第6話ー⑩ 信じることの難しさ
――S級施設にて。
暁が到着した時、施設ではちょうど夕食の時間帯だったため、暁は自室には戻らず、まっすぐ食堂へ向かった。
「ただいま」
暁がそう言って食堂に入ると、そんな暁の周りに生徒たちが集まった。
「先生、キリヤは!?」
マリアは不安な表情でそう言った。
暁はそんなマリアを見てからニコッと微笑むと、
「問題ない。数日中には戻ってくるよ」
そう答えた。
「よ、よかった……」
マリアはそう言ってその場にしゃがみこみ、涙を流す。
よほど気を張っていたんだな。心配させてしまってごめんな、マリア――
そう思いながら、暁はそっとマリアの頭を撫でる。
「ああ、でもよかったね」
「そうだな。一時はどうなるもんかと」
安堵の言葉を漏らす生徒たちを見て、暁はふとキリヤの顔を思い浮かべた。
キリヤ。やっぱりみんなは、キリヤと一緒にいたいって望んでいるみたいだぞ――
そんなことを思いながら、暁は微笑んでいたのだった。
それから生徒たちはそれぞれの机に戻っていった。
「ああ、そうだ。奏多にも――」
そう呟いて、暁は奏多の姿を探した。すると、
「先生、お疲れさまでした」
そう言いながら奏多は暁の傍まで歩み寄る。
「ああ。奏多もみんなのこと、ありがとな」
暁が笑顔でそう言うと、奏多は何かを企んでいるような含みある笑顔をして、
「ふふふ。じゃあまたご褒美を頂かないとですね」
そう言って暁の顔を覗き込んだ。
「あはは、そう、だな――」
急にめまいがして、身体がふらつく暁。
「先生!?」
そう言ってふらついた暁の身体を、寄り添うように奏多が支えた。
「ああ、悪いな。でも大丈夫だ」
そう言って暁は苦笑いをした。
そういえば、昨晩は全然寝てなかったな――
「本当に大丈夫なんですか? 無理されていません? 顔色があまり良くないですよ?」
奏多は不安な顔をして、そう言った。
「大丈夫、たいしたことはないよ。ちょっと寝不足なだけさ。寝ればすぐによくなるから――心配してくれてありがとな」
これ以上、奏多に心配は掛けるわけにはいかないよな――
暁はそう思いながら、精一杯の笑顔をする。
「はい……」
それから暁は奏多に付き添われて、自室に戻った。
「おやすみなさい、先生」
「ああ、おやすみ。ありがとうな、奏多」
暁はそれから丸一日間眠り続け、結局奏多に心配をかけることになったのだった。
――数日後、教室にて。
S級施設では、いつものように授業が行われていた。
そしてその授業時間中、暁は教室を眺めていると手が止まっている剛が目に入った。
そういえば、30分前もあの体勢のままだったな――
「おーい、剛。ボーっとして、30分くらい手が止まっているぞ」
暁のその言葉に、剛ははっとして、
「あ……。すまん、先生」
そう言ってからタブレットに視線を戻した。
そんな剛を見て、暁は小さなため息を吐く。
剛にはそう言いつつも、俺もやっぱりどこかキリヤのことが気になって、ボーっとしてしまうんだよな――
それから再び教室内を見渡す暁。
剛の他にも、キリヤのことがなんとなく気になっているのか手を止めてしまっている生徒がいた。
しかし、そんな中で真一だけはいつも通りに学習ノルマをこなし、あっという間にその日のノルマを終えて教室を出て行った。
こういう時に冷静でいられる真一を暁は少し羨ましく思ったのだった。
それから1週間後。キリヤは施設へ帰ってきた。
――施設内、食堂にて。
「キリヤ!! キリヤ、キリヤキリヤ!!」
キリヤの姿を見つけたマリアは、そう言ってものすごい勢いでキリヤに抱き着く。
「――あはは。マリア、痛いって!」
そう言って困った表情をするキリヤ。
「ごめんね。いろいろごめんね……私」
キリヤは抱き着くマリアの肩に優しく手をのせ、自分の身体からマリアを剥がすと、
「マリアは悪くないよ。僕がいつまでも過去に捕らわれていたからなんだ……それにマリアは前に進んでいたんだよね。僕がいつもまでも過去に捕らわれているうちに」
優しい声でそう言ってからマリアの頭を撫でた。
暁はそんな桑島兄妹を見て、嬉しそうに微笑む。
今のキリヤは、俺がここで見ていた冷たいキリヤではなく、かつての優しい頃のキリヤなんだろうな――と、そう思いながら。
「僕は変わっていくマリアに気が付けなくて、ずっと昔のままだって勘違いをしていたんだ。だからごめんね、マリア。そしてありがとう……僕が前へ進むきっかけをくれて」
そう言ってキリヤは優しく微笑む。
「――キリヤ!」
そしてその笑顔を見たマリアは、そう言って再びキリヤに抱き着いた。
「全く、心配させやがって!」
「そうだよ! 心配しすぎて、勉強捗んなかったっしょ! 責任とってよね!」
そう言いながら、キリヤの周りに集まる生徒たち。
キリヤはクラスメイトたちに囲まれて、とても幸せそうな顔をしていた。
それから唐突にキリヤの前に姿を現す真一。そして、
「おかえり、キリヤ」
それだけ伝えると、真一は踵を返し食堂の出口へと向かっていった。
「真一!? いつの間に? でも、ありがとう!!」
キリヤは去っていく真一の背中に、そう伝えたのだった。
「あはは! 無関心に見せかけて、真一も実はなんだかんだで心配してたんじゃん! 素直じゃないなあ!」
いろはは肩をすくめ、やれやれと言った顔でそう言った。
確かにそうだ、と他の生徒たちもそう言って楽しそうに笑う。
キリヤは今回の一件で、自分の周りにはこんなに自分を思ってくれる人がいたのだと知ることができたかな――
暁はそう思いながら、楽しそうにクラスメイト達と話すキリヤを笑顔で見つめた。
それからしばらく食堂で談笑した後、暁たちはそれぞれの自室へ戻っていったのだった。
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