第6話ー④ 信じることの難しさ

 ――約8年前。


 マリアと兄のキリヤはS級クラスの子供が収容される保護施設にやってきた。


「今日からここが君たちの家だと思ってくれればいいから」


 エントランスゲートに到着したマリアたちに、中年の男性教諭がそう言った。


 男の人だ、怖い――


 そう思ったマリアはキリヤの背中に隠れたまま、身体を震わせていた。


「マリア、大丈夫。僕がいるから」


 キリヤは背中に隠れるマリアに微笑みながらそう言った。


 キリヤが一緒なら、私はどんなことでも怖くない――


 そう思ったマリアは、


「うん……」


 と小さな声で返したのだった。


 それからマリアたちは中年の男性教諭に連れられ、施設の建物内に入っていったのだった。


 そして施設に来て数日が経つと、マリアは施設での生活に慣れ始め、女子生徒とは徐々に打ち解けていった。


 しかし、父との一件があった影響で、男子生徒とはなかなか打ち解けられずにいたのだった。


「マリアちゃん、ご飯一緒に食べようぜ!」

「あ、えっと……」

「隣いい?」


 そう言って強引に隣の席に座ろうとする男子生徒。


 能力が発動したら、どうしよう――


 マリアは恐怖で頭がいっぱいになり、動くことができなかった。


「ごめんね、マリアは僕と一緒にご飯を食べるから。君はあっちでみんなと食べて来てよ?」

「えー。またキリヤ君がマリアちゃんを独り占めすんの? ちぇ」


 そう言って男子生徒はマリアから離れていった。


「マリア、大丈夫?」


 キリヤは心配そうな顔でマリアを見つめた。


「うん……ごめんね、キリヤ。また迷惑かけて」

「そんなことないよ。マリアは僕が守るから! だからマリアは、僕の後ろをついてきてくれればいいから」


 そう言って優しく微笑むキリヤ。


「うん」


 マリアはそんな優しいキリヤの笑顔にいつも支えられていたのだった。


 それから数日が経つと、施設には新しい女性教師がやってきた。


 その女性教師は太陽のように優しい笑顔でS級クラスの子供たちと普通に接する人だった。


「先生! これ、見て!!」

「あら、マリアちゃん! すごいじゃない!!」


 そう言ってマリアの頭を優しくなでる女性教師。


 マリアはそんな女性教師のことを母のように慕っていた。


「キリヤ君もそう思うでしょ?」

「うん! でも僕だって――」


 そしてキリヤも、その女性教師に自分のことを何でも話すようになっていた。


 マリアはそんな楽しそうに話すキリヤを見て、先生と過ごす時間の中で少しでもキリヤの傷が癒えているといいな――とそう思っていたのだった。


 S級だって言われたとき、初めはショックだったけど。でも、こんな素敵な先生に会えたのなら、私はS級でよかったのかもしれない――


 マリアは施設で平和な日常を送っているうちに、自然とそう思うようになっていた。

 

 しかしそんな平和な日常はあっけなく壊れてしまう――。




 ある日のこと。マリアがクラスの男子生徒にいじめられているところを目撃したキリヤはひどく怒っていた。


「キリヤ、もういいから! もうやめてよ!! 私ならもう平気だから!!」


 マリアがどれだけ泣き叫んでも、キリヤは冷たい視線で男子生徒を睨みながら、怯える男子生徒の身体を少しずつ凍結させ続けていた。


 そして他の生徒から話を聞いて駆け付けた女性教師は、その状況に驚愕する。


「何、これ……」

「先生!!」


 マリアの言葉にはっとした女性教師は、キリヤを見遣る。


「キリヤ君、もうやめよう。この子も反省してる。だから――」

「うるさい!!」


 キリヤは手から氷の刃を生成して、女性教師に目掛けてその刃を飛ばした。


 そして勢いよく飛んだその刃は、女性教師の左肩に刺さる。


「うぅ……」


 女性教師は右手でその肩をおさえてうずくまった。


 何、何が起きたの――?


 そう思いながら、マリアはゆっくりと女性教師の方に目を向けた。そして女性教師が右手で押さえているその左肩から出血しているのを目にしたのだった。


 さっきキリヤが飛ばした氷の刃が――


 それからマリアはキリヤの方に視線を向けた。


 そしてそこには、目を見開いたまま立ちすくむキリヤの姿があったのだった。


 キリヤ……でも、今は先生の手当をしないと――


「先生!!」


 それからマリアはうずくまる女性教師に駆け寄り、その顔を覗き込んだ。


 悲痛な表情をする女性教師に、いつもの太陽のような優しい笑顔はなかった。


 そしてマリアの声にはっとしたキリヤも、慌てて女性教師に駆け寄った。


「せ、先生……! 僕――」


 キリヤは女性教師に触れようと手を伸ばすと、女性教師はその手を払った。


「え……」


 手を払われたことに驚き、目を見開くキリヤ。


「私だって、こんなこと好きでしているわけじゃないのよ……それなのに、なんでこんな目に遭わなくちゃいけないの……。私が何をしたっていうのよ……」


 そう言ってキリヤを見る女性教師はとても怯えていた。キリヤに対して、明らかに恐怖の眼差しを送っていたのだった。


「あ、ぼ、僕……」


 そんな女性教師の目を見たキリヤは、その場から逃げるように走り去った。


「キ、キリヤ!! どこ行くの!?」


 マリアの声に振り返ることなく、キリヤはどこかへ行ってしまったのだった。


 しばらくすると、他の教師たちが騒ぎを聞きつけて、マリアたちの元へとやってきた。


「救急車だ! 救急車を呼べ!!」

「こりゃ、ひどいぞ……よくもまあ、こんなひどいことを……」

「おいおい……このままじゃ、俺たちも殺されるんじゃないか……」


 教師たちはそんなことを言いながら、ケガをした女性教師の介抱をしていた。


 そしてマリアは何も言えず、その場で黙って見ていることしかできなかった。


 その後、キリヤの能力で怪我をした女性教師は病院へ搬送され、そのまま施設の教師を辞めてしまったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る