第4話ー⑤ 僕は空っぽな人間だから
――施設内、廊下にて。
暁との雑談を終えたいろはは、先ほどのまゆおの態度を気にして、トボトボと廊下を歩いていた。
まゆお、どうしたんだろう――
そう思いながら、いろはは大きなため息を吐く。
「今まで自分のことを自信がなさそうに言う事はあっても、あんなに声を荒げて怒ることはなかったのに」
そしていろはは、自分がまゆおの過去をまったく知らないことに気が付いた。
「メディアで言われていたことしか知らないんだよね、結局さ――はあ」
もしかして無意識にまゆおを傷つけることを言っちゃったのかもしれない――
そう思ったいろはは小さく頷くと、
「とりあえず謝んなきゃ!」
そう呟いて急いでまゆおの自室へと向かった。
このまま、まゆおと気まずいのは絶対に嫌だ――と思いながら。
――まゆおの自室前。
「来たのはいいけど――」
いろはは部屋の扉を叩くことを躊躇していた。
扉を叩こうと手を上げては叩く前に下ろし、再び手を上げてはまた下ろす――それを何度も繰り返していたのだった。
「どうしよう。何を言ったらいいかわかんなくて、ノックできないよ……」
いろはは小さな声でそう呟き、悲し気な表情をした。
もしかしたらアタシはまた余計なことを言って、もっとまゆおを傷つけるかもしれない――
そう思えば思うほど、いろははノックを躊躇った。
それから数分間――いろははノックができないまま、その場で悶々と佇んでいた。
「はあ」
いろははそんなため息を吐き、目の前にある扉を見つめる。
この先にまゆおがいる。いつもなら、何の躊躇もなくこの扉を叩くのに。なんで今のアタシには、それができないの――?
それからいろはは、悶々としている自分がなんだかおかしく感じて、いつの間にか笑っていた。
「あはは。こんなのいつものアタシじゃないわ……」
そう呟き、いろはは頷いた。
「そうだよね。こんなところで悩むなんて、アタシらしくないよ!」
それにせっかくここまで来たんだ。だったら、もうなるようになれだよ! がんばれ、アタシ――!
それからいろはは「すぅ」と息を吸い込み、何度も叩くことを躊躇していたその扉を叩いた。
「まゆお、いる?」
すぐに反応がなく、いろはは少し不安の感情を抱いた。
やっぱり、アタシ。まゆおに嫌われた――!?
それから扉の向こうで衣擦れの音が聞こえると、
「……うん。い、るよ」
まゆおは扉越しに小さな声でそう返事をした。
返答があったことに安堵しながらも、その声を聞きいろはは胸が苦しくなった。
やっぱりまだ元気がない。アタシのこと怒っているのかも――
いろははそう思いながら、悲し気な表情をした。
「ごめんね、まゆお。アタシ、さっきひどいことをいたかもって思って……」
いろはが扉の向こういるまゆおにそう告げると、
「……そんなこと、ない。いろはちゃんは、何も悪くないよ。悪いのは、僕だから」
まゆおは言葉を詰まらせながら、いろはにそう言った。
そんなまゆおの言葉を聞いたいろはは、眉間に皺を寄せた。
まゆおはいつもこうだ。何かあれば、いつも自分のせいにして。まゆおが悪いことなんて何にもないのに――
そう思いながら、いろはは唇を噛んだ。
「ねえまゆお。なんでいつも自分を責めるの? そんなんじゃ、まゆおが辛いじゃん」
「……僕は、これでいいんだ。全部、僕のせいなんだから」
なんでそうなるの? 意味わかんないよ――!
「そんなことないって、まゆおのせいなんかじゃないっ!」
いろはが語気を強めてそう言うと、
「ごめん、ごめんね。僕……」
まゆおは焦りながらそう答えた。
「すぐに謝んないでよ……」
いろははそう言って、扉に額をつけた。
まただ。またまゆおは自分のせいだ、自分が悪いんだって自分を責めてる。悪かったのはアタシなんだよ? ねえ。それなのに、どうして――?
苦しい顔をしながら、いろははそう思う。
「……僕が辛いことを背負えば、みんな幸せになれるんだ」
まゆおはポツリとそう言った。
「は? 何言ってんの?」
「僕が辛いことを我慢すれば、みんな不幸にならなくて済むから」
「そんなのおかしいじゃん!」
「おかしくなんかない。これが一番なんだ」
それじゃ、まゆおが苦しいだけなのに――
いろはは扉をじっと見つめた。
「アタシはまゆおに何をしてあげられるの」
いろはは扉の向こうにいるまゆおの姿を想像しながら、そう呟いた。
今のまゆおがあるのは、きっと他のクラスメイトたちみたいに過去に何か辛いことがあったからなんだ――
その過去の出来事がきっかけで、まゆおは自信のない性格になってしまったのだと、いろははそう思った。
まゆおは本人が思っているよりもずっと、みんなのことを考えられる優しい性格で、そんなまゆおのことがみんな大好きなのに――
「ねえ、まゆお。まゆおの過去に、いったい何があったの……」
いろははそっとそう呟く。
しかし、その言葉に返答はなかった。
それからいろはは、扉の前で佇んだまま、まゆおに届く言葉を探していた。
しかし、いろはがどれだけ考えても、まゆおに届きそうな良い言葉なんて思い浮かばなかったのだった。
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