第16話 自分のやるべきこと

 狂司が施設を去ってから数日が経ち、暁たちはいつもの日常に戻っていた。


「本当にいろんなことが詰まった数か月だったな」


 そう呟きながら暁は自室のベッドで寝転がりつつ、今までのことを考えていた。


 ここにきてからもいろんなことがあったけれど、ここ最近は本当にいろんなことが起こったなあ――


 これから先、きっともっといろんなことが起こる――暁はそんな予感がした。


 もしその何かがあったとき、生徒たちを守れるだろうか。また今回みたいにキリヤたちに助けられるなんてことがあったら――暁はそんな不安を抱く。


 そして狂司が言っていた『ポイズン・アップル』と言うワードも気がかりに思っていた。


「はあ」


 俺は知らないことが多すぎる。せっかく保護施設の教師になり『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の子供たちのために動けるようになったのに、俺は表面的なことしか知らないのだから――


 今、この世界で何が起こっているのだろう、とそんなことを悶々と暁は思い悩んでいた。


「ああああ! わからん!! 何もわからないまま考えていても仕方ないか。俺は俺にできることをやるだけだ!」


 それから唐突に机にあるスマホが振動し、暁は起き上がって机の方へと向かった。


「誰だろう……」


 暁がスマホを手に取り、画面を見ると、そこには『白銀ゆめか 着信』と表示されていた。


「白銀さん……? どうしたんだろう」


 暁はスマホの画面をタップし、その電話に応じた。


「はい」

『やあ、暁君。調子はどうだい?』


 ゆめかはいつもの調子でそう言った。


「まあ、いつも通りですね」


 お約束となっているこのやり取りを終え、暁は本題に入る。


「あの。それで、今日はどうしたんです?」

『ああ。今回電話したのは、先日前に君がくれた電話の件だよ』


 そうだった。連絡を入れっぱなしにしていたっけ――


「そうでした。かけたままでしたね。わざわざ折り返しの連絡ありがとうございます」

『いやいや。私の方こそ、すまなかったね! それで何の用だったんだい?』


 所長からは話を聞いていないのだろうか――と少々疑問に思いながらも、暁は要件を伝える。


「俺が事件に巻き込まれたとき、いろいろとキリヤたちに協力してくださったと聞きまして――その節はありがとうございました。キリヤたちがいなければ、俺はどうなっていたことか」


 白銀さんが所長に頼んでくれたからだとキリヤは言っていた。だから今回のことは白銀さんの協力なくして、解決には至らなかっただろう――


 また、白銀さんに助けてもらってしまったな、と暁はそう思う。


 するとゆめかは『ふふっ』と笑い、


『いいさ。私は当たり前のことをしただけ。それに君の助けになれてよかったよ』


 ほっとしたような声で暁にそう告げた。


「そう言っていただけて、よかったです」

『ん……気のせいだったらすまないけれど。なんだか、暁君がいつもより元気がないように思う』


 はっとした暁は、声色をわざと明るくして、


「そ、そうですか!? ちょっと疲れているのかな! ははは――」


 そう答えた。


 まあ電話がかかってくるちょっと前まで、悶々としていたからな――


 そう思いながら苦笑いをする暁。


『そう、か……。うーん。――いや、やっぱり君は何かに悩んでいるだろう?』

「ど、どうしてそう思うんですか!?」

『長年磨いてきたカウンセラーの勘だ!!』


 はっきりとした口調でそう言うゆめか。


 勘!? まあ、言葉のニュアンスみたいなものでなんとなく察することができるってことなのかな――?


『その悩みは私に相談できないことなのかな? 私は、君の力になりたいだけなんだよ』

「白銀さん……」


 俺のことを心配してそう言ってくれているんだろうな――


 それから暁は少し考え、ゆめかへ相談することにしたのだった。


「――それで俺が誘拐されたときに、聞いたんですよ。『ポイズン・アップル』と呼ばれるもので政府が極秘に危険な実験をしているということを」


 暁のその話を聞いたゆめかは、特に何かを言うわけでもなく『うん』と小さく返事をする。


 この反応の薄さから察するに、白銀さんもやっぱり知っているんだろうな――


 そう思いながらも暁はそのまま話を続けた。


「俺は政府のおかげでこの場所にいられるわけなんですが――もし政府から何かしらのアクションがあって、生徒たちが危険にさらされたとき、俺は自分を救ってくれた政府を敵に回すことが本当に正しいことなのかどうかを悩んでしまって」


 暁は自身が思っていたことすべてを、そのままゆめかに伝えた。


 するとゆめかは『ふっ』と笑い、そのままゆっくりと答える。


『君は君が正しいと思うことをしたらいいと私は思う。それが君にとっての正解だからね』

「わかり、ました」


 そうだな。俺は自分が正しいと思うことをすればいい。それが例え、政府を敵に回すことになっても――


 暁がそう思っていると、


『だけど、一つ間違えないでほしいのは――君はただの教師であり、危険を冒してまで行動する必要はないということ。だから自分から危険なことに関わるのは控えてほしい』


 ゆめかは声のトーンを少し落とし、暁にそう告げた。


「え……」


 暁は唐突に言われたその言葉に驚き、返す言葉が出てこなかった。


『君がやろうとしていることは、他の誰かも同じように考えていることだ。だから君は君にしかできないことをやってほしいのさ』


 ゆめかの言葉を聞き、自分が『ポイズン・アップル』に関わろうとするのを彼女は良しとしていないんだ、と悟る暁。


 しかし白銀さんが言うことにも一理ある。俺は教師であって、研究者でも政府の人間でもない――


「俺にしかできないこと、ですか……。わかりました」


 暁はそう返すことしかできなかった。


『うん。わかってくれたなら、よかったよ。じゃあ、私は仕事に戻るね』


 そこで通話は終わる。


「そうだよな、俺は教師だ。だから、俺にしかできないことをするんだ」


 俺にしかできないことをやるのなら、やるべきことを間違えないことだ。


 また剛の時みたいなことはごめんだから――


「今は白銀さんを信じよう。関わるなって言ったのは、きっと何か考えあってのことだろうから」


 そして暁は気持ちを切り替え、いつもの日常に戻っていったのだった。




 しかし、それから数か月後。俺たちは大きな事件に巻き込まれることになるなんて、誰も知る由もなかった――

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