第9話ー② 変わっていく心

 朝になり、暁はいつも通り奏多のバイオリンの音で目を覚ました。


 さっき見た夢はなんだったのだろう――と考えながら、暁は着替えを済ませる。


「きっと、悪い夢を見ただけ……なんだろうな。このことはもう忘れよう」


 そう呟いてから小さく頷く暁。

 

 それから暁は屋上へ向かい、いつものように奏多のバイオリンを楽しんだのだった。




 朝の練習を終え、バイオリンをケースに戻した奏多は、ニコッと笑いかけながら、


「そういえば先生、約束のことを覚えていますか?」


 とそう言った。


「約束……?」


 約束ってなんだ――?


 そう思いながら首を傾げる暁。


 そんな暁を見た奏多は、呆れた顔をしてからため息を吐く。


「――ほら、あの時のですよ!」


 少しだけ頬を膨らませてそう言う奏多を見て、暁は記憶を辿った。


「あの、時……」


 それからはっとする暁。


「そうか。キリヤが暴走した時の!!」

「そうですよ! まったく……」


 腕を組んでそっぽを向く奏多。


 もしかして、あれからずっと待っていてくれたのかな――


 奏多の横顔を見ながら、暁はそんなことを思っていた。


「すまん、奏多。俺、完全に忘れていたよ」

「はあ。そうだろうとは思っていましたけどね」

「あはは……」


 面目ないとは思っています――


 暁はそう思いながら、頭を掻いた。


 それから奏多は、「さて!」と言って両手を合わせると、


「先生は、今回どんなお礼をして下さるのでしょう?」


 そう言っていつものように意地悪な笑顔をした。


 ふふふ。今回はその問いを待っていたよ、奏多! 今回の俺は、前回の俺とは一味違うんだ――!


 そう思いながら、ニヤリと笑う暁。


「また、東京に遊びに行くか?」


 その言葉を聞いた奏多は驚く素振りを見せることもなく、静かに微笑む。


「うふふ、先生ならそう言うと思っておりましたよ。それに――先生も東京のガイドブックをたくさん読んでしまうくらい、また行きたいって思っているようですし」


 そう言って楽しそうに笑う奏多。


 いや、待て――


「なぜ、そのことを!」


 驚きのあまり、目を見開く暁。


 暁は前回、奏多と東京へ行ってから、東京のガイドブックを良く読むようになっていた。


 自分が知らなかったものへの単純な憧れだったのだろう。


 しかし、奏多の前でそんな姿を一度として見せていないはずなのに、なぜ奏多がその事実を知っているのか――と暁は不思議で仕方がなかった。


 いや。一人だけ知っている人間がいる――


「もしかして、キリヤから聞いたのか?」


 暁は探るように奏多へそう尋ねた。


 もうキリヤの他に考えられないだろう。だってキリヤは、毎日俺の部屋に入り浸っているんだぞ?


 それにこの間、一緒に東京グルメの特集とか読んだしな――


 暁は奏多の顔を見つめながら、その返事を待った。


「うーん。それは内緒です!」


 そう言って口に指をあてる奏多。


 そのしぐさが少し可愛いなと思いつつ、


「隠すことないだろー」


 と唇を尖らせて暁はそう言った。


「うふふ。では、東京に行きましょうか。私も行ってみたいお店がまだまだたくさんありますし! 今回は先生の行きたい場所へ行きましょう」


 そう言って微笑む奏多。


 結局、誰からその話を聞いたのかを奏多は暁に教えることはなかったが、次の日曜日に暁は奏多と東京へ行くことが決定したのだった。


「今度の日曜日……東京かあ。楽しみだな」


 暁は自室で一人そう思いながら、ニヤニヤと笑う。


 それから暁は日曜日を楽しみにしながら、日常を過ごしていったのだった。




 ――日曜日。暁はいつものように奏多のバイオリンで目を覚ました。


「こんな日でも、奏多はバイオリンを弾くんだな」


 暁はそんな奏多に感心しつつ、その演奏を聴きながら出かける準備を進めた。


 それから朝食を済ませた暁は、待ち合わせ場所のエントランスゲートに向かった。


 暁は建物を出てからエントランスゲートに向かっていると、そこに人影を見つけた。


「奏多か……もう来ていたんだな」


 それから駆け足で奏多に駆け寄る暁。


 駆け寄る際に見た奏多の顔は、前回同様にほんのりと化粧がされており、その美しさがより際立っていた。


 そんな奏多の顔から暁は目が離せなくなっていた。


 あまり見つめていると、また奏多にからかわれそうだな――


 そう思った暁は、一度首を横に振ってから、いつもと変わらぬ笑顔をする。


「おはよう。早いな!」


 暁がそう言うと、


「おはようございます。……実は先生とデートできるのが楽しみで、つい早く来てしまいました」


 頬をほんのり赤く染めて微笑みながら奏多はそう言った。


 そんな奏多に暁は赤面すると、


「そ、そうか」


 そう言って微笑んだ。


 奏多はまた、そんな俺をからかうようなことを――


 暁はそう思いつつも、少しだけ嬉しくて顔がにやけていたのだった。


「じゃあさっそく行きましょうか。時間がもったいないですよ!」

「ああ!」


 そして暁たちは奏多が用意した神宮寺家の車に乗って、東京へ向けて出発した。


 暁と奏多は、東京に向かう車内で暁が愛読しているという情報雑誌を一緒に見ながら、目的地を決めていた。


「結局、どこへ行くか決まらなかったんですね」


 奏多はやれやれと言った顔でため息交じりにそう言った。


「ああ。雑誌を読めば読むほど、行きたいところが増えてな。俺一人じゃ決めるのは無理だったよ……」


 困った顔をして笑いながら、暁はそう言った。


「でも。一緒に行き先を決められるのは、なんだか楽しいですね! それにこうやって、一つの雑誌を一緒に見るのって、なんだか恋人みたいで素敵じゃないですか?」


 奏多は暁の顔を覗き込みながらそう言って、ニコッと微笑んだ。


 また奏多は、そうやって俺をからかう――


 暁はそう思いながら、そんな奏多の行動に唇を尖らせた。


「奏多って、そうやっていつも俺のことをからかうよな」


 暁がそう言うと、奏多は顎に指を添えて、


「私は本心を言っているだけですよ?」


 満面の笑みでそう答えた。


「いや、それだよっ!!」

「うふふ」


 暁の豪快なツッコミに嬉しそうに笑う奏多。


 そういう思わせぶりは、勘違いするからやめてほしいよな。俺と奏多は教師と生徒なんだから、本当にそういう冗談はさ―― 


 しかしそう思いながらも、楽しそうに笑う奏多を見た暁は、嬉しくて自然と笑顔になっていた。


 まあ今は関係がどうとかよりも、これからを楽しもう――!


 そうしているうちに、暁たちは東京に到着したのだった。




 ――原宿にて。


「奏多、最近の若者の間ではチーズティっていうのが流行っているんだぞ!!」


 暁は街を歩きながら、嬉しそうに奏多へそう告げる。


「それでな、チーズティは――」


 それから歩きながら、チーズティの魅力を奏多に延々と聞かせる暁。


「さっきもその話は聞きましたって!」

「そ、そうだっけ? あはは」


 そう言って笑う暁に呆れた声を掛けつつも、奏多は楽しそうに笑っていた。


 そして、そんな奏多の優しさを暁はひそかに嬉しく思っていたのだった。

 

「――あ! あの店だよ!!」


 暁は目の前にある大行列を指さしてそう言った。


 そしてそこにある店の上部には、『チーズティ専門店』の文字が表記されている看板がかかっていた。


「うふふ、わかりましたから」

 

 それから暁と奏多は、最初の目的地であるチーズティの店に並んだ。


「ティーにチーズだぞ!? 発想がすごいよなあ。どんな味なんだろう……ああ、楽しみだな!」

「ええ、そうですね!」


 子供のようにはしゃぐ暁を見て、奏多はクスクスと笑いながらそう言った。

 

 その後、暁たちは20分ほど並び、ようやく目的の物にありつけたのだった。


「こ、これは!! 革命的すぎる!! チーズと紅茶っていう、一見ミスマッチな響き聞こえるワードだけど、それがまた食への興味をそそっている!! そしてこの味! チーズのコクとティーのあっさりさがベストマッチで……。もう感無量だ……」


 やっと出会えたチーズティを口にした暁は、涙ぐみながらその感想を述べる。


「こんなにおいしいものを開発してくれた人には感謝しかないよ!」

「もう、大げさなんですから」


 奏多はそう言って、幸せそうにチーズティを口にする暁の姿を笑顔で見守った。


「それじゃ、次はな――」


 それから暁と奏多は、大通りの商店街にあるいろんな店を回り、原宿を最後まで楽しんだのだった。

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