第6話ー⑪ 信じることの難しさ

 キリヤが戻って来たその日の晩のこと。


 報告書の提出を終えた暁は、自室でゆっくりと過ごしていた。


「キリヤ、元気そうでよかったな……」


 そんなことを呟いて、暁は自室のベッドで寝転ぶ。


 暴走した時には、どうなるのかって不安に思ったけれど、それでもキリヤはちゃんと戻ってきてくれた――


「本当に良かった。みんなの信じる心が通じたのかな」


 暁はそう言いながら、嬉しそうな顔をして微笑んだ。


 それから唐突に聞こえた扉のノック音に、誰だろう――? と暁は一瞬首を傾げる。


 誰かはわからんが、俺に用があることは間違いないだろうな――


 それから、


「入っていいぞ」


 と暁はその扉に向かって答えた。


 すると、ゆっくり扉が開き、暁は訪問者がキリヤだということを知る。


「キリヤか。どうしたこんな時間に?」

「あの、ちょっと話したいことがあって……」


 そう言いながら、キリヤはもじもじとしていた。


 キリヤ、何か言いたげだな――


 その場ではなんだか話しにくそうにしていたため、暁は、キリヤを自室に招きいれたのだった。


「お、お邪魔します……」


 顔を強張らせながら、キリヤはそう言って暁の自室に足を入れた。


 まあ暴走していたあの時以外でこうして2人きりになることなんてなかったから、きっと緊張しているんだよな――


 そう思いながら、キリヤを見つめる暁。


「じゃあ適当にその辺に座ってくれればいいから」

「はい」


 キリヤはそう答え、暁に指示された椅子に腰かけた。


 それにしても、俺に話って何なんだろうな――


 暁はそう思いながら、ベッドに座り、キリヤの言葉を待った。


 しかし。それから数分が経っても、キリヤは一向に話し始める気配がなかった。


 俺から何か話題を振るべきか? でも、下手なことを言って、嫌な気持ちにさせてしまうかもしれないからな――


 そんなことを思いながら、暁は黙り続けるキリヤを見守った。


 そして数分後、キリヤはゆっくりと口を開く。


「あ、あの……僕、今まで先生にひどいことをしたなって思って……その……」


 そこには今まで暁が見てきた冷酷な少年の姿はなく、懸命に何かを伝えようとする純粋な少年の姿があった。


「そういえば。朝の挨拶をして、無視されたことがあったなあ。あれは傷ついた……」


 暁がからかうようにそう言うと、


「そ、それは――すみません……」


 申し訳なさそうにそう言って、キリヤは俯いた。


「ははは、冗談だよ! 俺ももっと早くキリヤの抱えている問題に気が付くべきだった。ごめんな。生徒を救うなんてカッコつけたこと言っていたのに、俺はキリヤのことを何も知らなかった」


 その言葉を聞いたキリヤは顔を上げて、身を乗り出すと、


「そ、そんなことはないです! 先生は僕に寄り添おうとしてくれていたのに、僕が反発していただけで……だから、その……すみませんでした!」


 そう言って頭を下げた。


 暁はそんなキリヤの姿に目を丸くする。キリヤがこんな素直に俺へ謝罪をするなんて、と思ったからだった。


 暁はほんの1週間前まで、キリヤと素直な気持ちを伝え合うことなんてないかもしれないと思っていた。


 でも、キリヤは変わろうとしている。いや。もう変わり始めているんだ――


 暁はそんなキリヤの成長に嬉しくなり、知らず知らずのうちに笑顔になっていた。


「先生? どうしたんですか?」


 暁の顔を見て、キリヤは不思議そうな顔をしていた。


「あはは、何でもないよ」

「え!? そう言われると気になるじゃないですか!!」


 キリヤはそう言いながら、口の中に食べ物をため込んだリスみたいに頬を膨らませて、ぷりぷりと怒っていた。


「なんだよ、その顔!」


 暁は今まで見たことのないかわいいしぐさのキリヤを見て、思わずそう言って笑っていた。


 そしてそんな暁を見て、キリヤは顔を真っ赤にする。


「あはは! ああ、そういえば。身体は大丈夫か? 問題ないとはいえ、一度暴走すると身体への負担はかなりのものだろう?」


 暁が心配そうにそう尋ねると、


「そうですね……しばらくは能力を使わない方がいいとは言われました。また何かの拍子に暴走することもあるみたいですし」


 キリヤは不安げな顔でそう答えた。


「そうか……」


 そうなんだとしたら、しばらくは無理をさせないようしないとな――


 暁はそう思いながら、小さく頷く。



「まあでも。暁先生がそばにいてくれたら、安心ですけどね」


「ん?」


「だって先生が近くにいたら、『無効化』の能力の影響で力を発動したくてもできないだろうし。それに――一番信頼する人が近くにいたら、心が不安定になることもないでしょ!」



 そう言って暁に満面の笑みを向けるキリヤ。


 それはずるい……。だって教え子にそんなことを言われて、嬉しくないはずがないだろう――!


 暁はそう思いながら、嬉しさで口元を緩めた。


「あはは! 先生、何その顔!! 気持ち悪いよ!」


 暁の顔を見たキリヤは、そう言って腹を抱えて笑っていた。


「て、こら! 笑うな!! 嬉しさでつい顔が綻んじゃったってやつだよ!!」

「あははは!」


 これはさっきの仕返しか!? くうぅ――


 それからしばらく暁の自室からは、キリヤと暁の笑い声が響いていたのだった。




 ――数日後。


 和解した日の夜から、キリヤは暁の部屋によく遊びに来るようになっていた。


 暁は懐いてくれるキリヤに嬉しく思いつつも、来るたびに持ち込む観葉植物には少々困っていた。


 机とベッド以外の場所は、キリヤの観葉植物で埋まりつつあり、暁は観葉植物に居場所を取られ、自室から追い出されるのでは――? と危惧していたのだった。


「先生、いいかい? 観葉植物って癒しの効果があってね。ほら、見ていると幸せになるでしょ?」


 キリヤは愛おしそうに植物の手入れをしながら、植物への愛を暁に語り聞かせていた。


「あ、あのキリヤ君? 俺の部屋を植物園にするつもりなのか?」


 暁がそう言うと、キリヤは真剣な表情をして、


「それもいいな……」


 そう言って考え込んでいた。


 そうなったら、いよいよ俺の居場所が――!?


「いやいやいや! ダメだろ! 植物たちは自分の部屋に持って帰りなさい!」

「はーい」


 キリヤは少々不貞腐れつつも、そう返事をした。


 でもあのキリヤにこんな趣味があったとはなあ――


 しっかり者の見た目から、キリヤにはもっと年相応な趣味があると思い込んでいた暁は、その意外な一面を目の当たりにして、驚きを隠せずにいた。


 マリアがキリヤのことを手がかかるって言っていたのは、こういうことだったんだな――


 そう思いながら、暁は小さく笑った。


 それからキリヤはしばらくの間、暁の自室に入り浸っていた。


 数時間後。目がしょぼしょぼとしてきた暁は、ゆっくりと時計に目を遣った。すると時計の針は、午後10時05分をさしていた。


「キリヤ。そろそろ夜も遅いし、部屋に戻るんだ」

「えええ……もう少し先生と居たかったけど、仕方ないか」


 そう言ってキリヤは立ち上がり、


「じゃあ、おやすみなさい」


 寂しそうな顔をして暁の自室をあとにした。


「おやすみ~」


 暁は扉の向こうにいるキリヤに聞えるようにそう言った。


 それから、急に部屋の中が静まり返ったように感じる暁。


 なんだか、急に一人になると寂しいもんだな――


「ああ、そういえば。今日はずっとキリヤと一緒にいたな」


 そう呟く暁の視界に、持ち帰られていない観葉植物が入る。


「まったく……」


 暁はそう言いながらも、微笑みながらキリヤの持ってきた植物に水やりをしたのだった。

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