第5話ー① 夢

 ――廊下にて。


 暁は、数日前に奏多から言われたデートのことを未だに悩んでいた。


「デートか……。そういうときって、やっぱり男がエスコートしないとな……まずは奏多がどこへ行きたいのか聞いてみるか……いや。俺が奏多の喜びそうな場所をピックアップすべきか……ああああああ! もうどうしたら!」


 そんなことをぶつぶつと呟きながら、暁は食堂に向かって歩く。


「うぅぅ」

「ん?」


 誰かの唸り声と、なんとなく何かに躓いた気がした暁は、ゆっくりと足元に視線を向けた。


 すると、そこにうつ伏せに倒れている結衣の姿を見つける暁。


 苦しそうな表情をする結衣を見た暁は、顔を真っ青にして、

 

「ゆ、結衣!? どうしたんだ!? 大丈夫か!!」


 倒れている結衣を抱き上げ、肩を揺らしながらそう言った。


 そして結衣はゆっくりと目を開き、


「せ、先生……私はもう、ダメです……あとのことは、先生に頼みました……」


 そう言って静かに目を閉じた。


「お、おい! 結衣! 結衣!!」


 いったい、結衣の身に何があったって言うんだ――


 暁はそう思いながら、目を閉じている結衣の名を叫び続けていた。


「なんでこんなことに……結衣、目を開けてくれ!!」

「先生、朝からどうしたんだ?」


 暁は背後から聞こえたその声に振り返る。


「剛! 大変なんだ!! 結衣が、結衣が――」


 暁はそう言って抱えている結衣を剛にも見せる。


 そしてそれを見た剛は呆れた顔をして、


「ああ。いつものことだから放っておいていいよ」


 ため息交じりにそう言った。


「え!? でも、こんなに辛そうに――」


 さっきから目も覚まさないし、何か病気かなんかじゃないのか――!?


 暁がそんなことを思いながら、冷や汗をかいていた。


「はあ――おい結衣! 先生が本気で心配してるから、そろそろやめてやれよ」


 剛が呆れた声でそう言うと、結衣はその声に反応し、すぐにぱっと目を開く。


「ゆ、結衣!??」

「……もう、せっかく面白かったのに」


 そう言って結衣は何事もなかったように立ち上がる。


 暁はそんな結衣を心配そうな顔をして見つめた。



「結衣、本当に、本当に大丈夫なのか?」


「はい! 大丈夫ですよ! 昨日の夜に観たアニメのワンシーンをどうしても再現してみたくて、先生を利用させてもらっちゃいました! ごめんなさい!」



 そう言ってぺろりと舌を出す結衣。


「ア、 アニメのワンシーン?」

「そうですよお――!」


 結衣はそう言って目をこすりながら、大きなあくびをした。


 じゃ、じゃあ今のは演技ってことか? 本当に驚いたよ……。でも何もなくて、本当に良かった――


 そう思いながら、ほっと胸を撫で下ろす暁。


「ふわあああ。むにゃむにゃ」


 それにしても、今日の結衣は眠たげだな――


 大きなあくびを連発する結衣を見て、暁はふとそんなことを思う。



「結衣、なんか眠そうだな」


「ああえっと。昨日は徹夜だったので、ちょっと寝不足気味で……そういう時って、廊下を見るとつい寝転がりたくなっちゃいますよね!」


「ならないだろ、普通は!」



 間髪入れずにツッコミを入れる剛。


 まあ、その剛の意見は俺も同意だな――


 暁は苦笑いをして、そんなことを思っていた。


「ははは……まあ何もないならよかったよ。じゃあそろそろ食堂に行こうか」

「おう!」

「はーい」


 そして暁たちは3人で食堂へ向かったのだった。




 ――食堂にて。


 暁たちが食堂に到着すると、そこにはほとんどの生徒が集まっていた。


 もちろんその中には奏多の姿もあった。


 デートのこと、どうするかな……。俺だって、別に外へ行きたくないわけじゃないんだよ。ただ、どうしたらいいのかわからないだけで――


 奏多を見た暁は、再びその悩みが浮上し、困惑していた。


 それから暁は適当に食べ物をトレーに乗せて、窓側の席に座った。


「はあ」

「先生、でっかいため息ですな!」


 暁の正面に座った結衣は、そう言って暁の顔を覗き込んだ。


「あはは……まあ、いろいろとあるんだよ」

「へえ。そうなんですか」


 少しくらい話を聞いてくれるかなと結衣に期待した暁だったが、それ以上会話が広がることもなく、結衣はいつものようにおいしそうにウインナーを頬張っていたのだった。


 この問題は、自分で解決しろと神様が言っているのかもしれないな――


 暁はため息を吐きながら、そんなことを思っていた。


 それから朝食を済ませた暁と生徒たちは、いつものように授業を始めたのだった。

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