第2章 変動
第8話ー① 白の少女
暁は定期検査のため、車で研究所に向かっていた。
車の窓枠に頬杖をつき、移り変わる景色を眺めながら、暁はこれまでにあったことを思い返していた。
初めて保護施設に来た日のこと。そしてレクリエーションを通して生徒たちと交流し絆を深めたこと。それからキリヤの暴走した時のこと。
「早いな。もうあれから3か月か……」
ふとそんなことを呟く暁。
そして暁はその時のことを思い返す。
約3か月前。とある一件でキリヤは能力が暴走し、そして覚めないはずの眠りから目を覚ましたのだった。
その後にキリヤと和解した暁は、この日まで平穏な日々を送っていた。
「このまま生徒たちと平和で楽しい日々がずっと続くといいな」
そう呟きながら、暁は生徒たちとのこれからの楽しい日々を想像して微笑んだ。
それから数分後。暁を乗せた車は、研究所に到着した。
「三谷さん、着きましたよ」
運転手の青年からそう言われた暁は、「はい」と返事をしてから窓の外を見る。
「今日も相変わらず神々しいというか――」
目の前にある真っ白な建物を見て、暁は思わずそう呟いた。
この場所は研究機関ということもあって、清楚な雰囲気出すために白を基調として、公的機関らしいスタンダードな鉄筋コンクリート造りの建物になっていた。
そして角度のよってはその白い壁が太陽に反射して眩しく映ることもあったりする。
暁はそんな風に研究所の外観をまじまじと見てから車から降りた。それからその建物を正面に見ながら、中に入っていった。
前に来た時は見る外観なんて余裕はなかったからな。今日は逆に心の余裕があるから、まじまじと見つめたりなんかしたんだろうな――
そう思いながら、暁は慣れた足取りで研究所の廊下を進む。
「えっと、検査室は――」
そして暁はまっすぐに検査室の方へと向かっていったのだった。
――研究所内、廊下にて。
暁は真っ白な床と一定の間隔で設置されているガラス張りの窓が延々と続いている廊下を一人歩いていた。
そして歩きながら、たまにそのガラス窓を覗き、ベッドで眠る子供たちの姿を見ていた。
そこに眠る子供たちは、研究所で研究対象になっている、暴走して目を覚まさないとされている子供たちだった。
その子供たちはベッドに寝かされたまま、たくさんの管に繋がれ、観測ルームのモニターで管理されている。
暁はそんな子供たちの姿を見て、不安な表情をした。
もしかしたら、自分も同じようになったのかもしれない。そして、自分の生徒たちもこういうことになってしまう可能性があるのではないか――?
そう思ったからだった。
普段は生徒たちと楽しく過ごしていることもあり、そんな不安を抱くことはない暁。
しかし研究所に来るたび、こういう現実もあるんだと思い知らされ、胸を痛めていた。
そんなもしもの話を妄想したって、仕方がないことくらいわかっているはずなのに――
暁はそんなことを思って歩みを進めていると、見たことのない少女――とても小柄で、真っ白な肌をした純白の髪色の少女がガラス窓をじっと見つめながら立っているのを見つけた。
その少女が気になった暁は、少女の前で足を止める。
「何を見ていたんだ?」
暁はその少女の背中にそう尋ねた。
すると少女はピクリと肩を震わせて、それから何も言わずゆっくりと暁の顔を見つめる。
綺麗な青い瞳だな。まるで人形みたいだ――
暁はそう思いながら少女を見つめた。そして、少女のその瞳に光がないことに気が付く。
まるで生きながらも死んでいるような――
暁はそう思いながら少女の瞳に見惚れていると、
「やあ、暁君。来ていたんだね」
唐突に背後から掛けられたその声にはっとして振り返った。
「所長!? いつの間に?」
笑顔で立っている所長に目を丸くしてそう言う暁。
「ふふふ……。私は気配を消すのが得意なんだ。そうでもしないと、仕事をさぼれないからな!」
所長は顎に手を添えて、自慢げにそう言った。
「そ、そうですか……」
真面目な人だと思っていたけれど、この人はさぼるとかそんなこと考えているんだな――
暁がそう思いながら呆れた顔をしていると、
「それでだ。暁君、彼女の印象はどうだい?」
所長はニコッと笑いながらそう尋ねた。
「彼女?」
「ほら、そこの……」
そう言って所長は、さっきまで暁が見惚れていた少女に顔を向ける。
「ああ! そうですね――生きているはずなのに生気を感じないというか。不思議な子ですね」
暁は思ったことを所長へ素直に伝えたのだった。
それを聞いた所長は「うんうん」と頷き、
「そうだな」
と答えた。
そうだなって……所長は俺にどんな答えを期待していたのだろうか――
「それで。この子はどうしたんですか?」
暁がそう言うと、所長は少々困った表情をして、顎に手をあてた。
なんだか訳ありみたいだな――
そう思いながら、所長からの返答を待つ暁。
「実はな――この子は急にこの施設に現れたんだよ」
「急に!?」
「ああ。それで私が彼女を見つけた時には、もうこんな状態だったんだ」
「そう、なんですか……」
だから何も聞き出せずに困ってね、と言って所長は困った顔をして笑った。
その後の検査で、暴走後の症状とよく似ていたこともあり、研究所は少女を保護することに決めた、という事だった。
「暴走か……でもニュースになったり、政府からの情報もないなんておかしな話ですよね」
本来、能力者が暴走すると政府からの通達が届き、その後に能力者が研究所へ送られてくることになっていた。
そして大規模な暴走事件となると、マスメディアがすぐにかぎつけ、その日のうちにビッグニュースとして取り上げられることもある。
「そうだな。まあでも。今はとりあえず安定しているから、このままここで様子を見ることにしているのさ。しばらくしたら何か話せるようになるかもしれないからね」
所長はそう言って暁に微笑んだ。
「そうですか……」
「もしこの子が話せるようになったら、暁君にお願いするよ」
「はい、わかりました!」
暁はそう言って満面の笑みをする。
所長から期待を込められた視線をもらったような気がして、暁は嬉しく思うのだった。
それから暁は少女に視線を向けて、その頭にぽんと手をのせた。
「じゃあな、俺はお前を待っているからな」
暁がそう言って微笑むと、少女はきょとんとした表情で暁を見つめた。
「じゃあ、俺はこれで」
「ああ。検査、がんばってな」
そして所長と少女に見送られて、暁はその場を後にしたのだった。
検査室に着いた暁は、そのまま更衣室に向かって検査着に着替えた。
「はあ」
やっぱり検査着を着ていると、ここで暮らしていた時のことを思い出すな――
暁は鏡に映る自分を見て、ふとそう思った。
当時は『今日もまた検査が始まるのか』なんて思いながら、この更衣室に来ていたっけ――
そしてその気持ちが今も変わらずに自分の中にあることを知る暁。
「仕方ない、よな」
それから暁は、いつものように検査用の機械の中で寝転んだ。
今でも検査の時間は好きになれないな。俺は外の世界に出られるようになったはずなのに、やっぱりまだ自由がないんだって思い知らされるから――
暁がそんなことを思っているうちに、検査は始まった。
S級保護施設に派遣されてから、雰囲気が変わったな――と研究所の人達に言われていた暁だったが、本人はあまりそう思っていなかった。
定期的に行う検査への苦手意識。消失しない能力への不安。そしてこれからの進んで行く人生――環境だけが変わり、抱えている悩みは何一つとして解決はしていなかったからだった。
生徒たちと過ごす日々に幸せは感じつつも、その幸せな日々を守っていく為に、その悩みと葛藤することもあった。
この幸せと思える日々はいつまで続くのだろう。そして俺は、本当の幸せを掴むことができるのだろうか――
それから暁は無事にすべての検査を終えたのだった。
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