第7話ー① 始まりの終わり

 暁がこの施設にやってきて、7か月が経っていた。


 時間の経過とともに季節は流れ、施設にある木々が真紅や黄金色に染まっていた。


「紅葉か……。俺が来たときは、桜が咲いていたのにな」


 暁は窓から覗く秋色に染まった木々を見ながら、施設に来たばかりの日のことを思い出していた。


 初めて教室で顔を合わせた時、生徒たちから不信感を抱かれていることを察していた暁。


 その時はまだ、これからどう関わっていくのかなんて想像もできていなかった。


 今日までいろんなことがたくさんあったけれど、今が楽しいと思えるのは、ここで出会った生徒たちのおかげなんだよな――


「ここの教師になれて、本当に良かったな」


 暁は窓の外を見ながら、しみじみと思った。


 そしてそんなことを思っているこの日は、生徒たち主催のレクリエーションが行われるということになっている。


 初めて会ったときは、俺に対していい印象を持っていなかった生徒たちが、今は自発的に俺と楽しむイベントを開催しようなんて――と暁は生徒の心の変化を嬉しく思っていた。


「でも、レクリエーションって何をやるつもりなんだろう。それに俺はいつまでここにいればいいんだ?」


 生徒たちが何をしてくれるのだろうかとワクワクしていると、この待ち時間がとても長く感じられた。


 暁は奏多から、レクリエーションを始めるまで教室に待機していてほしいと言われていたのだった。


 そして、30分が経過。


「長い……」


 せめて話し相手の一人ぐらいは残してくれてもよかったんじゃないのか――!?


 そんなことを思いつつ、暁はうずうずしながら教室内を徘徊していた。


「そろそろ準備もできた頃かな……」


 そう言いながら、暁は無意識に教室の扉に手を掛けていた。


 ハッとした暁は、その手を咄嗟に戻す。


「もう少しだ――頑張れ俺」


 戻した手を擦りながら、暁は自分にそう言い聞かせた。


 楽しみで教室から出たい気持ちになるが、ここで生徒たちとの約束を破るわけにはいかない――


 そしてようやく奏多が教室へやってくる。


「先生、お待たせいたしました――って扉の前で何をしているんです?」


 一人では広すぎる教室であるのにも関わらず、なぜか扉の前で暁と鉢合わせたことに奏多は目を丸くしていた。


「いや、それは……その」


 まさか教室から出ようとしていた――とは言えない暁はそう言って目は泳がせていた。


「へえ。そうですか」


 奏多は目を細めて暁の顔を見た。


 もしかして、俺が出ようとしたことがバレている!? でも、未遂なんだ! 許してくれ――!


 そんなことを思いながら、暁は奏多の言葉を待った。


 奏多は小さくため息を吐くと、


「――まあそんなことはどうでもいいことですね。さあレクリエーションを始めましょうか!」


 そう言って暁に微笑んだ。


 よかった、と心の中でガッツポーズを決めたのち、


「ああ! ……でも始めるって、他の生徒たちはどこにいったんだ?」


 暁は首を傾げながら、奏多にそう尋ねた。


「ふふふ。今日のレクリエーションは――」


 何を始めようって言うんだ――? とごくりと唾を飲む暁。


「施設全体を使ったクイズ大会です! 私たちから先生へクイズを出題いたしますので、先生はそのクイズに答えて行ってくださいね」


 それを聞いた暁は目を丸くし、


「クイズ、か……ああ、わかった!」


 そう言って頷いた。


 もっとみんなで盛り上がる感じのものを想像していたけれど……それはそれで楽しそうだな――!


 それから奏多は、暁に一枚のメモ用紙を渡す。


「これは?」

「こちらに問題が書いてありますので、このクイズを解いて目的地へ向かってください!」

「ああ」


 暁はさっそく渡されたメモに目を通し、その内容を読み上げる。



「えっと、何々……『昼間でもずっと暗闇の場所はどこ?』――これってクイズっていうよりもなぞなぞに近いような――」


「正解の場所には、誰かがおりますから、そこでまた新しいクイズをもらってください。それでは、行ってらっしゃい!」



 暁の言葉を遮るように、奏多はそう言って暁を教室の外へと押し出す。


「わ、わかった。行ってくる!」


 そして暁はクイズの答え探しを始めたのだった。




 ――施設内、廊下にて。


「昼間でもずっと暗闇の場所か……」


 暁はクイズの内容を思い出しながら、廊下を進んでいた。


 昼間でもずっとってことは、常に真っ暗なところってことだろう。でも施設にそんなところあったか――?


「うーん」


 難しい顔をして、唸る暁。


「ぼーっと歩いていると、また結衣に躓きそうだな」


 以前、夜の廊下を一人で歩いていた時に結衣が廊下で転がっていた時のことをふと思い出す暁。


 そしてそれがきっかけで結衣の趣味を知り、アニメの上映会があったことをしみじみと思い出していた。


 あれ。そういえば、その時の場所って――


「――ああ、そうか! このクイズの答えって……もうあそこしかないだろ!!」


 そして暁は目的地に向かって走り出した。




「俺の予想が正しければ、このクイズの答えはここのはず……」


 暁はシアタールームの扉の前に立っていた。


 そして扉を開けると、そこには結衣と剛の姿があった。


「お! 先生、大正解!! もっと時間がかかるかと思ってたぜ!」

「アニメ上映会のこと、覚えていてくださったのですね! 私は嬉しいのですよ!!」


 剛も結衣も嬉しそうにそう言った。



「正直、結衣のことを思い出さなきゃ、わからなかったかもしれないな。だから、結衣には感謝だ! ありがとう!!」


「いえいえ。しかし先生? まだまだクイズは始まったばかりですぞ! ここからはもっと難題が待っておりますので!」



 結衣がニヤニヤと笑いながらそう言うと、


「ああ大丈夫だ! 任せておけ!!」


 暁は意気揚々とそう答えた。


「やる気満々って感じだな! じゃあ、これ――」


 そして暁は次のクイズが書かれているメモ用紙を剛から受け取った。


「えっと――『どこまでも広く、風を感じる場所』ってこれだけ!? もはやクイズじゃなくて、連想ゲームじゃないか!?」


 暁はそう言いながら、当惑していた。


「むふふ~大体がこんな感じの形式になっているので、どんどん進めて行ってくださいね! 最後には素敵なご褒美が待っていますぞ!」


 得意満面にそう言う結衣に、


「ちょ、結衣! それは!!」


 剛は焦った様子でそう言った。


「へえ、ご褒美か……」


 ゴールに何かがあるとわかった暁は、今回のレクリエーションへの楽しさが増したのだった。


「とりあえず、すべての問題を答えた先に何かが待っているってことだな!」

「そ、それはどうですかねー」


 結衣はうそぶく様にそう言った。


 結衣。今更誤魔化しても、もう遅いんだからな――!


「じゃあ俺は行くよ! 2人とも、ありがとな!!」


 そして暁は、最後にあるご褒美を楽しみに次の目的地へと向かったのだった。




 シアタールームから勢いよく駆け出した暁だったが、今回のクイズの答えが全くわからず、途方に暮れていた。


「どこまでも広く、風を感じる場所、か」


『風』と言うワードから、おそらく出題者が真一であることまではわかっていた暁だったが。


 でも真一の思う、風の感じる場所ってどこだろう――


 そう思いながら、頭を悩ませていた。


「俺って、真一のことを何にも知らないんだな……」


 そう呟いて大きなため息を吐く暁。


 他の生徒たちとはかなり打ち解けてきたと暁は思っていたが、真一のことだけはいまだによくわかっていなかった。


 2人きりで真面目な話をしたことがあるわけでもないし、どんな趣味があるのかすらわからない――


「そういえば、キリヤが前に言っていたな。真一は何事にも無関心に見えて、趣味では意外な一面をみせるんだとか」


 それって一体どんな趣味なんだろう。すごく気になるところだな――


 そんなことをしみじみと思いながら、暁は窓の外を見つめた。


 窓の外では秋晴れの空が広がっていた。


 昼寝とかしたら、気持ちがよさそうだ――

 

「じゃなくて! 今はそんなことよりだろ!! この場所がどこかを考えないと」


 そう言って再びメモ用紙に目を通す暁。


「どこまでも広くってことは、たぶん……広い場所ってことかな。そして、風を感じるってことは、多分建物の外なんだろうな」


 外で広い場所、か――


 そしてゆっくりと窓の外に視線を向ける暁。


「ああ、そうか!」


 はっとした暁は次の目的地へ急いだのだった。

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