第5話ー⑨ 夢

 ――アニメ上映会の翌日。


 この日も暁は、奏多のバイオリンの音で目を覚ました。


 ああ、夜更かししたせいかな。なんだかまだ眠いよ――


 そう思いながら、暁は大きな欠伸をする。


「あんなに遅くまで起きていたのに、奏多はさすがだな……」


 奏多も昨夜は自分と同じくらいに夜更かしをしていたはずだと認識していた暁は、いつもと変わらず美しい音色を奏でる奏多に感心していた。


 それから暁は身支度を整え、部屋を出たのだった。




 ――食堂にて。


「おはよう!」


 暁がそう言いながら食堂に入ると、そこにいる生徒たちはそれぞれ暁に挨拶を返した。


 そんな生徒たちの声を聞き、やっぱりみんなも俺みたいに寝不足なんだな、と暁は思っていた。


「ずいぶん眠そうだけど、昨日はいつまで喋っていたんだ?」


 暁がそう尋ねると、


「実は先生が戻った後に、また一時間くらい話し込んでいましたねえ」


 結衣はそう言ってから、舌をぺろりと出してウインクをした。


「まったくお前たちは……」


 暁はやれやれと言った顔でそう言って、ため息を吐く。


 まあ、俺もあの後すぐに眠れなかったから、人のことは言えないな――


 そう思った暁は、それ以上結衣たちに何かを言う事もなく、いつものように朝食を摂り始めた。


 そして朝食を終え、この日も授業を始める暁と生徒たちだった。




 ――教室にて。


「ふあああああ」


 授業中、いろはが大きなあくびをする。


「いろは、ちゃん。大丈夫?」


 そんないろはを心配してそう言うまゆお。


「うん! 大丈夫! そう言うまゆおこそ、大丈夫? 遅くまで付き合ってくれて眠いっしょ?」


 いろはがそう言うと、まゆおはいろはから視線を外し、


「ぼ、僕は平気。いろはちゃんと、たくさん話せて、嬉しかったから」


 嬉しそうに笑ってそう言った。


「へえ、嬉しいこと言ってくれんじゃん! ありがと、まゆお!」


 そんないろはの言葉に、頬を赤く染めるまゆお。


「おいっ、イチャイチャするなよ。授業中だぞ!」


 いろはの後ろから、剛は唇を尖らせてそう言った。


 するといろははゆっくりと振り返り、


「え、剛君、何? もしかして、羨ましいの??」


 挑発するようにそう言った。


「ふ、ふざけんな! そんなんじゃねえしっ!」

「ふーん」

「なんだよその顔! 腹立つ!!」


 挑発するいろはに、剛はむきになってそう返す。


 いろはも剛も集中力が切れている感じだな――


 言い合ういろはたちを見て、暁はそんなことを思う。


 それから黙々とノルマを進めているキリヤを見た。


 キリヤが心なしか、機嫌が悪そうに見えなくもない――


 そして教室内では、集中力の切れた生徒たちが徐々にざわつき始めていた。


「そろそろ静かにしろよー。キリヤと真一を見てみろ! 黙々と進めているじゃないか!! やることをパパっと終わらせてから、雑談をすること! いいか?」


 暁がそう言うと、生徒たちは口々に返事をして、教室内は静かになった。


 それから度々同じようなことを繰り返したが、無事に全員が本日分の学習ノルマを終えたのだった。




「ふわあああああ。やっぱ眠いな。今夜は早めに寝よう」


 年かな……若い頃は多少夜更かしをしてもここまでじゃなかったんだけどな――


 目を擦りながらそんなことを思う暁。


 夕食後、大浴場から出た暁は自室のベッドに向かうべく、足を進めていた。


 そして廊下を歩いていると、見慣れた光景を見つける暁。


「さすがに今日は付き合わないぞ、結衣。結衣は昨日も一昨日もそんなに寝てないだろう」


 廊下に倒れている結衣に暁はそう告げた。


 すると結衣はゆっくりと起き上がって服の汚れを払うと、


「ちぇ。わかりましたー」


 唇を尖らせて不満そうな顔でそう言った。


 そんな結衣を見て、暁は少し心が痛く思いつつも、これ以上は結衣に無理をしてほしくはないと思っていた。


 俺たち能力者にとって、過度なストレスはあまり好ましくない。それは能力暴走のリスクが上げることになるからな――


 そう思いながら、暁は肩を落とす結衣を見つめた。


「あーあ。残念だなあ。せっかくやってみたい場面があったのに……はあ」


 露骨に落ち込んでいるなあ――


 それから暁は少しだけ考えたのち、


「ま、まあでも少しだけなら、な」


 やれやれと言った顔でそう言った。


 それを聞いた結衣は目をキラキラと輝かせ、いつものようにアニメのワンシーンを演じ始めたのだった。


「――はーい、カット!! いやあ、先生。今日もお付き合いいただきありがとうございますなのですよ!」


 満面の笑みでそう言う結衣。


 そんな結衣を見て、暁も嬉しくなって微笑んでいた。


「まあ、なんだかんだで俺自身も楽しませてもらっているし。ありがとな、結衣」


 暁がそう言うと、結衣は「えへへ」と照れ笑いをした。


「先生にそう言ってもらえて嬉しいです!」


 でも結衣って演技がうまいよな。普通、台詞を読めなんて言われたら、俺みたいに棒読みになりそうなもんなのに――


「なあ、結衣。そんなに演技がうまいなら、女優とかになれるんじゃないか?」

「ほ、ほんとですか!?」


 結衣はそう言って瞠目し、暁に詰め寄った。


「あ、ああ」


 暁はそう言いながら、両手で詰め寄る結衣を静止した。


「ふふふ……前にアニメ関連の仕事に就きたいってお話しましたよね? ……実は私。声優になりたいんですよ!!」

「せいゆう……?」


 暁は聞きなれないワードに首を傾げる。



「声優です! 声の俳優さん! アニメキャラに声を吹き込んでいらっしゃる!!」


「ああ、なるほど! だから毎日アニメのシーンを?」


「そうなんですよ! いやあ、そう言ってもらえて、少し自信が付きました! 先生には感謝ですなー」



 そう言って嬉しそうにはしゃぐ結衣。


 嬉しそうな結衣を見ていると、なんだか俺まで嬉しくなってくるな――


 そう思いながら、暁はそんな結衣を見つめていた。


 すると結衣は急に静かになって、


「私ってもともとすごく根暗だったんですよ。他の女の子たちと趣味も会わなくて、結構苦労していたりしたんですよねぇ」


 苦笑いをしてそう言った。


「え?」


 その唐突な告白に暁は目を丸くした。



「子供っぽいものが好きだったり、ソーセージばっかり食べたり、変な奴って同級生からはたくさん馬鹿にされていたんです。そしてそれがきっかけでいじめにあって、人間不信になりかけたこともあったんですよ」


「そう、なのか……」



 好きなものには一直線で、いつもクラスを盛り上げようと明るく楽しそうにしている結衣から、暁はそんな過去を想像できなかった。


 まさか、結衣にそんな過去があったなんて。もしかして今まで、無理して笑っていたんじゃ――


 暁はそう思いながら、眉間に皺を寄せる。


「でもそんな時、私はアニメに出会ったのですよ」


 そう言って、結衣はいつもの明るい笑顔を暁に見せた。


「それまでは独りぼっちだって思っていた私だけど、でもとあるアニメを見て、『私は独りぼっちなんかじゃない。これから素敵な仲間たちと出会える』って思えるようになったのですよね」


 結衣にとって、アニメは変わるきっかけをくれた存在だったんだな――


 それから結衣はそのアニメをきっかけに、今のクラスメイトと運命的な出会い果たし、仲間を信じることの大切さを学んだ、と暁に語った。


「私は私がアニメで救われたように、同じような境遇の子たちにもアニメで救われてほしいって思うんです。だから私は声優になって、私の言葉で幸せになってくれる子が一人でも増えたらなって思います!」


 結衣は満面の笑みでそう言った。


 一つのことをきっかけに、人生が大きく変動する――暁は誰からそんな話を聞いた事があったなとふと思った。


 それは俺もそうだし、他の生徒たちにも言えること。そして結衣にとって、それはアニメだったんだな――


「結衣の思いがたくさんの子供たちに届くって俺は信じるよ。そしてその素敵な夢を応援したいと思った」

「わわわ! ありがとうです、先生!!」


 喜色満面に結衣はそう言った。


 何かをきっかけに変われた人間は、また違う誰かのきっかけになると俺は思っている。


 だからその何かをきっかけに変わった結衣は、これから関わっていく人たちの何かのきっかけになるんだろうな――


 暁は夢を語っていた結衣の顔を思い返しながら、そんなことを思うのだった。

 

「よし、じゃあ今夜はもう寝ろよ。ストレスは大敵だからな! 夢を追うなら、早くここから出なきゃいかんだろう?」


 暁が笑いながらそう言うと、


「そうですな! それでは今日はこの辺で。おやすみなさい!」


 そう言って結衣は廊下を駆けて行った。


「おやすみ! 廊下は走るなよ~!」

「はーい!!」


 そう言って走るのをやめて歩く結衣を見た暁はくすりと笑った。


「夢、か……」


 結衣が去っていった方を見ながら、ぽつりとそう呟く暁。


 俺も研究所にいた頃は、結衣と同じように自分と同じ境遇の子供たちを救いたいと思って教師になったんだったな――


 かつての自分を思い出しながら、暁はしみじみとそう思っていた。


 能力のこととかいろいろなしがらみはあるけれど、そんなしがらみなんて取っ払って、結衣にはその夢をかなえてほしいな――と暁は心からそう思ったのだった。


「いつか結衣が出演するアニメをここの生徒たちと一緒に鑑賞するのもありかもな」


 それがここにいる子供たちの光になるかもしれないから――


 暁はそう思いながら、ニヤリと笑う。


 それから暁は、まだ見ぬ未来を期待しつつ、自室へ戻ったのだった。

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