょっと心配しすぎだって!! でも……2人ともあんがとね!」
そう言って満面の笑みを見せる。そんないろはを見たキリヤは安堵の表情を浮かべ、
「これからはあんまり無理しないようにね。僕もまゆおも心配しちゃうからさ」
いろはの顔を見てそう言った。
「うん、今度は気をつけるよ! ありがとう、キリヤ君!!」
そう言ってニッと笑ういろは。
「でも、いろはちゃんが元気になってくれてよかった。本当に心配したんだから」
そう言ってほっと胸を撫でおろすまゆお。
そんなまゆおを見たいろはは、嬉しそうに笑う。
「まゆおもありがとう。そんなに心配してくれて、嬉しいよ」
「そんなの当たり前だよ」
まゆおもそう言ってニコッと微笑んだ。
キリヤは見つめあうまゆおたちを見て、少しだけ疎外感を感じていた。僕はここにいてもいいのだろうか、と。
いやいやいや。今はそんなことを思っている場合じゃないって――!
それからキリヤは首を横に振ってから、真剣な顔でいろはの目を見る。
「ねえ、いろは。胸の痛みは結構頻繁に起こるものなの? 僕は今まであんないろはの姿を見たことがなかったから、ちょっと心配かな」
そんなキリヤの真剣な気持ちを汲み取ったのか、いろはは少し考えてから頷く。そして、
「――実は最近、よく発作が起こるんだ。今まではこんな頻度で痛むことはなかったんだけどさ」
キリヤの顔をまっすぐに見て、いろははそう言った。
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