第5話ー⑩ 夢 ~あの時のキリヤの話~

 前回とは少し話が遡り、今回は上映会に参加しなかったキリヤのお話。




 ――キリヤの自室前にて。


 結衣は夕食の前に、キリヤをアニメの上映会に誘っていた。


「――キリヤ君もどうですか? 真一君以外はみんな参加するみたいです! 一緒に感動しませんか!!」


 ニコニコと笑いながら、結衣はキリヤにそう言った。


 結衣の性格を構築するアニメというものがどんなものかは興味があるけれど――


「うーん」

「あ! そうそう、暁先生も来るって言っていましたよ!」


 それを聞いたキリヤはぴくりと眉を動かし、それからニコッと笑った。


 絶対に行くもんか。あいつと同じ空間になんて――


「またの機会があれば、誘ってほしい。ごめんね」


 キリヤがそう言うと、結衣は少し残念そうな顔をしてから、


「いやいやいや! じゃあまたの機会に!!!」


 そう言ってキリヤの部屋の前を去っていった。


「断りはしたもの、これと言ってやることもないんだよね……」


 そう呟き、キリヤは小さなため息を吐く。


 いつもなら剛をからかうか、マリアとテレビを観て過ごしていたキリヤだったが、2人ともアニメの上映会に行っているだろうと推測し、このあとの時間をどう過ごすかを悩んでいた。


「こんな時は、部屋に籠るのが一番だよね」


 それからキリヤは部屋のベッドに寝転ぶ。


「そういえば――真一は参加してないって結衣が言っていたな」


 どうせならはぐれ物同士、一緒に――と一瞬考えるキリヤだったが、真一が誰かと一緒に何かをしようなんて思わない性格だという事を思い出し、思いとどまったのだった。


 きっと今頃、ヘッドホンから流れる大音量の音楽を楽しんでいるのだろう、と真一の顔を思い浮かべながらキリヤはそんなことを思っていた。


「うーん。何をしようか」


 身体を起こし、腕を組みながら考えを巡らせるキリヤ。


 そして趣味で集めている観葉植物に視線が向き、このあとの時間の過ごし方を確定する。


「お前たちだけは何があっても僕を裏切らないもんな」


 キリヤは観葉植物を見ながらそう言った。


 観葉植物はいい。僕が世話をすればするだけ、僕に応えてくれるし、僕を絶対に裏切らない、大切な存在だ――


 キリヤはそう思いながら、立ち上がって愛おしそうに観葉植物に微笑みかけた。


 キリヤにとって観葉植物は、最愛の妹であるマリアの次に大切なものだった。


 マリアに観葉植物についてあれこれと言われながらも、キリヤの観葉植物への愛はずっと変わらずにあった。


「この艶がたまらないんだよね。綺麗だな……」


 そう呟きながら、観葉植物の葉にそっと触れるキリヤ。


 観葉植物や星が瞬く空、夏の夜空に咲く花火に奏多が奏でるバイオリンの音色――キリヤはそんな綺麗なものが好きだった。


 そして奏多が優雅に奏でる綺麗なバイオリンの音は、キリヤにとって毎朝の楽しみにもなっていた。


 しかし、その楽しみを一人の男に奪われ始めているとキリヤは感じていた。


 あいつさえ現れなければ、あの時間も音色も僕が独り占めだったのに――


 天井を睨みながらそう思うキリヤ。


 それからキリヤは自身の気持ちにはっとする。


「もしかして、嫉妬か」


 そういえば、奏多はあいつといるとよく笑うよね――


 キリヤは最近の教室で見た奏多の姿を思い出していた。


 あいつに対してだけ、奏多は特別な笑顔を見せる。僕には誰に対してでも向けている普通の笑顔なのに。


「なんであいつにだけ……」


 自分の方がずっと奏多を見てきたはずなのに――とキリヤは出会って間もない暁が、奏多と親密になっていることが憎らしく思っていた。


「本当に、ムカつく」


 そう呟きながら、キリヤは目の前にある観葉植物を睨みつけていた。


 でも、この怒りはただの八つ当たりみたいなものなんだろうな――


 キリヤはそう思い、ふと悲し気な顔をした。


「奏多のことをあんなにあっさりと解決しちゃうんだもんな。僕がどれだけ頑張ってもできなかったことを」


 だから奏多に笑顔を取り戻させてくれたことは、素直に感謝している。


 キリヤはそう思いつつも、暁に対しての敵対心はなくなることはなかった。


 他の生徒たちがどれだけ気を許していても、どこか信じられないと思ってしまうからだった。


「はあ。もう余計なことを考えるのはやめよう。疲れちゃうよ……」


 それからキリヤは再びベッドに寝転んだ。


 あいつのことを考えるたび、僕はどんどん惨めになっていくな――


 そんなことを思い、キリヤは大きなため息を吐く。


 奏多への思いと暁への気持ちの変化――キリヤはそのことを最近よく考えるようになっていた。


「僕は……このままでいいのかな」


 そう言いながら、キリヤは額に腕を当てる。


 みんな少しずつ変わってきている。たぶんそれはあいつのおかげで。


「僕も、変わりたいな……」


 そしてキリヤはいつの間にか、眠りについていたのだった。


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