第9話ー① 変わっていく心
夕食後に食堂の片づけを終えた暁は、職員室に向かっていた。
「ん? あれは……」
暁の視線の先には、職員室の前で佇む剛の姿があった。
「どうしたんだ、剛? こんなところで」
暁がそう声を掛けると、剛はゆっくりと暁の方に顔を向けた。
「待ってたよ、先生。実は、ちょっと相談したいことがあってさ……」
剛は真面目な表情をしてそう言った。
きっと何か大切なことなんだろう。こんなにまじめな剛は見たことがない――
そう思った暁は小さく頷くと、
「わかった。じゃあ、中で話そうか」
微笑みながら剛にそう言った。
それから暁は、剛と共に職員室へ入っていったのだった。
――職員室にて。
職員室に入った暁たちは近くにあった椅子に座った。
「……」
剛は椅子に座ってから、まだ一言も言葉を発していなかった。
相談があるって言うくらいだからな。問い詰めることはやめておこう。剛が自分で話すまで、とりあえず待とうか――
暁はそう思いながら、正面で座る剛を見つめた。
しかしそれから数分が経っても、剛が話し始める様子はまったくなかった。
そしてしびれを切らした暁は、困った顔をして、
「えっと、剛……?」
そう言って首を傾げる。
「ごめん、先生。覚悟が決まらなくて……」
剛はいったい何を俺に伝えようとしているのだろう――
そう思いつつ、暁はもう少しだけ剛が話し始めるのを待つことにした。
それから数分後、剛はゆっくりと口を開く。
「――実は、進路についての相談なんだけど」
「進路、か。そういえば剛は今年で高校課程の修了だったな」
この施設では、18歳になると能力の消失がみられた生徒は施設からの卒業が許される。
しかし消失が確認できない生徒はこのままこの施設に留まるか関連施設で生活を続けながら、働くもしくは進学をすることになっていた。
18歳で能力の消失した奏多は、この春にここを卒業し、海外留学をすることが決まっていたが、能力の消失を確認できていない剛は奏多のように自由な場所に行くことはできなかった。
そんな剛だから、きっと進路について不安があるのだろうな――
暁はそう思いながら、次の剛の言葉を待っていた。
「じ、実はさ――俺も、先生みたいに能力に苦しむ子供たちを助ける教師になりたいって思っているんだ。
俺なんか、人間的にまだまだかもしれないけど……でもたくさん努力して、いつか先生みたいな教師になりたいって、そう思っているんだ」
剛は下を向きながら、懸命に言葉を繋いでそう言った。
「剛が、教師に……」
剛は暁のその言葉に顔を上げると、
「俺なんか無理、だよな! あははは。忘れてくれ、先生!」
そう言って悲しそうに笑った。
それから暁はそんな剛の肩を両手でガシッと掴む。
「せ、先生?」
唐突のことに驚き、そう言って目を丸くする剛。
「そんな顔するなよ、剛。俺は嬉しいよ。自分の生徒が俺みたいな教師になりたいって言ってもらえる日が来るなんて思いもしなかったからさ。それに剛が教師か――うん、俺はすごくいいと思うぞ!!」
暁は嬉しそうな顔をして、前のめりにそう言った。
それを聞いた剛は目を見張ると、それから照れくさそうにはにかんだ。
ホッとしてくれたみたいでよかったよ――
はにかむ剛を見ながら、暁はそう思って微笑んでいた。
「そうだ! 行きたい大学とかは決めているのか?」
暁がそう尋ねると、
「うーん。いろいろ調べたけど、今の俺が行けるところってここしかなくて――」
剛はそう言って持っていたスマホを暁に見せた。
「ここって……」
画面を見た暁はそう呟いて、目を見開く。
「うん、先生と同じオンラインの大学。今は登校できないけど、能力が消失したら登校できるようになるし、俺が今できることを全力でやってみようかなって」
照れ臭そうにそう言う剛。
「そうか……そうか!!」
暁は嬉しそうにそう呟いて小さく頷く。
剛は夢の一歩を踏み出そうとしているんだな――
暁はそう思いながら、初めて会った日の自分に突っかかってきた剛の姿を思いだし、その日からの剛の成長を感じていたのだった。
俺が今まで生徒たちにやってきたことは、間違ってなかったってことなのかな――
暁はこれまでの自分の行動に自信を感じていた。
そして、これからも自分にできることをやろう――と思い、暁は微笑む。
それからしばらく雑談を楽しんでから、剛は自室へ戻っていったのだった。
入浴を済ませた暁は、職員室のPCで報告書を作成していた。
「今日は研究所での検査だったため、生徒との時間は夕食時のみ。その後、火山剛の進路指導――と、こんな感じかな」
それから報告書を書き終えた暁は、自室のベッドに潜る。
「剛が教師か……」
天井を見ながら、暁はしみじみとそう呟いた。
剛と初めて会ったとき、本当の強さを知らず、自分の弱さから目をそらしていた少年だった。しかし今はその弱さと向き合い、前よりもずっと強い男になったな、と暁は思っていた。
剛はまた、変わろうとしている。新たな挑戦をすることで、剛はまた大きく成長するに違いない。やっぱり生徒の成長を感じられるのは、教師としてとても喜ばしいことだな――
暁はそんなことを考え、嬉しそうに笑った。
「剛はどんな教師になるんだろう。きっと俺とはまた違う、強くて優しい教師になるんだろうな。そう思うと、剛の将来が楽しみだ……」
そして暁はゆっくりと眠りに落ちたのだった。
その日の晩、暁は不思議な夢を見た。
黒い霧にどこまでも追いかけられる夢。
逃げても逃げても黒い霧はずっとついてきて、身体全体を飲み込んでいく。
恐怖と不安――黒い霧から逃げている暁の中に、そんな感情が流れ込んだ。
そして全てを霧に飲み込まれたところで、暁は覚醒したのだった。
「――何なんだ、今の夢は……もしかして暴走の兆し、なのか」
そう呟いて、大量にかいている汗を手で拭う暁。
俺が前に暴走した時とは違った感覚だったけれど、モヤモヤ感はその時と似ている――
「今回の検査では何の問題もなかったはずだ。じゃあ、今の夢は一体……?」
いくら考えても答えは出ず、考え疲れた暁は、知らぬ間に再び眠りについていたのだった。
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