第8話ー② 白の少女

 全ての検査を終えた暁は、建物内に併設されているカフェに来ていた。


 このカフェは、主に研究所で働く職員の休憩スペースとして利用されているが、暁のように検査をするために来た一般人でも、この場所の利用はできるようになっていた。


「俺はいつまでこのままなんだろうな」


 窓側の席に腰を掛けた暁は、無意識にそう呟いていた。


 検査を終え、施設へ帰宅することを許されていた暁だったが、こんな気持ちのままで施設には戻れないと思い、この場所から動けずにいたのだった。


「はあ」

「そんな大きなため息をつくと、幸せが逃げてしまうよ」


 ため息を吐いた暁は、その声がした方にゆっくりと顔を向ける。


 すると、そこには銀髪で青い瞳をした女性が立っていた。


 綺麗な人だな――と思う暁。それからその女性に見惚れている自分に気が付いてはっとした。


「あはは。なんだか、いろいろ考えちゃって」


 そう言って頭を掻く暁。


「ほうほう。では、お姉さんが聞いてあげよう。――何があったんだい?」


 そう言って、その女性は目の前の椅子に腰をかけた。


「あの、あなたは何者なんですか? 研究所ではお会いしたことないような……」


 急に馴れ馴れしく接してくる女性に、暁は不信感を抱いていた。


 暁は高校2年生からS級施設に行くまでの期間をこの研究所で過ごしていた。


 しかしその間、目の前の女性に一度として会ったことはなかったからだった。


「ああ、それは失敬した! 私は、白銀しろがねゆめか。今はここでカウンセラーのようなものをしている」


 そう言って微笑むゆめか。


「カウンセラー?」


 研究所にカウンセラーがいたなんて知らなかったな――


 そう思いながら、ぽかんとする暁。


「ああでも。私は一般的なカウンセラーではないんだけどね!」

「え?」


 それからゆめかは研究所に来た理由を暁に説明した。


 元々研究所の外でカウンセラーをしていたゆめかは、能力者たちの暴走の事例を聞き、自分でもなんとかできないかと思って研究所へやってきたということだった。


「へえ。もともと外部でカウンセラーをされていたんですね」

「ふふっ。わざわざこんなところで働くなんて、私もなかなかの変わり者だろう?」


 肩をすくめ、やれやれと言った顔をしながらゆめかはそう言った。


 暁はそう言うゆめかに羨望の眼差しを向けた。自分のやりたいことのために行動するその姿がかっこよく思ったからだった。


「そんなこと、ないです。やりたいことのために、行動できるなんてすごいことですよ!」


 暁がそう言うと、


「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ。私は私にできることをやるだけ――その為に、ここへ来たんだからね」


 ゆめかは嬉しそうにそう言って微笑んだ。


 そしてそう言うゆめかの瞳が、とてもまっすぐで美しいな――と暁は思ったのだった。


「そういえば君は……三谷暁君、だろう? SS級クラスにして、政府公認の施設でS級クラスの子供たちの教師をやっている」


 ゆめかは頬杖をつきながら、ニヤニヤと笑ってそう言った。



「え、俺のこと……知っているんですか?」


「もちろん。この業界に勤めている人間で、君のことを知らない人はいないよ! 成人を超えた今でも能力が衰えることもなく、能力を使いこなす神の使い――」


「神の使い?」



 そう言って首を傾げる暁。


「おっと、これは口が滑った。……でも君は特別ってこと。そんな君だから、生徒たちを導いて幸せにすることができるかもしれないね。だから、私も――」


 最後に言った言葉は聞き取れなかったけれど、たぶん白銀さんは俺を励まそうとしてくれたんだな――


 暁はゆめかと話すことで自分の心が軽くなっていることに気が付いた。


「あの――ありがとうございます! 俺、自分の能力がなくならないことがたまに不安になることがあって……他の人と同じように生きたいのに、それが叶わないのかなって、思って悶々としていたんです」


 暁は自分の悩みを自然にゆめかへ打ち明けていた。


「白銀さんの話を聞いていたら、同じように生きようとしなくてもいいんじゃないかって思えました。俺にしかできない方法で、俺らしく生きていく。それを続けていけば、いつか俺は俺の能力のことを好きになれるような気がします」


 暁はそう言って笑った。


 まさか、初めて出会った人にこんなに心を開くなんてな――


「ふふふ。君は君らしくいてくれれば、十分すぎるよ。それが誰かを救う行為だからね」


 ゆめかは微笑みながらそう言って立ち上がった。


「さて、君も元気になったみたいだし、私はもう行くよ。私を待っている子供たちがいるからね。じゃあまた! 何かあれば、また相談してくれ。私は君の力になりたいと思っているから」


 それからゆめかは自分の仕事に戻って行った。


「俺らしくいる、か……そうだな」


 悩むことなんてなかった。この人生を不自由に思うかどうかは俺の問題。この力がなければ、経験できないことがたくさんあっただろう――


 多くの出会いと経験は『白雪姫症候群この力』のおかげだ、そう思い暁は自分の両手を見つめる。


 今はこの力のことを好きじゃないけど、好きになろうとすることはできる。生徒たちが自分の力を信じるみたいに、俺も俺自身の力を信じる。


 そして俺はこれから多くの子供たちを救っていくんだ――


「生徒たちには、俺と同じように辛い思いをさせたくないからな!」


 それから暁は飲みかけのコーヒーを一気に飲み干してから、施設に戻っていったのだった。

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