第18話ー① 転入生現る
所長から急に呼び出された暁は、一人で研究所に来ていた。
「一体どうしたんだろう。……もしかして、剛に何かあったんじゃ!」
暁はそんな不安を抱きながら、所長室に向かって白い廊下を歩いていた。
それから所長室前に着いた暁は、軽く深呼吸をして、その部屋の扉をノックした。
すると所長が中から「どうぞ」と静かな声で答える。
「し、失礼します」
そう言って扉を開けた暁は、顔を強張らせながら部屋の中に入る。
暁は部屋に入ってから所長の方に顔を向けると、そこには所長と以前研究所の廊下で出会った白い髪の少女がいた。
あの子は、確か――
そう思いながら、暁はその少女を見つめる。
「やあ、待っていたよ」
所長はいつもの調子で暁にそう言った。
所長のその声を聞いた暁ははっとして、
今は何が起こったのか、それを追求することの方が先だ――!
そう思い、まっすぐに所長の前まで歩み寄る。
「それで今日は何の用事なんですか? やっぱり剛に何かあったんですか!?」
暁はまくしたてる様に所長へそう言った。
そんな暁を前にした所長は、両手を前に突きだして、「まあ待て」と暁を静止する。
「剛君は安定している。だから大丈夫だ」
「そう、でしたか」
よかった――そう思いながらほっと胸を撫でおろす暁。
「それでね。今日は剛君のことではなく、ここにこの子の件で君を呼んだのさ」
そう言って所長は、隣に立つ白い髪の少女に目を向けた。
ああ、そうだ。そう言えば、なぜこの子がここに――?
冷静さを欠いており、少女の存在を忘れていた暁は、自身がだいぶ取り乱していたことに気が付いた。
こういう時に周りが見えなくなる性格は何とかしないとな。それにしても、恥ずかしい――
「はあ」
そんなため息を吐く暁を見て、所長はニヤニヤと笑っていた。
「……それで? この子のこと、というのは」
暁は咳払いをしてから、所長に本題のことを尋ねる。
「ああ、そうだったね。実は彼女の心が安定し始めたから、そろそろ君の施設に移そうかと思っていてね」
「そういえば以前――そんなお話をしましたね」
暁は少女と初めて会った時のことを思い出しながら、所長にそう答えた。
「ああ。ただ暴走の反動か、記憶が欠落しているようでね」
「記憶喪失ですか……」
今まで何も答えられなかったのは、記憶がなかったからだったんだな――
「そうだ。まあここへ来る前の記憶はないが、少しずつ会話もできるようになった。だから問題はないだろう」
問題ないって……。所長はこの子にもし何かあったら、どうするつもりなんだ――
そう思いながら眉をひそめる暁。
「それに、君と過ごすうちに何か思い出すかと思ってね」
そう言って所長は笑った。
「え……?」
所長が俺に何かを期待してそう言ってくれるのは、すごく嬉しい。でも、今の俺にはその期待に応えるほどの自信なんて――
「俺に、そんなことができるでしょうか……」
「前にも言っただろう? 君は君らしくいてくれればそれでいいんだよ」
所長はそう言って微笑んだ。
「俺らしく、ですか。……みんなそう言ってくれますけど、俺らしいってなんなんですか?」
暁がそう問うと、所長は顎に手を当て、天井を見つめる。
「――そうだな。根拠はないが、君を見ていると希望を感じるんだ。明るい未来を信じさせてくれるようなそんな希望だ。言葉にするのは難しいけれど、でも君にはそういう力があると私は思っているよ」
所長は暁の方を見て、ニコッと笑う。
「そう、ですか……」
そう言いながら視線を下に向ける暁。
俺に、そんな力なんてあるのだろうか――
そんな思いが暁の頭をよぎった。そして同時に今も眠り続ける剛のことを思い出す。
剛が暴走するきっかけを作ったのは紛れもなく自分だと暁はそう思っていた。
いつ目覚めるかわからない眠りについている剛。……俺は剛の未来を奪ったんだ――
奏多の言った「生徒たちの未来をつくる」という言葉を否定するつもりはない暁だったが、今も眠ったままの剛のことを思い、その言葉に自信を持てずにいた。
割切ったと思っていたんだけどな。結局、俺はまだ俺のことを信用できていないのかもしれない。そんな俺から希望なんて――
「ありがとうございます。誉め言葉として、受け取っておきます」
暁は所長になんと返せばいいのかわからず、社交辞令的にそう返した。
所長は暁の言葉を聞くと、
「ああ。じゃあこの子のことをよろしく頼むよ。荷物は今夜中に施設まで届けることにするからね!」
笑顔で暁にそう言った。
そして暁は白髪の少女を施設へ連れて帰ることになったのだった。
暁と白髪の少女は所長室を出て、研究所の外に待機していた車に乗り込み施設へと向かう。そしてその車内では、静寂が流れていた。
何か会話を……あれ、この子の名前ってなんだ? これから一緒に暮らすのに、「なあ」とか「あの」とかはさすがに嫌、だよな――
「なあ。そういえば、名前。聞いてなかったな。教えてくれるか?」
「なまえ……?」
少女はそう呟き、きょとんとした顔をしていた。
「そうだった……記憶喪失だってことを忘れていたよ」
所長も預けるのなら、名前くらい教えてくれてもいいのに――
ため息を漏らしながらそんなことを思う暁。
「ちょっと待っててくれ」
暁は少女にそう告げてから、ポケットに入っていたスマホを取り出し、所長へ電話を掛けた。
そして通話を終えた暁は、所長から聞かされた少女の呼び方に困惑する。
「――『検体SW00827』って。もっとまともな呼び名はなかったのか」
そして所長は、施設では好きな呼び方で接してもらっていいということも言っていたのだった。
困惑する暁を見ながら、少女は相変わらずきょとんとしていた。
「俺が決めてもいいけど、ダサい名前だったら嫌だよな。女の子だし……」
施設に戻ったら、みんなで考えよう――
そう思いながら頷く暁。
そして暁たちをのせた車は、施設へと向かっていったのだった。
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