第4話ー④ 僕は空っぽな人間だから

 ――数年後。まゆおは兄たちとの関係が改善されないまま、中学生になっていた。


 中学生になったまゆおは、益々剣道の腕前が上がっていた。


 そして中学生になって初めての全国大会で優勝をした時、


『中学一年生にして、全国大会制覇! 13歳の鬼才、狭山まゆお君!! 剣道界のニュースターが誕生かっ!?』


 メディアは連日まゆおのことを大きく取り上げていた。


 そしてそれをきっかけにまゆおの父が営む道場の入門生が増え、父はさらに忙しそうな日々を送るようになっていた。


 そんな父の目を盗み、兄たちは以前と変わらず、まゆおへの暴力行為を続けていた。


「ちょっとテレビで名前が売れたからってなんだよ! このクズがっ!!」


 メディアで取り上げられたことが勘に触っていた兄は、いつも以上に荒れており、またこの日を境に暴力行為が増していったのだった。


 それから数日が経ち、まゆおのもとにジュニア育成合宿の参加の話が来た。


 父はその話を聞いた時に嬉しそうにしていたが、兄たちは嫉妬心に支配され、もの凄い形相でまゆおを睨みつけていた。


 その後、兄たちは父が外出した際にまゆおを道場裏に呼び出し、いつものように暴力行為に及んだ。


「今日は素手じゃなくて、特別なものを用意してやったぜ」


 そう言って兄たちは後ろに隠していた竹刀を取り出した。


「お前が大好きな剣道で使う竹刀だ。嬉しいだろ?」


 狂気じみた笑顔を浮かべ、兄はそう言った。


 それから兄たちは容赦なく、手に持った竹刀をまゆおに振るった。


「なんでお前、生まれてきたんだよ! お前なんて、生まれてこなけりゃよかったんだ!!」


 そう言って何度も何度も兄たちはまゆおに竹刀を振り下ろし続けた。その威力はとどまることなく、さらに増していった。


 一撃を受けるごとに、兄たちからの狂気を察し、まゆおは徐々に恐怖の感情が湧く。


 このままじゃ僕は死ぬかもしれない……。怖い……そんなのは嫌だ。何とかしないと――


 そして兄から振り下ろされた竹刀のうちの一本をまゆおは左手で掴み、それを奪い取った。


「は!?」「こいつ、本当にまゆおかよ!」


 兄たちは目を丸くして、動きを止めた。


「なんとかしないと。なんとか――」


 まゆおはそう呟いて立ち上がり、兄たちの正面に立った。


 それからまゆおは奪った竹刀を横に一振りして、正面にいた兄たちを吹き飛ばす。


「お、おい! なんだよ!!」

「なんかおかしいぞ!?」


 兄たちは震えたまま、そう言って立ち上がれずにいた。


 そんな兄たちの元にまゆおはゆっくりと歩み寄り、持っていた竹刀を縦に振り下ろした。


「い、痛い! 痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」


 長男はそう叫びながら、胸を押さえた。


「兄さん!?」

「おいっ! ち、血が!!」


 2人の兄たちは、目の前で流血する兄の身体を見て、戦慄していた。


「僕は、死にたくない。だから、自分でなんとかしなくちゃ」


 まゆおは虚ろな目でそう呟き、それから2人の兄たちにも竹刀を振り下ろした。


 そして兄たちは無言でその場に倒れ、動かなくなった。


 それから冷静になったまゆおは、目の前で血を流して倒れる兄たちを見て、目を見開く。


 何が起こったのか、まゆおは理解できていなかった。


 そして左手で竹刀を掴み、兄から奪い取ったことを思い出すまゆお。


 これを、僕が――?


 それからまゆおは、兄たちの身体に刀傷があることに気が付き、はっとして自分が握っている竹刀に視線を向けた。


 ここにあるのは竹刀なのに、なんでこんな刀傷が――


 まゆおはそう思いながら、背筋が凍った。


「どうしよう。僕、兄さんたちを……」


 まゆおはそう呟いて、膝から崩れ落ちる。


 兄さんたちを死なせてしまった、のか――?


「僕。なんで、こんなこと……」


 そしてまゆおはその場でうずくまり、後悔を口にしながら泣くことしかできなかった。


 それから程なくして、外出していた父が帰宅し、兄たちは病院に運ばれたのだった。


 そしてこの事件はメディアで大きく取り上げられ、まゆおの家にはマスコミたちが押し寄せた。


 合宿の参加は見送りになり、まゆおは『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の覚醒が告げられた。


『父親の厳しい鍛錬のせいで、能力の覚醒か?』『虐待があったのではないか?』


 マスコミには虚偽の情報を報道され、メディアでは連日まゆおたちのニュースが取り上げられていた。


 その後、まゆおの家の道場は閉鎖に追い込まれ、父は職を失った。


 そして兄たちなんとか一命はとりとめたものの、その傷は深く、すぐに癒えることはなかった。


 事件から数日が経っても、火種が収まることはなく、連日まゆおの家の前には多くのマスコミが押しかけていた。


 その事もあり、まゆおたちは家の外に出られない生活を送る日々が続いた。


「また、週刊誌か……いい加減にしてくれよ」


 父はポツリとそう呟いた。


 僕が引き起こしたたった一つの出来事が、家族の人生をめちゃくちゃにしたんだ――


 まゆおはそう思いながら、部屋の隅で膝を抱えて小さくなっていた。


「僕はほんとに要らない子だったんだ……。僕が居なければ、父さんも兄さんたちも幸せに暮らせたかもしれないのに……。僕なんかが居なければ……」


 そしてまゆおはしばらくして、保護施設に入ったのだった。



 * * *



「あれ、夢か……」


 まゆおは目を開けて、そう呟いた。


 いつの間に眠っていたんだろう――


 そう思いながら、まゆおは身体を起こす。


 その時、頬を伝った涙がズボンに落ち、自分が夢にうなされていたこと察したまゆお。


 それからまゆおは見ていた夢の内容を思い出し、膝を抱えて座った。


「嫌なこと、思い出しちゃったな……」


 やっぱりこんな僕が家族にとっての宝のはずがないよね。宝どころか、きっと恨まれているんだろうな――


 そう思いながら、暗い表情をするまゆお。


「僕がここへ来てから、お父さんも兄さんも面会に来たことなんてなかったな。僕なんて、家族じゃないって思われているんだろうな」


 まゆおはそう呟きながら、膝を抱える手の力を強める。


「僕が、お父さんや兄さんたちの人生をめちゃくちゃにしたんだ……」


 そう言ってから、まゆおは顔を伏せた。


 今、どうしているのだろう。僕が居なくなって、少しでも幸せになれただろうか。兄さんたちの傷はちゃんと治っただろうか――


 まゆおはそんなことを悶々と考え続けていた。


「今思えば、僕が剣道以外のこともできていたら、今の状況にはならなかったかもしれないのに」


 まゆおが俯いたままそう呟いていると、扉を叩く音が部屋の中に響いた。


 誰だろう――そう思いながら、まゆおは扉の方に視線を向けた。


「まゆお、いる?」


 扉越しにいろはの声を聞いたまゆおは、


「いろは、ちゃん……」


 そう言って立ち上がり、扉の前に立った。

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