第5話ー③ 夢
――翌日曜日。
暁は自室のクローゼットの中とにらめっこをしながら、外出時に着ていく服を悩んでいた。
「同じような服……というかスーツしかないな」
施設に来る時におしゃれな洋服を一着でも持ってくればよかったな――と後悔しつつ、暁はカジュアルなスーツを着て奏多のもとへ向かうことにした。
「服選びをしていたら、もうこんな時間か……急がないと」
結局、良い服は見つからなかったけれど、スーツでデートに行くって言うのもなかなか斬新かもしれないな――
暁がそんなことを思いつつ廊下を歩いていると、正面にキリヤの姿を見つける。
なんだかすでに不機嫌そうだな――
そう思いながら、向かって来るキリヤを見つめる暁。
そしてキリヤは、冷たい視線で暁を睨み、何も言わずにそのまま暁の横を通り過ぎた。
「――キリヤ、おはよう」
暁は通り過ぎたキリヤに声を掛けてみたものの、キリヤから何も返ってくることはなくその姿は見えなくなった。
「やっぱり俺、キリヤに嫌われているのかな……はあ」
俺ってキリヤに嫌われるようなこと、何かしただろうか――
そして腕を組みながら、考えを巡らせる暁。
思い当たる節は……ない、よな――?
初日からこんなもんか、と思いながら、暁は「うんうん」と小さく頷いた。
嫌われているのはわかっているんだけどな。でもやっぱりキリヤとも仲良くなりたいとは思うよ――
暁はそう思いながらキリヤが去った廊下をボーっと見つめていた。
それから暁ははっとすると、
「――しまった。約束の時間が!」
そう呟いて、エントランスゲートへと急いで向かったのだった。
――エントランスゲート前にて。
暁がエントランスゲートに到着すると、そこには高そうな黒いリムジンが停まっていた。
神宮司家の自家用車なんだろうか。やはりお金持ちのお嬢様は、乗るものも違うな――
暁が目を丸くしながら、そんなことを思っていると、
「先生、おはようございます!」
奏多は車の陰から姿を現し、笑顔でそう言った。
「ああ。おはよう、奏多!」
そう言ってから、いつもと雰囲気の違う奏多に見惚れる暁。
真っ白のワンピースに身を包み、軽くお化粧された顔は美しさがより一層際立っているようだった。
「先生、何か?」
そう言って首を傾げる奏多。
「ああ、いや。綺麗だなと思ってな」
「ふふふ、ありがとうございます。もしかして、惚れちゃいましたか?」
そう言って、いたずらに笑う奏多。
「ふ、ふざけてないで、行くぞ!」
暁は恥ずかしそうな顔でそう言って、奏多から目をそらす。
普段は制服だから、私服を見慣れていないだけだ。そうだよな――!
「先生、照れていますね! そういうかわいい反応も私は嫌いじゃないですよ」
「またそうやって――!」
「それじゃあ、いきましょうか!」
奏多はそう言って暁に腕を引き、黒いリムジンに乗り込んだのだった。
車の中で暁と奏多はいろんな話をしていた。
最近、施設であったことや奏多の家のことなど、他愛ない話ばかりだった。
「そういえば。先生はどのような学生時代を送られていたのですか?」
話が一区切りしたところに、奏多は唐突に暁へそう尋ねた。
「それは前に話した通り、ずっと施設に――」
「あ、違うんです。施設に入る前の学生時代です! 中学生とか高校生とか!」
奏多は目を輝かせてそう言った。
奏多は小学生のころからS級クラスの施設で生活していたんだったよな。外の世界の中高生がどんなものなのか、興味を持つのは自然なことなのかもしれない――
「そんなに面白いことなんてなかったけど、聞きたいか?」
「すごく興味深いです!」
それから暁は学生時代のことを奏多に話した。
家族のこと、それから今はどうしているかわからない友人たちのこと――普通すぎるその話を奏多はとても楽しそうに聞いていた。
そんな奏多を見て、暁は心から嬉しく思っていた。
「――先生が先生であるのは、そういう学生時代があってのことなんですね」
「ああ、そうかもな」
「うふふ――あ、先生! まもなく初めの目的地に到着しますよ」
奏多はそう言いながら、窓の外を見つめる。
そして暁も奏多に続いて、窓の外に目を遣った。
するとそこに、見たこともない景色が広がっていることを知る暁。
大きなビルが数多く立ち並び、大勢の人々がいろんな方に向かって歩いている姿。
「ここは……?」
「ふふふ。若者の街、渋谷です!」
「へえ、ここが渋谷か」
暁は初めて見る景色に目を輝かせた。
たくさんの人と大きな液晶パネル。開発中の駅ビルは期待をたくさん含んでいるようだった。
その後、車が停車してから暁と奏多は車を降り、とうとう目的地の渋谷の地に足をつけた。
「どうですか? 初めての渋谷は?」
奏多が微笑みながらそう尋ねると、暁は目をキラキラとさせて、
「なんだかすごいな! 初めて見るものばかりだよ」
嬉しそうにそう言った。
「うふふ、気に入っていただけたようで良かったです! じゃあいきましょうか」
奏多はそう言ってから暁の腕を掴んで歩き出し、渋谷散策を始めた。
最新のファッションショップや飲食店、ゲームセンターや映画館――暁は見たことのない施設に心を躍らせていた。
なんだかみんな楽しそうだな――
目を輝かせて横切っていく若者たちの集団を見ながら、暁はそんなことを思っていた。
「先生、ずっとキョロキョロしていますね」
奏多は笑いながらそう言った。
「いや! だって!! すごくないか! あのビルも、駅の周りも!! 渋谷がこんなに楽しい場所なんて、知らなかったから!」
これはいろはが行きたがるのも当然だよな――!
「あ……」
生徒たちは我慢しているのに、俺だけこんなに楽しんでいいのだろうか、と暁は不安な表情でそう思ったのだった。
「どうしました、先生?」
奏多は暁の顔を見て、首を傾げながらそう言った。
「いや、生徒たちもずっと施設の中じゃなく、こういうところって行きたいんだろうなって思ったら、俺だけこんなに楽しんでいいのかってそう思ってさ」
暁は自然な流れで、奏多にその不安を打ち明けていた。
しまった。生徒にこんなことを相談してしまうなんて――
そう思い、暁は俯いた。
「先生。今日は何も気にせず楽しんでいいんですよ。先生だって今までたくさん辛い思いをしてきたのでしょう? だったらその分のご褒美だって思えばいいんです」
奏多は暁の顔をまっすぐに見てそう言った。
「ご褒美……」
「はい! 先生が誰かがどうとかこうとか、考えちゃう性格だってことは承知していますけど、今は私のための時間であることを忘れないでくださいね?」
そう言って奏多はニコッと微笑んだ。
そんな奏多の笑顔を見た暁は、
「ああ、そうだな。ありがとう、奏多」
そう言って小さく笑う。
そうだ、今日の俺は奏多とデートをするためにここにいる――
奏多の言葉で何かが吹っ切れた暁は、再び笑顔を取り戻した。
あれこれ考えるのは置いておいて、今は目の前の奏多が楽しんでくれるように俺は俺にできることをするまでだ――
そして、奏多に話してみてよかったな、と思いながら暁はまた渋谷の街を歩きだした。
「あ! 先生、あそこにおしゃれなカフェがありますけど、ランチをしていきません?」
「おう、いいな。行こう!」
それから暁たちはおしゃれなカフェご飯を楽しんだ後、再び車に乗り込んだのだった。
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