第7話ー② 始まりの終わり
――施設内、グラウンドにて。
「たぶんここだと思うんだけど……真一はどこにいるんだ?」
そう呟きながら、暁は辺りを見渡した。
そして暁は真一を探しつつ、初日にやったレクリエーションのことを思い出していた。
始まりの合図と同時に、キリヤが暁に放った氷の刃。そしてその刃を粉砕した暁を見て、目を丸くする生徒たち。
「俺の『無効化』を見た生徒たちは、ひどく面食らっていたな」
そんな思い出に浸っているうちに、暁はグラウンドの奥の方にある大樹の下で、ぼーっと佇む真一を見つけた。
「おーい! 真一!!」
その声に真一ははっとして、暁の方を見た。
それから暁は真一に手を振ったが、真一は特にリアクションをすることもなく、まっすぐ暁に向かって歩く。
それがなんだか寂しいなと思いつつも、暁は真一を合流した。
「先生、正解。おめでとう」
真一はニコリともせず、いつもの無関心な声でそう言った。
「おう。ありがとな!」
「じゃあこれ、次の問題」
そう言って真一は同じテンションのまま、暁にメモ用紙を手渡した。
「ありがとう。でも、真一も今日のために準備してくれたんだな。嬉しいよ」
暁がそう言って微笑むと、
「これは授業の一環だって聞いたから、仕方なく参加しただけだよ」
それだけ告げて、真一は建物の方へと向かっていった。
まだ真一との心の距離は遠いみたいだな――
暁はため息を吐きながら、真一の背中を見てそう思っていた。
それから暁は真一から受け取ったメモ用紙に視線を落とす。
「次は……『はじまりの場所』……は!? どこ!?」
『はじまりの場所』ってなんだ。それにそもそも何の『はじまり』なんだ――?
そう思いながら、首を傾げる暁。
「施設に入るとき、初めに通るのは入り口のゲートではあるけれど、たぶんそんなところのはずはないだろうな。だとしたら、他にどこがあるんだ?」
それから暁は、施設にある様々な場所を思い浮かべた。
シアタールーム、大浴場、医務室、食堂――暁はどの場所も『はじまり』と呼べるようなところではないような気がしていた。
もし仮に、この『はじまり』が俺のことを表しているのなら――
そして暁は思いついた場所へと向かったのだった。
――職員室前。
「俺にとっての『はじまりの場所』はここしかない」
この場所が教師として自分が始まった場所だと暁はそう思い、職員室へやってきたのだった。
そして暁が職員室の扉を開けると、そこにはキリヤとマリアがいた。
「先生、大正解! よくわかったね!!」
キリヤは満面の笑みでそう言った。
そんなキリヤを見て、ほっと胸を撫で下ろす暁。
「いや、正直難しすぎて、勘に頼ったよ」
マリアはゆっくりと暁の前に立つと、
「先生の『はじまりの場所』。そして私とキリヤが再出発をはじめた場所でもある」
そう言って微笑んだ。
「僕もマリアもここで新しい一歩を踏み出したんだよ。先生のおかげでね」
「そうか……つまりここは、俺とお前たちとの『はじまりの場所』ってことか。なるほどな!」
それから暁はキリヤとマリアの顔を見ながら、少し前のことを思い返していた。
キリヤとはじめは全然うまくいかなくて、苦労したっけな――
しみじみとそんなことを思った。
そんなキリヤが今となっては、ほとんどの時間を共にするほどの関係になっていることに暁は不思議に思っていた。
「さあ先生、あと2問だよ! がんばってね! 先生なら全問正解できるって信じているから!」
キリヤは楽しそうな顔で暁にそう告げた。
キリヤが信じてくれるって言うのなら、俺は頑張らなくちゃな――!
そう思いながら、暁はキリヤから差し出されたメモを受け取る。
「ありがとな。次は……『耳が幸せになる場所』か。これは簡単だな」
「じゃあ、いってらっしゃい、先生!」
「おう!」
暁はキリヤとマリアに見送られながら、目的地を目指したのだった。
屋上に向かう非常階段の途中で、暁はバイオリンの音を聞いていた。
「バレバレじゃないか」
そう呟いて、暁は小さく笑う。
それからその幸せな音色を聴きながら、暁は屋上を目指した。
暁が屋上の扉を開けると、そこにはバイオリンを楽しそうに奏でる奏多の姿があった。
暁と目が合った奏多は手を止めると、
「お待ちしておりましたよ、先生」
そう言ってニコッと微笑んだ。
そんな奏多を見ながら、暁はゆっくりと奏多の傍まで歩み寄る。
「さすがにこれはサービス問題だろ?」
「うふふ……先生がその問題通りに思わなければ、この場所にはたどり着けませんでしたよ」
そう言いながら、嬉しそうに笑う奏多。
「ここで先生に背中を押されなければ、今の私はなかったと思うんです。だから先生、本当にありがとうございます!」
奏多はそう言って頭を下げた。
「いや。俺は教師として当たり前のことをしただけさ。それにあの時の俺は本気で奏多の演奏をみんなに聴いてもらいたいって思っただけだよ」
「先生らしい答えですね」
そう言って嬉しそうに笑う奏多。
「そうか? ははは」
実際そうなんだよな。あの時は奏多の抱えている問題のことなんて考えもせずに突っ走ってしまったんだっけ――
暁は奏多の微笑む顔を見ながら、その当時のことを思い出していた。
「先生?」
そう言った奏多は、少し寂し気な表情をしていた。
唐突にそんな表情をした奏多に暁は首を傾げる。
「どうしたんだ、奏多?」
「……私。留学することにしたんです」
そう言って奏多は俯いた。
「留学!? すごいじゃないか!」
みんなの前で演奏をすることが怖いと言っていた奏多が、夢に向かって前へ進もうとしているんだな、と暁はとても嬉しく思っていた。
「そう言ってもらえて、嬉しいです……」
「あ、ああ」
良い話のはずなのに、といつまでも顔を上げない奏多に暁は疑問を抱いた。
そうか。もうすぐ卒業だから、奏多は寂しく思って――
奏多は施設を卒業すれば、ここで家族のように過ごしていたクラスメイトたちとの別れが待っている。
そして本当の家族ではないクラスメイトとは、永遠の別れになる可能性もあった。
「奏多、ここにいる間は思いっきり楽しめ。そしてたくさん思い出を作ろう。後悔しないように」
暁がそう言って微笑むと奏多は顔を上げ、満面の笑みで、
「はい!」
と答えたのだった。
暁はそんな奏多を見て、女の子は笑顔でいるのが一番だなとそう思った。
「やっぱり奏多は笑った方がいい。俺はそんな奏多が好きだって思うよ」
「あら先生、それは告白ですか?」
奏多はからかうようにそう言った。
「あ、それは、ちがっ――」
思ったことをつい言葉に出してしまっただけなんだけどな――
年頃の女の子への言葉遣いは気をつけよう――と暁は少し反省したのだった。
「あら、違いますの? それは残念!! ふふっ」
そう言って楽しそうに笑う奏多を見て、暁もつられて笑顔になっていた。
この笑顔をキリヤにも見せてやりたかったけど、仕方がないので俺が独り占めしておこう――
奏多がずっとこの笑顔でいられるように頑張ろうと、暁は改めてそう思ったのだった。
「さて、先生! 残り1問ですよ! これをどうぞ!」
そして暁は奏多から最後のメモを受け取った。
「えっと……『そろそろお腹が空かないかい?』」
メモを読む暁の顔を笑顔で覗き込む奏多。
「もう夕食時、ですね」
「ああ、そうだな」
そして暁は奏多と共に答えの場所へと向かったのだった。
――食堂にて。
暁たちが食堂に入ると、生徒たちがニコニコしながら並んで立っていた。
そして一斉にクラッカーの音が響き渡る。
「え、これは……?」
暁が瞠目していると、いろはとまゆおがケーキを持ってきた。
「センセー、お誕生日おめでとう!」
「あの。今日、先生の、お誕生日って……」
「あ……」
暁はまゆおたちに言われるまで、自分の誕生日のことをすっかり忘れていたのだった。
「でも、なんでお前たちが俺の誕生日を知っているんだ? 俺、誕生日の話なんてしたっけ?」
暁がそう言って首を傾げていると、キリヤは申し訳なさそうに前へ出てきて、説明を始めた。
「実は――」
先日、キリヤが暁の自室に入った時、検査結果が掛かれた用紙を偶然見つけ、そこに偶然生年月日が書いてあるのを目にし、そして偶然にも誕生日がもうすぐだという事を知ったということだった。
それから暁の誕生日を偶然知ったキリヤは、サプライズで誕生日会をしたいとクラスメイトに提案したんだと暁に伝えた。
「そうか……みんな、ありがとな」
暁はそう言って、目に溜まっている涙を拭う。
「先生にはいつもお世話になってるからな! これくらい当然だぜ!」
剛はニっと歯を見せて微笑みながらそう言った。
それから暁は生徒たち一人一人の顔を見て、自分はなんて幸せ者なんだろう――とそう思っていた。
自分の能力を恨んだ時もあったけれど、その力がなければこんな素敵な出会いはなかった。
この施設ではいろんな経験ができたし、楽しい思い出もたくさんできたんだよな――
そんなことを思いながら、施設に来る前のことをふと思い出す暁。
憧れだけを抱き、いつまでも叶わない夢に絶望していた日々。しかし、所長からの提案で、暁は夢への切符を掴んだのだった。
そして暁は目の前で楽しそうに会話をする生徒たちを見つめ、
今の生徒たちがいてくれたから、俺はここに来られたんだよな――
と思いながら微笑んだ。
『みんな。俺を教師にしてくれて、ありがとう。いつかこの恩に報いるように俺は頑張るから』
まだまだ未熟な教師だけど、これからもここで教師を続けていこう――暁はそう決意を新たにしたのだった。
* * *
政府から派遣された一人の男性教師――三谷暁は、この場所で危険度S級クラスの生徒たちと運命の出会いを果たした。
そしてこの出会いをきっかけに、暁と生徒たちは止まっていた時間を動かし始める。
これから続く物語を進んで行くために――。
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