第18話ー② 転入生現る
暁たちは施設に到着すると、授業の準備のため、まっすぐに職員室へと向かった。
朝一で研究所に向かったこともあり、いつもより早めに帰宅することができたのだった。
そして暁は午前には戻って来られると思っていなかった為、この日の授業の準備ができていなかった。
「早く準備を済ませて、教室に行かないと」
そうは言っても、俺は生徒たちに何か勉強を教えることはないんだけどな。出席簿を持っていくだけで終了だ――
そんなことを思いながら歩く暁の後ろを、少女は静かに歩いていた。
「まだ、完全に心が戻ったわけじゃないんだったな」
暁は無表情でいるその少女を見て、そう呟いた。
俺もきっと、心が完全に戻るまでの間は同じような顔をしていたんだろうな――
ふと少女を見て、自分の過去と重ねる暁。
この子も俺みたいに感情を取り戻した時、俺はようやく本当のこの子に出会えるのだろうな。
この子がどんな性格なんだろうかって考えると少し楽しみかもしれない――
そんなことを思いながら、暁は少女に優しく微笑む。しかし、相変わらず少女は無表情のままで、暁を見つめ返した。
それから暁は、職員室で授業に必要なものを用意して、少女と共に生徒たちのいる教室へ向かったのだった。
暁と白髪の少女は教室の扉の前にいた。
「今から行くところは、これから君の仲間になる子供たちがいるところだ。みんないい奴らだから、きっと君とも仲良くなれると思う。よろしくな」
暁が少女にそう告げると、少女は静かに頷いた。
そして暁は教室の扉をあける。
暁が教室を見渡すと、そこでは生徒たちがそれぞれのタブレットに向かって、学習ノルマをこなしていた。
それから暁の姿が見つけた生徒たちは、手を止めて暁の方を向く。
「あ! センセーおかえり!!」
いろはは手を振りながら暁にそう言った。
「ああ、ただいま。俺のことは気にせず、みんなは勉強に集中していてくれ」
暁がそう告げると、生徒たちは再びタブレットに目を向けた。
「さあ入って」
暁は後ろにいた少女にそう言った。
すると少女は、無言のまま静かに教室の中へ入っていった。
それから暁は空いている席から椅子だけを持ってくると、その椅子を自分の机の隣に置いた。
「ここで見ていてくれればいいから」
暁がそう言うと、少女はこくんと頷いてからその椅子に座った。
それから暁は勉強に集中する生徒と、その様子を見つめる少女を交互に見ていた。
その少女は、タブレットに目を向けて勉強する生徒たちを何も発することもなく、静かに見つめていた。
もしかして何かを感じているのだろうか? まさか、な――
そして午前の授業が終わると、数人の生徒が暁のもとに集まった。
「センセー。その子、何? 隠し子!?」
いろはが興味津々に問いかける。
「隠し子なわけあるか! 結婚だってしてないのにっ!!」
「そっか、あははは!」
「では、その子は一体……?」
結衣が少女の全身をまじまじと見ながらそう言った。
「そのことは、昼飯の時にみんなに説明するよ。さあ、食堂へ行こうか」
暁は生徒たちにそう告げて、食堂に向かった。
――食堂にて。
各々が食べ物を用意し終えたのを確認したあと、暁は説明を始める。
「この子は今日からこのクラスの仲間に加わることになった。名前は……実は記憶喪失でわからない。だから、みんなにこの子の名前を考えてほしいと思っている」
「え、記憶喪失なんですか……?」
そう言ってまゆおは心配そうな顔で少女を見つめる。
まあ、そんな顔もしたくなるよな――
「まあ、ちょっといろいろと訳ありでな。研究所からの依頼でこの施設で預かることになったんだ」
「そっか。まあ、訳ありなら仕方ないね。この子のことを歓迎しようよ!」
キリヤは笑顔でそう言うと、他の生徒たちは納得したようだった。
そしてキリヤは手柄顔をしながら暁を見つめると、「あとで説明してくれるよね?」と声を出さずに口を動かした。
その問いに暁は少しだけ考え、キリヤには話しておいてもいいかもしれないと思い、頷いてキリヤに返答する。
俺の他に知っている生徒がいたほうが、後々都合がいいこともあるだろう。それにいざという時、キリヤは頼りになるからな――
その後、暁は生徒たちと共に少女の名前を考えることになった。
ちなみに俺のおすすめは『花子』だ。……少し、古臭いかな――?
「白髪碧眼の美少女……外国の名前しか思い浮かびませんな。リリーとか、マリーとかかわいい感じが似合いそうかと!」
結衣は、完全に趣味の方面で名前を考えていそうだな――
暁はやれやれと言った顔で結衣を見つめる。
「とりあえず仮の名前だし、『花子』とかそういったありがちの名前の方が――」
「花子!? そんなだっさい名前かわいそうじゃん!」
「そ、そうだよね……」
そう言ってまゆおはしゅんとして俯く。
まゆお、その気持ちはよくわかる。俺も同じ名前を考えたからな――!
そんなことを思いながら、暁は「うんうん」と頷いた。
「お肌は真っ白で白い髪がキラキラしていて、雪みたいだよね」
「確かに。銀世界を想像させる雰囲気がある」
マリアとキリヤの言う通り、少女の見た目は雪という言葉が似合う雰囲気があるな――
そう思いながら、暁は少女を見つめる。
「雪……雪……白雪姫、とか。そうだ! 『シロ』ちゃんっていうのはどう? 白雪姫の『シロ』ちゃん!! サイコーにキュートでイケてない?」
いろはは目を輝かせながら、そう言った。
「うん、良い。『シロ』、素敵な名前!」
マリアは嬉しそうにそう言った。
『シロ』、か。確かに良い名前だな。やっぱりこういうのは女子がつけてくれる名前の方が、可愛くて良い――
「それじゃあ、他に意見がないようなら『シロ』で決まりにするけど――いいか?」
暁がそう問うと、全員が頷く。
そして暁は少女の目を見ながら、
「今日から君は『シロ』だ。よろしくな、シロ」
暁がそう告げると、シロは静かにうなずいた。
「じゃあ、シロのお世話係は……」
そう言って暁が生徒たちの方を見ると、いろはがものすごい勢いで目を輝かせて暁を見つめていた。
いろは、やりたそうだな……いや、でもここは――
そしてシロのお世話係は、世話焼き上手のマリアが担当することになった。
自分が名付けたのに――といろはは少々むくれていたが、なんとか暁が説得することでいろはは納得したようだった。
「まあ先生の言う通り、マリアの方がお姉さんだからしょうがないか!」
「そうそう。いろはが納得してくれてよかったよ! ははは!」
「あはは!」
もしいろはと共に行動すれば、シロはいろはの色に染まり、ギャルになりたいと言い出すかもしれない。そんなことになったら、俺は所長に何を言われるか――
そう思ったなんて、いろはには言えない暁だった。
それから昼食と話し合いを終えた暁たちは、午後の授業のために教室に向かった。
午後の授業中、シロはさっきと同じ椅子に座って過ごしていた。
シロは記憶が戻っていないこともあり、しばらくは学習ノルマを与えず、授業の見学のみとすることになっていた。
ボーっと教室を眺めているだけみたいだけど、大丈夫か? つまらないとか感じて……はいないとは思うけれど――
そんなことを思いながら暁はシロを見つめた。
それからそんなシロを見つめながら、キリヤたちが言った通り、雪を連想するようなきれいな髪と肌だな――と暁はふとそう思う。
でもこの風貌、誰かに似ているような? まあ、気のせいか――
そして暁は、いつものように生徒たちを見守っていた。
――数分後。シロを思ってか、マリアはいつもよりノルマを早めに終える。
それからマリアはシロの前にきて、
「シロ、施設の中を案内してあげる。いこう」
シロにそう告げた。
そしてシロはマリアの言葉に無言で頷く。
「先生、いい?」
「ああ、よろしくな」
暁がそう言って笑いかけると、マリアは嬉しそうに頷いてシロと教室を出て行った。
やっぱりマリアを世話係にして正解だったな――と教室を出て行くマリアたちを見て、暁は思っていたのだった。
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