第15話ー⑨ 大事件発生
――食堂にて。
いつもの夕食時、無事に戻ってきた暁のもとに生徒たちが集まっていた。
「センセー大丈夫だった!? 手とか足とかちゃんとついてる!?」
いろはは暁の全身をまじまじと見つめながらそう言った。
「いろはちゃん。先生も疲れているんだから――」
まゆおは、困った顔をしていろはにそう言う。
みんなも俺のことを心配してくれていたんだな――
「みんな、ありがとな。それと――心配かけて、ごめん」
「無事に帰ってきたなら、それでいい。おかえり、先生」
そう言って、微笑むマリア。
「そういえば、狂司君はどうされたのです?」
結衣が心配そうな顔で暁にそう言った。
「それがな――」
そして暁は、狂司が施設を出たことを生徒たちに伝えた。
「家族の都合なら仕方ないですね。もっと仲良くなりたかったので、残念です……」
まゆおはそう言って、寂しそうな顔をした。
「まゆお……」
寂しそうな顔をするまゆおを見て、暁は眉を顰めた。それは狂司が家族の都合で出て行ったという嘘に対する後ろめたさ様なものを感じていたからだった。
暁は、今回のことに生徒たちを巻き込まない為、事実は伏せることにしたのだった。
何も知らない生徒たちは、狂司が出て行ってしまったことを残念に思っているようだったが、事実を知るキリヤと優香は複雑な表情でそんな生徒たちを見つめていた。
キリヤたちには本当に申し訳ないと思っている。でもこのことは、施設に帰る途中に、3人で決めたことだから――
***
「狂司は、反政府組織の人間らしい」
暁がそう告げると、キリヤたちは目を丸くしていた。
「じゃあ今回の誘拐は、政府を揺するためだったってこと?」
「ああ、俺を人質にして、そうするつもりだったみたいだよ」
「そんな……」
そう言って困惑の表情をするキリヤ。
その隣では、優香が落ち着いた表情をして何かを考えているようだった。
優香は、何か思い当たる節がありそうだな――
暁はそう思いながら、優香を黙って見つめる。
それから優香は自分の中で答えが出たのか、小さく頷く。そして、
「彼って少し普通の子とは違う感じがありましたよね。私はレクリエーションの時に思いましたが、なんだか戦い慣れしているように感じました」
優香は真剣な顔をして暁たちにそう言った。
「え!? 優香は狂司のことを気が付いていたんだ」
驚いた表情のキリヤ。
「まあ、なんとなくですけど。それと烏丸君は大人の方と話すことも慣れているような、そんな印象もありましたしね」
そう言って口元に指を添える優香。
優香がそこまで狂司のことを把握していたなんて正直驚いたな――
そう思いながら、暁は俯いた。
自分が狂司の真意に気が付いていたのなら、この事件は防げたかもしれない。狂司を救えたかもしれない――と暁はそんなことを悶々と考え込む。
「先生、大丈夫?? 狂司たちに何かされた!?」
考え込む暁を、キリヤは不安そうな顔で覗き込んだ。
「あ、大丈夫! ありがとうな、キリヤ。いや、優香はやっぱり優秀だなって思ってさ!」
キリヤの言葉にはっとした暁は、そう言いながら優香の方を見て笑う。
「ありがとうございます、先生。――それにしても、烏丸君がまさかスパイだったなんて」
優香はそう言って深刻そうな顔をした。
生徒だと思っていた狂司がスパイ、か――
「そうだな」
暁はそう言って、小さく頷く。
少し大人っぽい印象があったが、年上相手に対等どころかそれ以上に大人びた話し方をしていた狂司。常に大人たちと関わっていなければ、そうはならないだろう――と暁は、そう考えていた。
それから暁は肩を落とし、それを見抜けなかった自分に嫌悪した。
狂司がただの生徒ではないことに気が付くきっかけはたくさんあったはずなのに。俺は本当に不甲斐ないな――
「まあでもさ、今回のことがあってわかったこともあるわけでしょ? だったら、狂司が施設に来てくれたことに意味はあったわけだよね!」
キリヤは歩きながら笑顔でそう言った。
その言葉は、暁にとって救いの言葉になった。自分の不甲斐なさを許してもらえたような、そんな気持ちになったからだった。
問題は山積みなんだから、いつまでもくよくよなんてしていられないな――!
「ああ、そうだな。確かにキリヤの言う通りだ!」
暁はそう言って頷きながら、微笑んだ。
「それで先生? 施設に皆さんには、どうご説明をするおつもりですか? まさか烏丸君がスパイだったんだ! なんてストレートの言うわけじゃないですよね?」
真剣な顔で暁にそう問う優香。
すると暁は足を止め、前を歩くキリヤたちの方を見る。
そしてキリヤと優香もその場で立ち止まり、首を傾げながら暁の方を見た。
「そのことなら、もう考えてあるんだ」
「その考え、とは?」
優香は暁の顔をまっすぐに見てそう言った。
「ああ。今はまだ事実を伏せておいて、いつか話す時が来たら、みんなにも話そうと思っている……これでどう、かな?」
暁の問いに、キリヤと優香は顔を見合わせると、
「賛成」
と声を合わせて答えたのだった。
「2人には、隠さなくちゃいけない秘密を作ってしまって、本当にすまん」
暁がそう言って頭下げると、
「先生は悪くない。だから顔を上げてよ」
キリヤはそう言って微笑んだ。
「ありがとう」
「それでは、今回のことはこれで解決ですね! じゃあこんなところで立ち止まっていないで、施設へ戻りましょう、暁先生?」
「ああ!」
それから暁たちは施設に向かって再び歩き始めたのだった。
***
――食堂にて。
今はまだ真実を話す時ではない。もしかしたら、そんな時は永久に来ないかもしれない。それならそれでいいんだ――
暁は食堂にいる他の生徒たちの笑う姿を見ながら、そう思っていた。
「狂司のことは、もうこれで」
ポツリと呟く暁。
「狂司君がどうかしたんです?」
まゆおは暁にそう問いかける。
「いいや。何でもないよ」
「そう、ですか?」
首を傾げるまゆお。
「ああ、そうだよ」
そう言って微笑む暁。
俺は、今回のことを生徒たちには伝えない、そう誓ったんだからさ――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます