第13話ー① それぞれが抱えるもの
優香と狂司が来てから1週間が経った頃の事。
S級保護施設では春休みを明けて、この日から新学期が始まろうとしていた。
「今日から新学期か。転入生たちもいるし、楽しい日々になるといいな」
そんなことを呟きながら、暁は教室の窓からグラウンドを見つめるのだった。
その後、準備を終えた生徒たちが次々と教室へやってきて、生徒たちは授業の開始を待っていた。
「今日からまた授業始まるのかー。ずっと休みがいいのにぃ」
いろはは席に着くなり、口を尖らせてそう言った。
するとまゆおはそんないろはの方を見て、
「いろはちゃん、がんばろうよ。ちゃんと勉強しないと、大人になったとき困っちゃうよ」
諭すようにそう言った。
それからいろはは納得したように頷く。
「――そうだよね。困るのは嫌だから、アタシ頑張るよ!」
「うん。僕もいろはちゃんと一緒に頑張るから!」
そんな2人の微笑ましいやり取りを見ていた暁は、嬉しそうに笑った。
まゆおは前向きになってきて、いろはと楽しそうに話す日が増えたな――と。
朝から生徒同士の楽しそうな姿を見られると、今日一日がなんだかいい日になりそうな気がするな、と暁は思ったのだった。
それから暁は授業に初参加する優香と狂司の方を見る。
そしてその優香と狂司は、机上に用意されていたタブレットを手に取り、その使い方を確認しているようだった。
「優香、狂司。大丈夫そうか?」
「はい、大丈夫です。烏丸くんはどうですか?」
優香が優しい声で狂司に問うと、
「僕も大丈夫ですよ」
狂司は笑顔で優香にそう返した。
「そうですか、よかったです!」
そう言って微笑む優香。
暁はここ数日間、優香を見ていて感じていることがあった。
それは優香が周りの生徒たちへの気配りがとても上手だということ。
誰に対しても平等に優しく接するし、話し方も相手に合わせて話ができるし。きっと優香はすぐにクラスの人気者になるんだろうな――
暁は優香を見ながらそんなことを思っていたのだった。
その後も暁は優香と狂司を黙って見守っていると、2人がとても慣れた手つきでタブレットを操作していることを知る。
やっぱり若者の方が、こういう端末系には強いのかもしれない――と暁は多少の年齢差を感じていたのだった。
「まだ俺だって20代前半なんだけどな……ははは」
そして始業ベルが鳴ると、生徒たちはそれぞれの学習ノルマに取り掛かっていったのだった。
――それから数時間後。それは午後の授業が始まってすぐのことだった。
「先生、終わりました!」
そう言って右手を挙げる優香。
「お! もう終わったのか? 早いな!」
「もう少し早く終わると思ったんですが、少し苦戦して時間がかかってしまいました……」
肩を落としながら優香はそう言った。
「いやいや! それでも十分早いって! じゃあ終わったら、もう自由時間だからな。それと、俺への終了報告はしなくても大丈夫だぞ!」
「はい。わかりました!」
優香はそう言って微笑むとさっと荷物をまとめ、静かに教室を出て行った。
「優香ちゃん、すごっ! めっちゃ早!」
教室を出た優香を見ながら、いろはが目を丸くしてそう言った。
「優香って、優等生?」
優香が出て行った扉を見ながら、マリアはそう呟く。
実はマリアの言う通りなんだよな――
暁はそう思いながら、優香の個人データを読んだ時のことを思い出していた。
優香はS級保護施設へ来る前の学校では成績優秀、スポーツ万能、そしてクラス委員に推薦されるような優等生。
そして性格も温厚で誰にでも好かれる生徒だったが、高校1年の時にあった何かが原因で、『
その何かが何だったのか、暁はそれを知らないまま個人データを読むのをやめたのだった。
「……優等生、ね」
キリヤは何かを思ってか、優香の出て行った扉を見ながらそう呟いた。
「もしかしてキリヤ君――自分より優秀な優香ちゃんに嫉妬?」
いろはが意地悪な顔をしてキリヤにそう言うと、
「あはは、いろは? もしかして、喧嘩売ってるの?」
キリヤは冷たい笑顔でいろはにそう返した。
久々に見るキリヤの冷たい笑顔に、いろはは震える。
「ご、ごめんなさい!!」
「ねえキリヤ君。あんまりいろはちゃんをいじめないでくれない?」
まゆおは眉間に皺を寄せながら、キリヤたちの会話に割って入った。
「さすがにまゆおを怒らせると怖そうだ。……これからは気をつけるよ!」
笑顔でまゆおに返すキリヤだった。
キリヤは優香に何を思ったんだろうな――
キリヤを見てふとそんなことを思う。
それから先ほどの出来事があってざわつき始めている生徒たちを見た暁は、
「ほら! お前ら、話してないで勉強に集中しろよー」
生徒たちをそう促す。
そして生徒たちは「はーい」と返事をすると、タブレットに向かって学習ノルマを再開したのだった。
* * *
ノルマを終えて、教室を出たキリヤは屋上へ向かっていた。
奏多が卒業をしてから、キリヤはほとんど屋上へ行くことがなかったが、たまに何かを考えたいと思うときに訪れていたのだった。
屋上に到着したキリヤは適当なところに腰を下ろし、そのまま空を見上げた。
「なんだか気になるんだよね……」
キリヤはそう呟きながら、優香のことを考えていた。
優香が施設に来てから1週間――キリヤはずっと優香の行動を見てきた。
マリアの言う通り、優香は完璧な優等生だって僕も思う。でも――
「頭もよくて、スポーツ万能で人望もある優等生か」
それが自然にできているのならば、みんなが言うように彼女は本当に優等生なんだと思う。でもなんだか、違和感があるというか――
「うーん」
とキリヤは腕を組んで唸る。
気のせいなのかな。だけど優香を見ていると、なんだか胸が痛くなる時があるんだよね――
「優香は何を想い、そして何を求めているんだろう」
そう呟いて、キリヤは再び空を見上げた。
それからキリヤは、夕食の時間まで屋上で過ごしたのだった。
* * *
――翌日。暁は突然生徒たちに、ある企画を提案する。
「今日はレクリエーションをしよう!」
暁がそう言うと、生徒たちは嬉しそうにそれぞれで顔を見合わせる。
「それで? 今日は何すんの!?」
いろははキラキラとした目で暁にそう問いかける。
それから暁はニヤリと笑うと、
「今日はな――鬼ごっこだ!!」
楽しそうな顔でそう言った。
「また、身体を使う系ですか! ううう。そういう系は苦手なのですよ……」
結衣がそう言って肩を落とすと、
「まあまあ。結衣、楽しくやろう」
マリアはそう言って結衣をなだめた。
相変わらずマリアと結衣は仲良しだな――!
そう思いながら、暁はニコッと微笑んだのだった。
「――じゃあ、15分後にグラウンド集合だからな!」
暁がそう言うと、それからすぐに生徒たちはレクリエーションの準備を開始した。
突発的に開催されるレクリエーションのために、生徒たちは教室に運動着を常備するようになっていた。
各自の机もしくはロッカー内から運動着を取り出した男子生徒たちは、(ちなみに女子生徒は先に教室を出て、別室で着替えている)その場で着替えを始めたのだった。
そして運動用の着替えを教室に置いてなかった狂司は、まゆおが持っていた運動服を借り、着替えをしていた。
「レクリエーションって、なんだか小学校の行事みたいですね」
狂司が隣で(もう一着だけ予備があった運動服に)着替えているまゆおへそう言うと、
「そうだね。でも、ここのレクリエーションは他とはちょっと違うんだ」
まゆおは優しい笑顔でそう答えた。
「他とは、違う……?」
狂司はそう言って首をかしげ、不思議そうな表情をする。
「うん。きっと狂司くんも楽しめると思うよ」
「は、はあ」
そして狂司は疑問を抱いたまま、グラウンドに向かうのだった。
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