第18話ー③ 転入生現る

 授業後。暁は職員室でキリヤとシロについて話すことになっていた。


「――それで。シロのことを教えてくれるんだよね?」


 職員室に来て、開口一番にキリヤが暁へそう言った。


「ああ。そのためにキリヤを呼んだからな。だけど――」


 暁はそう言いながらキリヤを見遣る。そしてその後ろで微笑みながら立つ優香を見て苦笑いをした。


「教室を出た時に、どうせ先生からシロちゃんのことを聞くんでしょって言われて……」


 キリヤは申し訳なさそうな顔をしてそう言った。


 なるほど、そう言う事があったのか。そういう時に拒まないところは、キリヤらしいと言えばらしいか――


「まあ、一人くらい増えても俺は構わないけどな!」

「ありがとう、先生!」


 そして暁はキリヤと優香に、シロのことを話し始めた。


「――それでシロは急に研究所に現れたんだそうだ。そして現れた時には、もう心が壊れていたらしい」


 それを聞いたキリヤは、


「ちょっと待って。シロは現れた時にはもう暴走していたってこと?」


 目を見張りながら暁にそう問いかける。


「まあ、暴走したかどうかはわからないが――そういう傾向があったのは確かだそうだ。そしてシロは自分の力で心を修復していった」

「修復したと言っても、まだ感情が完全に戻っているわけではなさそうですね」


 優香は頬に手を当てて、考えるしぐさをしながら暁にそう告げた。


「そうだ。だから感情を完全に取り戻すために、ここでしばらく見てほしいってことになったんだ」

「こんなことを言っては失礼かもしれませんが――」


 そう言って優香は眉をひそめると、


「先生にそれができると研究所の人たちは判断されたということでしょうけど、本当にそんなことができるのですか?」


 暁の目をまっすぐに見てそう告げた。


 優香の瞳に気おされた暁は、


「そ、それは」


 そう言って優香から目をそらすように俯いた。


 俺だって、そんなことを言われなくてもわかっている。俺、なんかに――


「ちょっと! 優香、それは失礼だよ!」


 キリヤのその声に、暁ははっとして顔を上げた。


「それはわかっています」


 そして不服そうな顔をした優香は、キリヤの顔を見てそう言った。


「じゃあ――」

「感情も記憶も、彼女にとってはとても大切なものです。だからこれは彼女の人生に関わるとても重大なことですよね? それを自分だけで何とかできると先生は安直には判断されていませんか?」


 そう安直には考えていないが、優香の言う通りだよ。俺に、そんなことができるなんてこと――


 暁はそう思いながら、再び俯く。


「何、言ってるの? 先生ならできるよっ! やる前から何もかも否定するのは、間違っているって僕は思うっ!!」


 キリヤはいつもより少し強い口調で優香にそう言った。


 キリヤの言葉を聞いた暁は顔を上げ、ゆっくりとキリヤの方を見た。


 キリヤは、こんな俺を信じてくれるんだな――


「それに、僕は先生に救われた過去があるんだよ! だったら、可能性はゼロじゃないって思わない?」


 キリヤは笑いながら、そう優香に告げた。


 すると優香はため息を吐き、


「――そう。キリヤ君がそこまで言うなら、きっとそうなんでしょうね。先生、失礼な言動をして、すみませんでした」


 そう言って暁に頭を下げた。


「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ。それとありがとな、キリヤ」


 暁がそう言ってキリヤに微笑むと、


「いいよ。でもとりあえず目先の目標は、シロの感情を取り戻すことだね。そして最終的に記憶の取り戻すことが研究所から依頼されたことでいい?」


 キリヤは笑顔でそう答えた。



「ああ、そうだ。でも何か特別なことはしなくてもいい。お前たちはお前たちらしくここで生活していたら、それでいいそうだ。何気ない日常の中に取り戻すヒントがあるかもしれないと、所長も言っていたから」


「うん。わかった」 



 そしてキリヤと優香は職員室を出て行った。


「俺に救われた、か……でも今の俺に、一体何ができるんだろうな」


 暁は一人になった職員室でそんなことを呟いた。


 今できることを精いっぱいやっているだけで、本当にいいのだろうか――


 そう思いながら、少し憂鬱になる暁。


「はあ。報告書でもまとめるか……」


 そして暁はため息をついた後、机に向かって報告書の作成を始めたのだった。

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