第6話ー⑥ 信じることの難しさ
「ねえ? 何してるの?」
キリヤはそう言って物凄い形相のまま、暁たちの前まで歩み寄った。
「キ、キリヤ!? これは誤解! 私が躓いて――」
そしてキリヤは強引にマリアの腕を掴んで、暁から距離を取った。
この様子だと、今のキリヤには何を言っても通じないかもしれない――
暁はそう思いながら、息を呑む。
「結局あんたも他の男と同じなんだな。マリアに近づくときだけ、『無効化』を使わないようにでもしてるのか?」
そう言ってキリヤは暁を睨みつける。
それから少し悲し気な表情をすると、
「もしかしたら、あんたは違うかもって思っていたのに――やっぱり大人なんか信じられないよ!」
声を荒げてキリヤはそう言った。
「ちょっと、キリヤ! 痛い! 腕!!」
マリアは腕を強く掴まれ、涙目になりながらそう訴えた。
「マリアは黙ってて! こんな奴といたら、またマリアが不幸になるだろ!!」
キリヤはマリアの方を見て、そう怒鳴りつけた。
「そんなことない! 私は先生と一緒にいて、不幸なんかじゃ――」
「いや、マリアは騙されてる! それにみんなもそうだ!! こいつは政府から派遣された犬なんだよ! 僕たちを利用するために何か企んでいるに決まっているだろう!!」
「先生は違うよ!!」
そう言いながら、キリヤの手を振り払うマリア。
それからマリアは、そのまま暁の後ろに隠れた。
「どうして……」
マリアのその行動にキリヤは驚き、目を見開いていた。
「先生は、暁先生は信じられるもん! 今までの先生と違って、私たちのことを本気で分かろうとしてくれている! それに本気で私たちを救いたいって思ってくれているんだから!」
その言葉を聞いたキリヤは、両手の拳を握りしめ、鋭い視線を暁に向けた。
「マリアを洗脳して満足か? マリアはこんなこと言う子じゃなかったんだ――マリアは僕の手を振り払ったりしない!! ずっと僕の後ろに隠れて、僕が守らなくちゃいけないようなか弱い妹なんだ!! 僕のことを信じてずっと着いてきてくれていたのに!! お前のせいで、マリアまでおかしくなった!!」
すごい剣幕でキリヤは暁にそう告げる。
暁はその言葉に込められた想いの強さに怯み、何も言い返せなかった。
「私は、おかしくなんかない! おかしいのはキリヤだよ!! 私はずっと、ずっとキリヤと一緒にいるのが苦しかった……。隠れているだけで何もできなくて、キリヤばっかり辛い思いをしているのをずっと後ろで見てきて――」
マリアは顔を歪めながらも、キリヤに自分の想いを伝えようとしていた。
「そんなキリヤを見ていると、キリヤが不幸なのはお前のせいだって責められているように感じてた。だからそんなのはもう嫌なの! 私はもうキリヤの後ろにいるだけのお飾りの妹なんかじゃないんだよ!!」
そしてマリアは目に涙を浮かべつつ、まっすぐな瞳でキリヤにそう告げた。
その容赦ない言葉は、キリヤへの嫌悪感ではなく、マリアからの精一杯の愛情なんだと暁は思った。
マリアはキリヤにきつい言葉をかけつつも、きっとキリヤのことを大事な兄と思っていることに変わりはないのだろう――
暁はマリアのその思いが、キリヤに届くことを願った。
しかし――長年冷え続けていた心はそう簡単に元に戻ることはずもなく。キリヤは今もまだ過去に捕らわれ、その心は冷えたままだった。
「僕が、マリアを苦しめていたのか……? 僕が……。違う。違う違う違う! 僕はマリアのことを思って! それで、それで――」
キリヤは取り乱し、頭を押さえた。
「キリヤ――!」
そう言うマリアの強い眼差しを目にしたキリヤは、激しく動揺し始める。
「僕は……僕はああああ!」
そしてキリヤの力が暴発し、暁の周囲を除く職員室内が凍り付く。
「キリヤ、落ち着け! 帰ってこられなくなるぞ!」
能力が暴走をすれば、心の破壊が始まる。心が完全に壊れたら、もう修復は不可能だ――
暁はそう思いながら、冷や汗をかき、キリヤを見つめた。
そしてキリヤは俯き、静止していたままだった。
心が完全に壊れる前に、キリヤの暴走を止めないと――!
暁が動きだそうとした時、静止していたキリヤはゆっくりと顔を上げる。
それから両手で氷の刃を生成すると、キリヤはその刃を容赦なく暁たちに向かって飛ばした。
暁は『無効化』の力で、その刃を一つ一つ消していく。
「キリヤ……」
マリアは暁の後ろに隠れながら、キリヤの無事を祈っていた。
「大丈夫。キリヤは必ず元に戻すから!!」
その言葉を聞いたマリアは小さく頷き、暁の服の裾をキュッと掴んだ。
そして暁はキリヤに視線を向ける。
でもこのままマリアを守りながら、キリヤの氷を防ぎ続けるのはさすがにきついな。それに室内だと、他の生徒たちにも危害が――
そう思いながら、不安な表情をする暁。
不安になるな! 俺がしっかりしないとダメだろ――!
暁はそう思いながら首を横に振り、何か手はないかと打開策を考えた。
「先生……」
心配そうな顔でマリアは暁を見つめる。
「大丈夫だ。任せておけって!」
暁はそう言って、マリアに微笑んだ。
そしてキリヤの攻撃が止んだ一瞬の隙を見て、暁たちは窓から外へ飛び出した。
「マリア、俺とは反対方向に走れ! なるべく遠くに! 俺がキリヤを引き付ける!!」
「え、でも……わかった。先生を信じる!」
マリアはその作戦に、はじめは心配そうな表情を見せたが、暁の気持ちを汲みとり、言われたとおりに反対方向へ走っていった。
そして暁の狙い通り、キリヤは暁を追ってきた。
それから建物からある程度距離を取ったところで、暁は足を止めた。
すると、キリヤも少し距離を取ったところで停止したのだった。
「よし、ここなら思う存分できるぞ」
そう呟き、暁はキリヤと対峙する。
届くかどうかはわからないが、やってみよう――
それから暁は、ダメ元でキリヤの説得を試みる。
「聞いたぞ、キリヤ。昔この施設にいた先生に裏切られたことがきっかけに教師いじめをするようになったらしいな。そんなに裏切られたことが悲しかったのか?」
それを聞いたキリヤは氷の刃を手に持ち、暁に向かって行った。
「あんたに何がわかる! 裏切られた僕の気持ちを!! 僕はただ信じたかっただけなんだ! それなのに……。大人は、簡単に僕たちを裏切る!」
キリヤは怒りと悲しみの混ざった声でそう言いながら、暁に氷の刃を振るった。
そうか。本当はキリヤも信じたいって思っているんだな。でも今までのことがあって、キリヤは人を信じることが怖くなったのか――
「マリアも僕を信じてくれていると思っていたのに!! でもマリアも僕を裏切った!! もう僕は誰も信じるもんか!」
そう言って振り下ろされたキリヤの刃を躱し、
「マリアはキリヤを裏切ってなんかいない。昔のキリヤに戻ってほしいだけなんだよ。そしてキリヤに幸せになってほしいって誰よりも思っているんだ!」
キリヤの顔を見ながら暁はそう言った。
「じゃあなんで、あんなことを! マリアは苦しかったって!!」
キリヤはそう叫び、また暁に刃を振るう。
「マリアは、キリヤが自分と一緒にいると、不幸になってしまうことが苦しいだけなんだよ! お前を大事に思うからこそ、マリアは苦しかったんだ! どんなに変わってしまっても、マリアは今でもちゃんとお前のことを信じているんだよ!!」
キリヤは一瞬だけ手を止め、目を見開く。
「――う、嘘だ! そんなのはお前の作り話だ! マリアは僕を裏切った! あの父親と先生みたいに!!」
「嘘じゃない。それにみんなお前のことを気にかけている。剛も結衣も、奏多だって!!」
それからキリヤは混乱した表情で、再び暁に斬りかかる。
「違う、みんなも僕を怖がってる! 僕を人として見ていない! 僕は化け物だから!」
このままじゃ、キリヤは手遅れになる。どうしたらいい――
それからふと、奏多が言っていた言葉を思い出す暁。
俺からの言葉でダメなら、共に暮らしてきた仲間の言葉なら――!
「奏多が言っていたぞ。心が凍り付いていくキリヤを見ているのは辛いって。大切な仲間で家族だから、もっと何かをしてあげたいのに、何もしてあげられない自分が悔しいって!!」
その言葉にはっとするキリヤ。
「……奏多、が?」
そしてキリヤは手を止めた。
今なら、俺の言葉も届くかもしれない――
それから暁はまっすぐにキリヤを見つめ、
「他のみんなももっとキリヤと一緒にいることを望んでいる。もちろん俺もだ。お前が俺をどう思っているかはわからんが、どう思われていたって俺はお前を信じるよ」
そう言って微笑んだ。
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