第6話ー③ 信じることの難しさ
――翌朝。
暁はいつものように奏多のバイオリンを聴くため、屋上へ向かっていた。
そしてその途中、いつものようにキリヤと出会う。
「キリヤ、今日も早いな! おはよう」
きっと返事をくれないことはわかっていた暁だったが、それでもいつものようにキリヤへ朝の挨拶をした。
すると、キリヤは暁の方をちらりと見て、
「……おはよう、ございます」
小さな声でそう言った。
え? 今、キリヤは「おはよう」って言ったのか? 俺に?? いつもスルーして行ってしまうキリヤが――!?
「お、おお! おはよう!」
嬉しさのあまり、ハイテンションになりながら、暁は再度朝の挨拶をする。
「さっき、言ったでしょ!」
キリヤはそう言って、怒ってどこかへ行ってしまったのだった。
最終的に嫌そうな態度はされてしまったけど、それでも俺は嬉しいよ――!
「ついにキリヤも心を開き始めているのかな……いやあ。嬉しいなあ!」
ニヤニヤと笑いながらそう呟く暁。
それから暁はその表情のまま屋上へ向かい、屋上に着いた時に奏多に大笑いされたのだった。
「ちょっと笑いすぎじゃないか、奏多?」
「ふふっ。その顔はさすがに! 頭にお花が飛んでいるのが見えますよ! ふふふ」
「お花って……」
そんなに笑われると思っていなかった暁は、少し恥ずかしく思いながら、顔を真っ赤にした。
それから暁は、いつものように奏多のバイオリンの音を楽しんだのち、朝食を摂り、教室で授業を始めたのだった。
暁は生徒たちの成長を日々感じながら、こんな平凡な日々がこれからもずっと続くものだと思っていた――。
数日後。マリアは話があると言って、職員室にいる暁を訪ねてきた。
「わざわざ一人で訪ねて来るなんて、どうしたんだ?」
いつも結衣かキリヤとしか行動をしないマリアが、一人でこんなところに来るなんて――と暁は驚いていた。
もしかして2人には知られたくない話でもあるのだろうか――
そんなことを思いながら、暁は首を傾げる。
「実は、先生には話しておこうと思って――」
「話すって、何を?」
マリアは小さく頷いてから、まっすぐに暁を見つめた。
「――私とキリヤのこと、聞いてほしい」
「え……」
それは暁がキリヤの過去のデータを見てから、なんとなく気にしていたことだった。
まさかマリアから話してくれる日が、こんなに早く来るなんて――
そう思いながら、真剣な顔をするマリアを暁は見つめた。
「でも、本当にいいのか。別に今じゃなくてもいいんだぞ?」
暁が心配そうな顔をしてそう言うと、マリアは小さく首を振り、
「ううん。今がいい。先生は信用できるって私は思った。みんなのこと、すごく考えてくれるし、今まで来た先生たちとは違うから。きっとキリヤも先生のことを好きになってくれるって思ったの」
そう言って微笑んだ。
「マリア……そうか。ありがとう。だけど、無理はするなよ? マリアが話したいところまででいいからな」
「うん。ありがとう、先生」
そしてマリアは暁の前にある椅子に座り、自分とキリヤのことを語り始める。
両親の再婚のこと。マリアが父親から受けた行為のこと。そしてこの保護施設に来ることになったことなど――キリヤの個人データに書いてあったことと大体同じ内容をマリアは順を追って説明していった。
暁はその話を聞きながら、そんなことがあったのにマリアは義父のことを全然恨んでいないんだな――と驚き、そして感心したのだった。
「――私の能力が発動しなければ、お父さんもあんな間違いを起こさなかったし、それにキリヤも傷つくことはなかった」
マリアはそう言って、悲しそうな顔をする。
「世間的には私が被害者みたいに見えるけど、結果的にみんなを傷つけたのは私。私がみんなを不幸にした。キリヤが大人への嫌悪感を抱くきっかけを作ってしまったの――」
それからすべてを話終えたマリアは少し疲れた表情をして、視線を下に向けた。
そんなマリアを見た暁は、眉間に皺を寄せた。
そんなはずはない。マリアのせいだなんて、あるはずがないんだ――!
そう思ったからだった。
暁はまっすぐにマリアの顔を見ると、
「マリアは自分のせいだっていうけれど、それは違うぞ」
はっきりとそう告げた。
その言葉にマリアは肩を揺らしてから、ゆっくりと顔を上げる。
「え……?」
「それはマリアのせいなんかじゃない。俺たちが持ってしまった力のせいなんだ。だから誰かが悪いなんてことはないんだよ」
「で、でも私の力は――」
弱々しい声で呟くマリア。
「不幸にするって? そんなわけあるか! 前に結衣が言っていただろう? マリアの力は人を幸せにできるって!!」
暁はマリアの言葉を遮るようにそう言った。
「本当に、できるのかな……」
マリアはそう言って、膝に乗せた両手をぎゅっと握った。
「使い方次第さ。マリアの能力は使い方次第で人を幸せにすることだってできるはずだ。そしてマリアはもう正しい使い方を知っている。だったら、もう誰も不幸にはならないさ――もちろん、キリヤも」
それを聞いたマリアは少しだけ目を潤ませ、
「ありがとう、先生」
そう言って微笑んだ。
マリアはこの悩みを一人でずっと抱えてきたのだろう。根本的な問題を解決したわけではないけれど、マリアが笑顔になってくれたのなら、今はそれでいいのかもしれない――
暁はそう思いながら安堵の表情をして、マリアを静かに見つめたのだった。
しかし、問題はもう一つ残っている――
それから暁は真剣な表情をして、
「なあ、マリア。キリヤのことなんだが……父親とのことだけで、あんなに大人を嫌うのはちょっとおかしいなと思うんだ。もしかして、父親との事件の他に何かあったのか?」
そう尋ねた。
「――それは」
マリアは困った顔をしてそう言った。
「あ、いや――無理にとは言わない。これ以上話せないのなら、俺も深堀はしないさ」
それからマリアは少し考えてから小さく頷くと、
「わかった。いいよ。……あのね。まだここに来たばかりの頃になるんだけど――」
データにないキリヤの過去を語り始めたのだった。
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