第15話ー② 大事件発生

 キリヤは狂司の部屋の前に着き、息を吐いてからその扉を開ける。


「誰も、いない」


 その部屋はきれいに整頓されており、剛の時のような暴走した形跡などは見られなかった。


「ここじゃ、ないのか?」


 次は職員室に行ってみよう。何かわかるかもしれないから――


 それからキリヤは暁の姿を確認するために職員室へと向かった。




 ――職員室にて。


 キリヤが職員室の中を覗くと、そこには誰の姿もなかった。


「ここも違う。じゃあ、あそこかな……」


 そしてキリヤはそのまま暁の自室に向かった。


 キリヤは勢いよく扉を開け、部屋を一望する。


 しかし、自室にも暁の姿はなかった。


 それからベッドの布団が乱れていないことを確認したキリヤは、昨晩暁がベッドを使用していないことを悟る。


「布団はきれいなまま……。ってことは、先生は職員室から自室に戻ってないってことだよね」


 暁の自室を出たキリヤは、職員室の中にも何か手掛かりがないかと探索をした。


 そしてキリヤは、暁がいつも使っている席で開きっぱなしのノートパソコンに気が付いた。


 不審に思ったキリヤが、そのパソコンのマウスをいじると、そこには書きかけの報告書が表示された。


「書きかけになってる……もしかして先生は、報告書をまとめているときに何かに巻き込まれたってこと?」


 先生は、どこへ行ってしまったんだろう――


 キリヤがそう考え込んでいると、教室にいたはずの生徒たちが何かを察して職員室に来ていた。


「キリヤ! 何があったの?」


 マリアは心配そうな顔でキリヤに問う。


 何があったのか、か……今の状況だけじゃ、証拠は不十分だ――


「正直、僕にもわからない……でも、昨夜のうちにこの施設で何かが起こったんだと思う」


 キリヤがそう言うと、いろはは顎に指をつけて、


「そういえば昨日って、机に顔を伏せて眠っていたんだよね。それにいつ寝たのか記憶がないんだよ……」


 首を傾げながらそう言った。


 それを聞いた結衣もはっとした顔をして、


「それなら、私もですぞ! 私もお気に入りのアニメを観ていたはずなのに、いつの間にか眠っていて、気が付いたら朝でしたな。あのアニメを観て眠くなったことなんてないのに――」


 面目ないと言った顔でそう言った。


 いろはと結衣も僕と同じような現象があったんだ――


「集団催眠、とか……」


 マリアがぽつりとそう言った。


「え?」

「昔観た映画で、そう言う話があったなって思って」


 マリアがそう言うと、優香は顎に手を添えて、


「桑島さんの言う通り、私達全員、催眠術にかけられたという可能性がありそうですね」


 キリヤの方を見てそう呟いた。


「そんなことって――」

「実は、私も昨夜は部屋の掃除をしていたんですが、いつの間にか眠っていたんですよ」


 優香は眉間に皺を寄せてそう言った。


「そう、なんだ」


 どうやら、ここにいる全員が同じことになっているみたいだね――


「ああ、そうか!」


 もしそれが誰かの能力だったとしたら、無効化能力の先生だけは効かない。だから僕たちが眠っているうちに、その能力者と先生の間で何かが起こったんだ――


「どうしますか、キリヤ君」


 優香はまっすぐにキリヤの顔を見てそう言った。


 たぶん、優香も同じ結論に至ったってことだよね――


 それからキリヤは腕を組みながら優香の問いに対する答えを考える――自分たちはどうするべきか。そして、どう動くべきかを。


 誰か目撃者がいれば、もっとことはスムーズに進むはずなんだけれど――


 そしてキリヤは「うーん」と唸りながら、考え込んだ。そしてふと暁の自室にある(キリヤが勝手に持ち込んでいる)観葉植物の存在を思い出す。


「植物たちなら、何かを聞いていたかもしれない」


 そう呟き、そのまま暁の自室へと向かうキリヤ。


 そしてキリヤは自室の扉近くにある植物に触れ、


「昨日の夜、何があったの?」


 目を閉じてそう問いかけた。すると、


『――先生を奪いに来た』


 キリヤの耳に植物が昨夜聞いたとみられる声が響く。


「先生を、奪う?」


 キリヤは目を見張りながらそう呟いた。


 しかも、今の声は――


「何かわかったのですか」


 呆然とするキリヤの顔を見た優香が、心配そうにキリヤの顔を覗き込んだ。


 さっきの声……もしかしたら、何かの聞き間違いってこともある。だから、 まだ断定はできないな――


「先生は、何者かに誘拐されたみたい」


 キリヤは深刻な表情をして、優香にそう答えた。誰が、ということは伏せたままで。


「え!? 誘拐?」

「そう……」


 先生、大丈夫かな……どこにいるのかさえ分かれば、なんとかなるかもしれないのに――


 そう思いながら、キリヤは状況の打開策を考える。そして、あることを思い出した。


 そういえば、奏多が前に――


「もしかしたら、先生の居場所がわかるかもしれない!」


 そう言ってからキリヤは職員室を飛びだし、自室に向かったのだった。




 ――キリヤの自室にて。


 自室に戻ったキリヤは、スマホでとある相手に連絡を取る。


「もしかしてまだ授業中かな……」

『――はい。どうしました、キリヤ?』


 奏多はそう言ってキリヤの電話に応じた。


 よかった――とほっと胸を撫でおろすキリヤ。


「ごめん、奏多。今、大丈夫?」

『ええ、レッスンの帰りでしたけど。何かありました?』

「よかった……実は――」


 それからキリヤは奏多に事情を説明した。


『何ですって! キリヤがついていながら、そんなことになるなんて!!』


 電話の向こうで奏多は激昂していた。


 本当に、返す言葉もありません――


 そう思いながら、面目ないと言った顔でキリヤは俯く。


 今は落ち込んでいる場合じゃないよ! 先生の居場所を突き止めないと――!


「ごめん、奏多。お叱りはあとからいくらでも受けるから、先生が今どこにいるのかを教えてほしい」


 キリヤが真剣な口調でそう言うと、


『わかりました! 今すぐに調べますね』


 奏多は快諾した。続けて、


『それと――キリヤはあとから覚悟していてくださいね?』


 そう言って奏多は電話を切ったのだった。


「僕、奏多に何をさせられるんだろう」


 背筋が凍る思いでそう呟くキリヤ。


 いや、今は自分の心配より、先生のことだよ――!


「奏多、任せ――」


 振動するキリヤのスマホ。そこには奏多からのメールが入っていた。


『先生の居場所をデータで送ります』


 さすが奏多。これだけ対処が早いのは、きっと先生絡みの案件だからなんだろうな。これが愛の力か――


 感心しながら、キリヤは奏多からのメールを開く。


 そしてそのメールには、暁がいると思われる場所を示した地図の画像が添付されていた。


「神宮寺家、すごい……」


 キリヤは『ありがとう』と奏多にお礼のメールをしてから、画像を見つめながら考える。


 研究所の大人に助けを求めるべきかな――でも、大規模に動けば先生の命が危険にさらされるかもしれない――


 そしてキリヤは、この事件に能力者が絡んでいることを思い出す。


 もしも優香たちが言うように催眠術を使う能力者が相手側にいて、その能力を使ってこの場所に乗り込んで来たりしたら――


 キリヤが一人で悩んでいると、そこへ優香がやってきた。


「ねえキリヤ君、どうするつもりなの?」

「優香……みんなは?」

「とりあえず教室にいてもらっている。それで? 先生の居場所はわかったの?」

「――うん」


 そう言ってキリヤは奏多から送られてきたデータを優香に見せる。


「そんなに遠くはなさそうだね。行こうと思えば行けない距離ではないけど、でも私たちはここから出られない――どうするの?」

「そう、だよね」


 そう言って俯くキリヤ。


 せっかく先生の居場所が分かったのに、完全に八方塞がりだ――


 キリヤがそう思っていると、突然キリヤのスマホが振動する。


 奏多からかな――?


 そう思いながら、キリヤはスマホの画面に目を向けた。


「ゆめかさんから?」


 意外なその相手に首を傾げるキリヤ。


 何かあったのかな――


 そしてキリヤはその電話に応じる。


「……はい」

『やあ。調子はどうだい?』


 そのいつも通りの口調を聞き、急ぎの用事ではないことをキリヤは察した。


「今はそれどころじゃ――」

『おやおや。もしかして、何かあったのかい?』

「そ、それは……」


 下手な行動を取るわけにはいかない。ここで部外者のゆめかさんに話すわけに、は――!


 それからはっとするキリヤ。


 部外者じゃない……ゆめかさんは研究所の一員だ――


 そしてキリヤはとある作戦を思いつく。


「あの、ちょっとお願いしたいことがあるのですが」

『なんだい? 君のお願いなら、何でも聞くよ!』

「実は――」


 それからキリヤはゆめかに事情を説明した。


 キリヤから話を聞いたゆめかは、「そういうことなら!」と所長に掛け合うことをキリヤに約束した。


 そして数分後。キリヤと通話の時にその場に居合わせた優香は、職業訓練の一環という理由で特別な外出許可を取得することができたのだった。

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